大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
ほかる(2) |
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昨日は飛騨方言動詞「ほかる」【捨てる】の語源については別稿にお書きしました。語源は禅宗の言葉「放下」です。でも、それでもまだ議論し尽くしていない気がして、実は昨日来、診療所の仕事の合間にあれこれ考えていました。 まずは国研方言地図をよく見てみましょう。三地域が描かれています。★畿内(ホーカス、ホカス、など)、★★能登半島(ホール、ホルなど)、★★★名古屋・岐阜市・飛騨(ホーカル、ホカル、など)、以上の三地域です。 「放下す」が語源であると仮定し、尚且つ、方言周圏論的に音韻変化したのでは、と考えると、600年ほど前・室町時代から今日まで★畿内ではホカス>ホカス、で音韻変化が無かった事になってしまいます。これはもう、滅茶苦茶な理論です。明らかに間違いと言えますね。★★能登半島では、ホカス>>ホル、の音韻変化が起きたのでしょうが、ホカス>ホカスル>ホカル>ホル、でしょうかね。恥ずかしいほと強引な推論です。★★★飛騨ではホカス>ホカスル>ホカル、あるいは、ホカス>ホカル、でしょうか。なんとでも言いたい放題になってしまいます。 ただし、方言学はこのような空疎な、実証不可能な学問ではありません。早速に、手元の日葡辞書を開いてみました。日葡辞書は安土桃山時代にイエズス会が作成した当時の畿内方言の辞書です。書物、しかも当時の民衆の言葉のオンパレードの辞書なので、アクセント体系は東京式なれど文法・語彙は畿内方言の下位分類ともいえる飛騨方言の理解には無くてはならない辞書です。 ふふふ、ありました。 Fogue = Fanachi, cudasu. Fitouo foguesuru.つまりは 放下(ほうげ) = 放ち、下す. 人を放下(ほうげ)する.織田信長の時代に畿内の民衆が実際にこのように発音していた事が証明されました。以上の重要情報を基に、私見を述べましょう。 ★畿内では、はうげ(室町)>ほうげする(安土桃山)>(ほーけす(江戸−明治)、語尾の一モーラ<る>が脱落)>ほーかす(現代、<け>から<か>へ音韻変化)>ほかす(最近、更に短呼化)という事のようですね。600年も動詞が音韻変化しないなどという事はありえない、という筆者の主張が裏付けられたのではないでしょうか。 ★★★名古屋・岐阜市・飛騨方言は、と言えば、はうげ(室町)>ほうげする(安土桃山)>(ほーける(江戸−明治、語幹の一モーラ<す>が脱落)>ほける((江戸−明治、短呼化)>ほかる(現代、<け>から<か>へ音韻変化)という事のようですね。 ★★能登半島(ホール、ホルなど)については、あまり書かないほうがいいでしょう。触らぬ神にたたりなし、放る、は実は、放下と同根ではなく、はふる(他四)が語源の可能性がありましょうね。はふる>>ほーる>ほる、のほうがよほどスッキリした説明だと思います。ただし、関西方言「ほかす」と飛騨方言「ほかる」は同根である事は日葡辞書の記載からも明らかです。 蛇足ですが、若しかして能登半島の言葉のルーツかも知れない動詞・はふる(他四)、は、「はぶる」と同根です。つまりは元々の意味は「はぶり(葬り)」ですから、死者を弔う事を意味します。禅宗の言葉「放下」とは何ら関係ありませんので、この辺が語源論の怖いところです。つまりは十分に調査しないと大恥をかきます。何分にも私はアマチュアです。以上の記載が若し間違っていたら、ごめんなさい。 |
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