大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム

萩原(はぎわら)

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私:岐阜県で萩原と言えば下呂市萩原町と池田町萩原の二か所だけど、全国的には多い地名だろうね。
君:勿論よ。一般名として古語辞典の記載もあるし。
私:それに日葡辞書に記載がある。Faguiuara
君:つまりはポルトガル人にハギワラの音韻として認識されているわね。時代は安土桃山。場所は畿内。
私:九州にキリシタン大名がいた時代の辞書だから広く西日本という事じゃないかな。さて今日の本題。なぜ「はぎはら」ではなくて「はぎわら」なのか。音韻史のキーワードがあるよね。
君:ハ行転呼音ね。古代から中世。近世、つまり契沖あたりで表記が完成。
私:そう。「小田原」「萩原」「藤原」「吉原」等々、「原」を「わら」と発音する事を言う。元々は「はら」だった。「羽」が「いちわ・一羽」となる「は」と「わ」の交替もハ行転呼だね。元々は、つまりは古くは「いちは」と発音していたし、萩原も元々は「はぎはら」、ただし下呂の萩原郷は鎌倉あたりからだからスタートが既に「はぎわら」だったのではと僕は考えている。もっとも「石原」「杉原」「三原」に代表されるような固有名詞は「は」のままで読まれる事が多いし、苗字には「ふじはら」さんや「よしはら」さんがおられるのも事実だ。何故だろう。
君:つまりは苗字にはハ行転呼しない例が多い、というような規則性がありそうね。
私:そうなんだ。そして地名はハ行転呼しやすい、というような規則性がありそうだ。
君:でも地名・苗字でも例外が必ずありそうで、単純な公式でくくれないのが国語の面白いところなのよ。
私:飯のタネというね。勿論、いい意味で。ところで僕の大学の同級生に吉原というのがいる。沖縄の出身。当の本人が「よしはら、よしわら、どっちでもいいよ。君の好きな呼び方で。君は学生時代と変わっていないな。相変わらず細かいね。いいじゃないか、俺の呼び方なんか。」というような奴だが、人の名前を呼ぶのに間違えると失礼にあたるから、大抵は気にするよね。
君:それはそうよ。沢山の生徒名とのお付き合いの教員の悩みだわ。
私:医師とて同じ。絶対に間違えていけないのが患者様のお名前。それに医師は学会が多い。年に何度も。それでもコロナでウエブ開催ばかりになったが。座長ともなると演者のお名前を言い間違えてはいけないが、大変に有難い時代になった。
君:どういう事?
私:今は日本の医学会も英語が実質、公用語。日本語の発表でも抄録は必ず英語で提出しないといけない。だからヘボン式表記を見れば、演者のお名前の正しい発音がわかる。
君:なるほど。
私:ハ行転呼の話を続けよう。地名・苗字にはおおまかな傾向がある事はわかった。ハ行転呼は和語に限られるんだよね。
君:あら、その通りよ。和語に対して漢語はハ行転呼しないのが普通よ。ハ行転呼は和語のしかも単純語にのみ生じた現象なのよ。つまりは一形態素のハ行音にのみ生じた現象。
私:「あさひ朝日」「はつはる初春」「おはよう」などのようによく使う言葉でもハ行転呼しないものが多いね。
君:また逆に「こんにちは」「こんばんは」のようにハ行転呼してしまったものもあるし。しかも表記は「は」。「今日は天気だ」のように格助詞「は」はハ行転呼しても表記は「は」。
私:外国人が日本語を覚えるのに苦労するのがハ行転呼と其の表記という訳だ。
君:もうひとつ規則があるわよ。ヒントは「原」。
私:・・わかった。語頭は決してハ行転呼しないんだ。ハ行転呼するのは語中あるいは語尾の音韻のみ。
君:正解よ。「おはす」「さぶらひ」「たまふ」「かほ」。
私:おっ、動詞は若しかしてハ行転呼しやすいのかも。「ほほ」もあるから身体部分もハ行転呼しやすいのかね。おい、ちょっと待ってくれ。古語辞典を見れば「ほほ」の手前だが、「ほふ法」及びその派生語、つまりは漢語のオンパレードだけど、全てがハ行転呼じゃないか。
君:確かにそうね。言い直すわ。「法」の字を含まない漢語はハ行転呼しないのが普通という事かしら。やれやれね。
私:ははは。藪蛇だね。
君:ほほほ。ハ行転呼こそなかなか(やれやれ)なれ。

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