大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

どべ(最下位)

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私:今、東京オリンピックたけなわだが、まことに勝負の世界は厳しい。飛騨方言で最下位を「どべ」という。アクセントは頭高。
君:皆様、大健闘なさったのに。失礼だわよ。
私:いや、そういう意味ではなくて。僕の人生を振り返ってみても本当に苦難の連続だった。体育では3ばかり。滅茶苦茶、努力したのに。
君:スポーツ神経が無かったのね。
私:そういう事。小学時代、毎日のように皆とソフトボールで遊んだな。バットが球に当たって塁に出たことが遂に無かった。中学時代は体を鍛えようとバスケ部に入部した。三年間、ひたすら球拾い。コートに出た覚えが無い。僕の人生の最大のトラウマになっている。
君:ほほほ、それくらいは挫折のうちに入らないわよ。
私:でも、ひとつだけ素晴らしい思い出がある。
君:へえ。
私:大学に入学して教養部では体育の履修で柔道を選んだ。生まれて初めての体験。未知への挑戦。なんと評価は優だった。
君:おっ、すごい。才能あるじゃないの。
私:いや、実は・・・。皆出席という事で優。感激した。教育者はかくあるべきだ。今でも感動を覚える。高校時代まで体育は3以外とった事が無かったのに。ぶふっ
君:脱線し過ぎね。飛騨方言「どべ」のお話にしてね。
私:うん。飛騨を始めとして日本各地の方言になっている。「ドベ」と「ビリ」の境界線は、長野から静岡にかけて存在する!?

君:分布パターンから一目瞭然ね。旧畿内方言が西日本を中心に方言周圏論的に拡散、飛騨山脈を越えて長野県まで達したのね。
私:まあ、そんなところだろう。あわてて手元資料をあれこれ調べたが、どこにもそういう事は書かれていないが。ましてや語源の情報は皆無だ。
君:ほほほ、でも左七はなんとしても「どべ」の語源が知りたいのよね。
私:勿論だ。語源辞典、方言辞典、その他、先ほどは夢中で調べまくったが記載は無い。こうなったら自力で解くしかない。
君:ほほほ。言いたい放題ね。
私:まあなんとでもおっしゃい。「びり」については比較的はっきりしている。近世語で江戸歌舞伎の言葉だ。歌舞伎・和布苅神事1773。従って江戸を中心に「びり」。ところが近世語以前に、つまりは上古・中世に畿内を中心として「どべ」が存在していたので、江戸時代に江戸で「びり」という言葉が出来たからといって置き換わる事は無かった、という事。わかりやすい言葉を選ぶと「びり(東京)・どべ(大阪)」で方言東西対立があり、飛騨は西側という事だな。
君:なるほどね。でも「どべ」の語源が不明よね。若しかして、つまりは角川古語大辞典にすら記載がなかったのね。
私:お察しの通り。無かった。こうなると打つ手なしだ。ところでアクセントだが、飛騨方言では頭高だが、「ど」は接頭語(辞)なんだろうかね。でもここで大問題。「どはで」これは飛騨方言では尾高だ。頭高ではない。つまりは「ど」が接頭語(辞)なのでは、と考えてはいけない。飛騨方言のアクセント体系を考えると「ど」が接頭語(辞)とは認められない。
君:「べ」はどうなの?
私:これについても打つ手なし。小学館日本方言大辞典が唯一無二の資料といってもいいが、最後尾を示す方言は「しり尻」「けつ穴」ないし、その音韻変化ばかりでハ行・バ行の音韻がどうにも見当たらない。
君:なるほどね。結局は「どべ」の語源は不明です、というのが左七の本音なのよね。
私:認めざるを得ないが、ひとつはっきりしたことは江戸語「びり」よりは古い言葉だという事。「どべ」の語源の可能性としては「ど」の直前に失われた音韻が存在する可能性がある。つまりは「〜どべ」という言葉が語源ではなかろうか。
君:ならば逆引き辞典のおでましよ。
私:うん。その手がある。「最後っぺ・最後屁」が候補になろうか。実は「へ・べ」で終わる日本語は極端なまでに少ない。なんとたったの約30単語。唖然。これが今回の大収穫だ。国語学者のだれもが気づいていない可能性がある。これも何か理由がありそうな臭いがする。
君:臭いね。なるほど。「どべ」の語源は「度屁」の可能性があるわね。
私:無きにしも非ず・当たらずと言えども遠からず、かな。
君:非ずしも有り・近いと言えども当たらず、ね。方言オリンピックの道は険しい。ほほほ

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