大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム |
さこ(迫)(山の境界線) |
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私:2020年、菅(すが)新総理誕生、東北の農家の長男。僕の実家も飛騨の寒村で農林業、だから境遇が似ていなくもないね。 君:ニュースは世界を駆け巡る。早くも海外での人気。ほほほ、貴方とは大違いね。 私:確かに。さて、今日は飛騨方言の名詞「さこ(迫)」について。 君:あまり聞かない言葉だけど。 私:ははは、林業の家でなければ関係ない生活語彙だからね。 君:広辞苑に記載があるわよ。(関西・九州地方などで)谷の行き詰まり。または谷。せこ。 私:天下の広辞苑に物申す。その記載は不正確極まりない。「谷の行き詰まり」は誤解を招きかねなくて、いただけない表現だ。 君:広辞苑には「せこ(迫)」の記載もあるわよ。(狭所せこの意)山と山の間で、谷の狭まった所。 私:ははは、こちらは少しはまともな表現だか、それでも正確とは言えないね。 君:要は何をおっしゃりたいわけ。 私:広辞苑様に是非ともご理解いただきたい点はたったひとつ。「さこ(迫)」は方言学用語として重要品詞といっても良い事。小学館・日本方言大辞典には「さこ(迫)」についてぎっしりと書かれていて、その意味は19通り。勿論、全国の方言になっている。方言辞典だから、記述は極めて正確だ。飛騨方言での「さこ」は「山と山の間のくぼみ。小さな谷。側稜と側稜の間の沢。」ざっとこんなところだ。 君:なるほど、わかったわ。山肌はのっぺりとしているのではなく、しわになっている。しわの高い部分が側稜で、しわのくぼんた部分が「さこ(迫)」なのでしょ。 私:正にその通り。僕が広辞苑の編集者なら「普段は枯れている小さな谷」と書くね。これで19通りの意味の半分以上を表現しているだろう。地名用語も参考までに。 君:アクセントは? 私:二拍で尾高。 君:「尾根」は共通語でもアクセントの揺らぎがあるわね。頭高と尾高。 私:飛騨じゃ「さこ」も「おね」も尾高だね。これに関して大変に重要な単語がある。「さこざかい」「おねざかい」、共に尾高。 君:どうして重要なのかしら。 私:飛騨は山国。しかも村々が農林業を細々と営んでいて、要するに一戸が所有する山林面積は小さい。飛騨には大山林地主はいない。 君:だからこそ、所有する山の範囲がとても大切。お隣様と「さこざかい」と定めるか、「おねざかい」にするか、つまりは自然地形たる迫・尾根は隣地境界線の目安として重要な言葉という事なのよね。 私:正にその通り。三角測量して境界を決めるわけではない。昔から、江戸時代以前から、代々、語り継がれてきた境界線が「さこざかい」「おねざかい」という訳だ。そのような意味において最重要品詞と言えるね。 君:大きな木を境にしてはいけないわね。いずれ切られる運命なのだから。 私:広辞苑の「狭所せこの意」という記載は素直に受け入れられるね。でもひとつ、問題がある。 君:えっ、どういう意味。 私:方言学という以前に国語学なのだから、古語辞典の記述がどうか、という事には僕はこだわってしまう。三省堂・新明解には、「さこ迫」(名)谷の異名、の記載があった。これは良しとして、各社の古語辞典に「せこ」の記載が無い。 君:ほほほ、仕方ないことだわよ。幾ら貴方が重要品詞だと思っても。 私:勿論。仕方のない事だ。でも、その事が反って古語ロマンを生む。 君:ほほほ、どういう事。 私:そりゃあ、語源さ。 君:何処の語源辞典にも記載が無かったから、しめしめ・思った事を書こう、という魂胆ね。 私:まあ、なんとでもおっしゃりなさいな。ひとつ質問だ。「せこ」という方言があると思うかい。 君:さあ、わからないわ。 私:ははは、皆無だ。方言辞典にあるのは「さこ」、この音韻は全国の方言になっている。特に西日本が多い。これはつまり、どういう事。 君:さあ。 私:ははは、簡単な理屈じゃないか。初めに「さこ」ありき。多分、和語だろう。というか和語に間違いない。漢和辞典のお出ましだが、音で「はく」、訓で「せまる」。つまりは「迫」は当て字だろう。切迫、圧迫、等々、意味も似ている。 君:なるほど当て字ね。和語の「さこ」ね。そこへ、なんとまあ気まぐれに「迫」の漢字を当てはめましょうと賢いお方がひらめいた。 私:ははは、その通り。つまりは順番としては「さこ」から「せこ」に音韻変化したのだろうね。 君:確かに。苗字なら「おおさこ大迫」のほうが「おおせこ大迫」より多そうね。 私:グーグル検索したら、やはりそうだった。ヒット数は おおさこ>おおせこ>こさこ>こせこ。 君:なんとなくわかるわ。 私:多分、おおたに>こたに。 君:脱線しているわね。アメリカで活躍している日本人スポーツ選手。 私:本題に戻ろう。そもそもが原始の日本語、つまり和語「さこ」があったのだろう。初めに「さこ」ありき。遍く西日本を中心として現在も尚、方言として分布しているからというのが論拠。然も19もの意味が生じてしまったのだから、この言葉は相当に古い言葉である事は確定的だ。その一方、書き言葉、つまりは古語辞典の語彙にはないが、飛騨方言には隣地境界を示す単語「さこざかい」があり、生活語彙としては最重要品詞だ。「さこ」は「さく割裂」(他カ四)や、「せく塞」(他カ四)と同根なんだろうなぁ。 君:なんとなくわかるわ。ロマンチストの貴方。その心は古代の日本語。 私:そして「せき関」(名)も同根だよね。つまりは「せく塞」(他カ四)の連用形。 君:律令時代の三関ね。ますますロマンチックだわ。美濃不破、伊勢鈴鹿、越前愛発(あらち)。 私:そして平安は近江逢坂。夜をこめて・・『後拾遺集』雑・940 君:不破郡垂井町も結構、歴史があるのよねえ。岐阜県で最も歴史のある町かしら。ねえ、こっそりと歴女をデートに誘ってよ。ふふっ |
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