大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

こすい(狡。形ク)

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私:飛騨方言の「こすい狡」だが「狡猾だ、ずるい」というような意味だが、実は広辞苑第六版にも記載されているので、あまり方言とは言わないのだろうかね。勿論、小学館日本方言大辞典全三巻にも詳細に記載されている。
君:俚言のお話は盛り上がるけれど、全国共通方言は盛り下がるのよね。
私:確かにそうなんだか、二つ三つ、引っかかる事もある。
君:どういう事?
私:まずは年代測定から。角川古語大辞典全五巻のお出ましだ。「こすし狡・形ク」、意味は上記の通り。出典は炭俵、因果物語。つまりは江戸初期。近世語である事が判明した。
君:結構、新しい言葉なのね。日葡辞書に掲載されていないかしら。
私:記載は無かったよ。
君:まあ、それじゃあ江戸時代の言葉じゃないの。つまりは上方の言葉でもないわね。江戸時代の江戸の言葉なんでしょ。
私:その通りだな。江戸の言葉だ。
君:となれば、語源も考えやすいわね。あれこれ、資料があるのでしょ。
私:身近な処では物類称呼だが、残念ながらヒットゼロ。
君:意味から攻めたらどうかしら。
私:ははは、そうなんだよ。「こすい」って実は「こずるい」と同じ意味だよね。つまりは「こずるし」から「こすし」になったのかな、と推察してみた。
君:ところが「こずるし」という形容詞は存在しなかった。
私:その通り。ただし「ずるい狡」は角川古語大辞典全五巻に出てくる。江戸時代の形容詞だ。「こ小」+「ずるい」から「こすし」という言葉が出来たのではないかという方程式が出来上がる。
君:意味がほとんど同じなのだから、多分そうよね。
私:更にもう一点。これで決まりと言ってもいいだろう。「ずるい」と言えば「ずるずる」という擬態語だ。実は「ずるずる」も江戸時代に出現した言葉だ。「ずるずる」「ずるい」「こずるい」「こすし」と言うような変化があったのだろうね。蛇足ながら「ずるずる」は日葡辞書にも出てくる。Zururi, Zururito
君:あらら、日葡は「ずるりずると」じゃないの。ならば日葡辞書には「そろりそろりと」も記載が無いかしら。
私:ははは、とても良い質問だ。実は日葡辞書の記載は Sororisororito, Sorosoroto の二種類だ。
君:なるほどね。上方で「ずるりずるりと」だったのが江戸では「ずるずると」になったのね。
私:その通り。そして「ずるい」「こすし」になったというようなところかな。
君:気になる点というのはどういう事かしら。
私:方言ともなると全国各地で音韻変化が起きている。例えば「こつい・こっつい・こーつい」。そして意味もあれこれ、変わってきてしまっている。例えば「すばしこくて利口だ・小さい・少ない」。
君:方言から語源を類推する事は反って難しいわね。
私:そのようだね。どちらにしても十数冊の辞典すべてを読んで、まずは全体像を考える事かな。それと、漢字に惑わされないことだ。
君:「狡」の字に惑わされない。・・ああ、あて字に気をつけなさい、という事ね。
私:その通り。初めにオノマトペありき。まずは「ずるりずるり」という擬音語があった。そこから「こすし」が生まれた。音韻といい、漢字の意味といい、「狡」が適当でしょう、という事で「狡し」と記載されるようになった。今日の結論と言ってもいいが、江戸時代までの教養人って、我々現代人が想像を絶するほどに漢文の素養をお持ちだったんだね。
君:形声ね。交は小さな犬の意味よ。雖有狡猾之民,無離上之心,則不軌之臣無以飾其智。禁令を煩雑にすればするほど、狡猾な吏民が法令を弄して犯罪が増加する。史記、司馬遷。

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