大西佐七のザ・飛騨弁フォーラム 

屋根と尾根

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僕:アクセントに興味があるというものの、アクセント学の大御所・木部論文の全ては読んでいないし、服部論文然り。手元にある本格的学術書といえば金田一春彦・日本語音韻音調史の研究・吉川弘文館その他。それでも昨晩に表題の二語について気になりだして少しばかり調べものをした。
君:いいから結論を言って。
僕:その他とした手元のアクセント資料で国民の皆様にお披露目したいのが明治書院・現代日本語方言大辞典全九巻。
君:全九巻とは、差し詰め百科事典ね。
僕:実は語彙数は小学館日本方言大辞典全三巻に及ばない。がしかし明治書院は各語に全国72か所のアクセントを記載している。これが全九巻の理由。
君:つまりは結論は?
僕:尾根に関してはアクセント分布は全国的に同一。その一方、屋根に関しては東が頭高・西が尾高という東西対立がある。どうしてそのような違いが生ずるのだろうと不思議で仕方が無かったので、先ほどはその謎解きに挑戦してみたんだよ。いつも制限時間を設けている。15分だ。ちなみに飛騨は尾根が尾高で屋根が頭高。アクセント体系としては金田一理論によれば飛騨は東京式内輪系。つまりは飛騨はガチの東京アクセント。
君:いいから、早く結論を一言でいってちょうだいな。
僕:はいはい。語誌で説明がつくと思う。屋根が上古語であるのに対し、尾根は近代語。たかがヤとヲの音韻の違いなのに、言葉の生まれた時代が千年以上の隔たりがあるからでしょう。
君:屋根の出典は?
僕:萬葉集779、板盖之黒木乃屋根者山近之明日取而持参来。
君:おっと、そう来たわね。板葺きの 黒木の屋根は 山近し 明日の日取りて 持ちて参ゐ来む。
僕:その心と言えば、簡単なロッジの材料なら我が家の山が近いので明日にでも伐採してお持ちしますよ。つまりは男から女への熱烈プロポーズの歌。新居を作ってやるから俺と結婚してくれ、ってなもんだ。これでジインと来ない女だったら求婚なんかしないほうがいいよね。がはは
君:脱線よ。ヤ屋も、ネ根も共に和語。その癒合名詞は当然和語、しかも上古の言葉よね。一方、ヲ尾も和語なのに尾根が近代語というのは不思議ね。
僕:論より証拠。国語研の日本語コーパス中納言にアクセスして「尾根」を今しがた調べたよ。結果は驚くほどの事でもない。思った通りだった。
君:いいから、日本語コーパスの結果は?
僕:奈良・平安・鎌倉・室町・江戸はゼロ。要は以下の通り。がはは、どんなもんだい。予想した通りだった。
年代      該当       文献数
--------------------------------
奈良         0     125,907
平安         0   1,078,516
鎌倉         0   1,153,191
室町         0     358,419
江戸         0     822,914
明治大正昭和前期   5  14,826,182
昭和後期平成   524 104,911,460

君:なるほどね。これって要約できるかしら。
僕:対象数からすると奈良はほぼ全部が和語でしょう。極めて少ないね。平安・鎌倉で漢語の輸入により日本語の語彙に情報爆発が生じたものの、室町・江戸で日本語コーパスの伸び率は衰退した。明治の文明開化とともに再び桁違いの情報爆発、そして昭和後期に更に爆発。ところが驚く事に、尾根という日本語はおそらく昭和前期にちょろちょろと出てきた言葉であり、昭和後期以降は昭和前期に比し百倍の頻度で使われるようになったという事。
君:うわあ、面白い。何でもわかっちゃうのね。
僕:枕詞が要るよ。
君:?
僕:日本語に興味があれば、という事。たかが尾根と屋根の違い。たった一文字の違い。でも語誌的には尾根は日本語の新語に近い。がはは
君:ではあなたの結論をどうぞ。
僕:屋根にアクセントの東西対立があるのは言葉に千年以上の歴史があるから。尾根にアクセントの東西対立が無いのは言葉にたかだか五十年前後しか歴史がないから。左七ってナリキリちこちゃんでえす。
君:当サイトって2004年の発足だったかしら。まだ歴史は20年以下ね。つまりは始まったばかりかしら。ほほほ

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