大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 文法 |
飛騨方言の形容詞の成立に関する一考察 |
戻る |
私:今夜の方言千一夜は形容詞のお話にしよう。 君:成立に関する一考察とは大きく出たわね。 私:まあ、そう言いなさんなって。早速に実例から行こう。飛騨方言に二拍の頭高アクセント名詞「たか高」がある。これは国語辞典にも当然あるが、収入などの額の事、つまり禄高、の意味や、程度・最上の限度(例、高が知れた)、挙句の果て(例、死ぬるをたかの死出の山)、あらまし・要点(例、たかをさへのみこめば)、高土間の事、(接尾語的に)高い事(例、五円高)、以上だ。だがしかし飛騨方言では、地形的に高い部分、という意味がある(小萱は船津のたかの場所にある)。 君:要は飛騨方言は「たかい高」という形容詞の語幹「たか」がそのまま体言になっているのに、共通語はその辺りが素直ではない、と言いたいのね。 私:そうだね。川上という意味でも用いる事もあるだろう。例えば、高根村は大西村のたかにある。 君:全国の方言では「たか」はどうかしら。 私:うーん、素敵な質問だ。方言でも「たか」という華麗なる体言の世界があるんだよ。ひとつには海のある地方で「たか」と言えば、海から見た陸地の事。「船を高につける(茨城・静岡)」、そして高いところという意味がなんと岐阜県飛騨のみ。但し「たかま高間(香川)」、「たかで高出(奈良)」、「たかど高処(福島)」等々の方言がある。飛騨方言「たか」は激レアな言葉の可能性が高いね。 君:そういうのを親父ギャグというのよ。 私:まあ、何とでも言ってくれ。この体言に「し」がついて「たかし」と言っていたのが上古の飛騨方言で、「たかい」になったのが中世以降の飛騨方言というわけだ。聖書に曰く、はじめに言葉ありき。つまりは日本語の形容詞の歴史を紐解けば、はじめに名詞ありき。この名詞に「し」や「い」の一文字を付けたのが形容詞だ。文法の書物を要約しよう。奈良時代には既に動詞の活用は八種類で完成していた。四段、上一、上二、下ニ、カ・サ・ナ・ラの変格活用。ところが奈良時代の形容詞の活用は未発達で未然形・已然形に「ケ・シケ」があった。形容詞活用が完成するのは実は遅くて平安時代。形容詞はもともと動詞に比べて各種の陳述に応ずる語形変化が少なく、助動詞はほとんど付くことが出来なかった。 君:形容詞も動詞と同じく中世には連体形が終止形に代用されることが多くなり、事実上、終止形は消滅しちゃうのよね。 私:うん、また逆接の助詞「けれども」が生まれ「高いけれども」のように終止形を受けるようになった。これは已然形の退化であり、今日、各地の方言に「高いども・高いば」のような形があるのと無関係ではないね。飛騨方言では聞いた事が無いけれど。 君:「たかい高」の対は「ひくい低」だけれど「ひく」なんて名詞は無いわよ。 私:ははは、当然の質問だ。実は「ひくし低」は語誌学的には新しい。室町からの言葉だ。「ひくし」は古くは「みじかし」「ひきなり」。「みじかし」の語根は「てみじか手短」という言葉として残っているし、「ひきなり」は「ひき引」+「にあり」、従って「ひくい低」の場合は「ひき引」という名詞から生まれた形容詞だ。 君:なるほど、わかったわ。形容詞の語根は全てが名詞という事ね。 私:間違いないでしょう。ただ、これは数学の素数問題みたいなもので、私が日本語の全てを知っているわけではない。あくまでも左七の予想だ。この日本語の特質は現在進行形だ。例えば、「ピンクい」、これは「ピンク色をしている」という形容詞。 君:なるほど。ところで「形容詞」なる言葉を発案したのはどなたかしら。 私:それはとても重要な質問だ。実は日本人ではない。英国人チェンバレン。明治六年に来日、以来、日本語の研究ならびに東京帝国大学で教鞭をとり、日本語に関する学術書は膨大、彼なりの日本語文法体系を記した。彼の著・日本小文典(明治20年)に「形容詞」を定義、ほぼ今日の形容詞研究の礎が築かれた。東京帝大教授・上田万年(P音考)もチェンバレンの講義を受けた学生だった。他に連濁の法則(ライマンの法則)を発見した米国人ライマンも見逃せないね。明治とはそんな時代だったのだ。国学が廃れ、西洋言語学に刺激を受けた近代国語学が産声を上げる。 君:形容詞は adjective の日本語訳ではないわよね。 私:正にその通り。「たか高」は (tall) height を意味する名詞だ。形容詞「たかい」は be in a state of tall height を意味する用言であり、断じて体言ではない。つまりは「たか」は tall height であり、「い」は be in a state of という意味。日本語と英語は言語が異なるので、そもそもが正確に訳す事など不可能。つまりは意訳すると「い」は be in a state of だ。 君:なるほど、おもしろい / be in a state of curiousness or be intereting。 私:未然 not yet・連用 have made ・終止 be difinitely・連体 in-a-state-of・仮定 if then だな。英語には形容詞の命令形 should be があるぞ。日本語には無い。 君:「なし無」の語幹は「な」で「無」の意味なのかしらね。 私:さあ、どうだか。「あり」「なし」で対だから、「あうん」仏教語、古代インドのサンスクリットからかもね。「うん」+「し」から「なし」、若し違っていたらごめんね。 ![]() 君:ほほほ、気楽な発想ね。でも、たかが「うん」されど「うん」なのよね。 |
ページ先頭に戻る |