今 2020 年の春ですが、飛騨地方は蔵元が多く、しかもその多くは操業が江戸時代で、蔵元は高山市に集中している、というのが一般知識でしょうが、これについては14年前に記事を書いていました(ここ)。さて、ひとつの単語で思い浮かべる事柄というのは、概ね決まっていると思うのですが、奥飛騨、といえば奥飛騨温泉郷界隈をイメージするのが一般的ではないでしょうか。実は、昨日は近所の酒屋さんに行って、奥飛騨、という名前の日本酒を見つけましたので、へえっ、と思いました。
その酒屋さんで思った事と言えば、遂に平成の時代あたりに奥飛騨温泉郷に造り酒屋が出来たのか・長生きはするものだ、とつぶやいてお酒を手に取って裏のラベルを見て、奥飛騨酒造・岐阜県下呂市金山町金山1984番地、と書いてあったので、首をかしげてしまいました。意味不明。ちなみに金山の発音は、かなやま、でアクセントは尾高です。飛騨金山という地名ですが、アクセント核はふたつあり、だ、と、ま、です。飛騨金山は分離語に近いとも言えましょう。
ところで、私は学生時代から五十年近く名古屋及びその近郊に住んでいるのですが、名古屋の人々は言うに及ばず、東海地方の人々にとって金山といえば名古屋市のJR中央線金山駅の事。東海道線以外のあらゆる交通ネットワークが集中し、名古屋駅の隣駅という事で、さしずめ名古屋版の品川駅みたいな駅です。
つまりは東海地方の人なら誰でも知っている名古屋の金山との混同を嫌って飛騨金山なのですが、天領飛騨の表の玄関口と言ってもよい飛騨金山は延喜式民部省(養老律令905年)に既に記載がありますので、つまりは古代から日本史感的には飛騨金山が飛騨の南の玄関口の代名詞であったと言っても過言ではありません。そして奥飛騨と言えば、高山市よりももっと奥の奥、飛騨の究極の秘境が奥飛騨、場所的には上宝村(かみたから)、福地(ふくち)、奥穂高(おくほだか)あたりの奥飛騨温泉郷辺りを示すのでしょうね。帰宅後にネット検索して、二度びっくり、高木酒造様が社名をお変えになったという事でした。社名をお変えになるのは自由ですが、私には飛騨金山の地名からは奥飛騨を到底、想像できません。
さて下呂市と言えば萩原町萩原の天領酒造も有名ですね。こちらは好感度まずまず、というか、いじらしいとも言えましょう。天領と言えば飛騨全体を示しますから、飛騨地方のどこであっても天領の名前の会社があってよいはずですが、天領からイメージされるのは、やはり、高山市・陣屋、ではないでしょうか。つまりは代官所。古代から宿場と言えば下呂と上呂、つまりは下呂と上呂の中間に位置する萩原と高山市・陣屋を直接に結びつけるものはないと思いますが、商標は商標、萩原が天領(と呼ばれる地のホンの一部)であった事は史実ですので、私としては天領酒造様の社名に関しては異議なしです。
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