攘夷な人々


1.
 
「あ。ヅラだ。ひっさしぶり〜」
 
「ヅラじゃない。桂だ」
 
「元気だった? 私は元気だったヅラよ?」
 
「貴様なんだそのふざけた語尾は」
 
「気にしちゃ駄目ヅラ」
 
「……いい加減にしないと斬るぞ」
 
「そういえば、この前、晋助に会ってさー」
 
「貴様、謝罪の一つでも述べたらどうだ」
 
「怪我してんの。何をドジ踏んでるんだか」
 
「謝る気はさらさら無いのか」
 
「しっかもさー。聞いてよ。
 人がせっかく手当てしてあげるって言ってるのに、舐めてりゃ治るの一点張り!」
 
「自分は人の話も聞かぬくせに、聞かせる気は満々というわけか」
 
「癪に障ったから、舐めてやったのよ」
 
「……何を考えてるんだ。
 そんなことを高杉にしてみろ。奴が調子に乗るだけだぞ」
 
「乗られた。って言うか、文字通り乗られた。押し倒された」
 
「自業自得だろう、それは」
 
「そうよ! 自業自得よ!
 そんだけ元気有り余ってんなら、舐めなくても治るだろ! って蹴り上げてきてやったの」
 
「……どこを」
 
「キ○タマ」
 
「…………貴様には恥じらいという物は無いのか」
 
「あると思ってたの?」
 
「今更か」
 
「そ。今更。
 じゃ、せいぜい御用にならないように気をつけてねー」
 
「貴様こそな」



2.
 
「あ、ヅラだ。おっはー」
 
「ヅラじゃない。桂だ」
 
「いーじゃん。ヅラはヅラだよ。ヅラ以外の何者でもないよ」
 
「……前から気になってたんだが」
 
「なにを?」
 
「なぜ俺だけ、下の名前で呼ばない」
 
「え? んー……銀時、晋助、辰馬……あ、ほんとだ!」
 
「自覚無かったのか」
 
「みんなヅラヅラ呼ぶから、なんとなくそう呼んでたんだけど。
 下の名前で呼んでほしかった? っていうか、仲間ハズレ気分だった?
 ごめんね、コタローちゃんv」
 
「…………」
 
「……ねぇ。
 なんか、『走れー走れー、コータロー♪ 追いつけ追い越せ引っこ抜け〜♪』って歌を思い出しちゃった」
 
「…………」
 
「……やっぱ、普通にヅラが一番じゃない?
 名前で呼んでたら、そのたびに競馬実況したくなるよ、私。
 『コータローが追いつくか、ホタルノヒカリが逃げ切るか!!』ってさ」
 
「…………ヅラでいい」



3.
 
「あ。晋助だ。晋助がいる。どうしよう。マジで晋助だよ、コレ」
 
「……テメー。出会い頭にいい度胸してやがるな、オイ」
 
「イヤだって。アンタなんでシャバにいるの。
 指名手配されたんでしょ?
 なんで呑気にこんなところ歩いてるの。
 おかしいって。神経おかしいって。頭もおかしいって。外見も何もかもがおかしいって」
 
「テメーに言われたかねェよ。このクソ女」
 
「あ。酷い。
 仮にも昔は一緒に戦った人間に対して、その言い方はないんじゃない?」
 
「その言葉、そっくりそのままテメーに返してやるよ」
 
「熨斗つけて丁重に返品するから、それ。
 でも、ほんとに大丈夫なの? 天下の往来を呑気に歩いてて」
 
「木を隠すなら森の中って言葉があるだろうが。
 それよりテメーはどうなんだ。仮にも攘夷志士が」
 
「私は『元』攘夷志士だからいいんだもん。
 今はか弱き一般市民。悲鳴をあげれば真選組が助けてくれるんだよ。
 便利な世の中になったもんだね、ほんと」
 
「はっ。
 喜んで刀振り回してたテメーの、どこがか弱いんだか」
 
「誰も喜んでなかったっての。
 人権侵害とか名誉毀損で訴えて勝つよ」
 
「訴えられるもんなら訴えてみやがれ。できるもんならな」
 
「できるわよ!
 きゃぁぁああ!! 近藤さーん、助けて襲われるーーっ!!!」
 
「はァ? んなフザけた悲鳴で、誰が助けになんか来るか―――
 
「何だとォォォォ!!!??
 誰だ!? 誰がそんな不埒な真似をォォォ―――……アレ?」
 
「…………オイ」
 
「……あは。ほんとに来ちゃったね。近藤さん」
 
「笑って誤魔化してんじゃねェ!!」



4.
 
「ねぇ、晋助。銀時やヅラと喧嘩したんだって?」
 
「んな生温いもんじゃねェよ。
 誰から聞いた。そんな事」
 
「ニュースソースは秘密よ。
 あ、この言葉、いっぺん使ってみたかったんだ♪」
 
「気楽だな、テメーはよォ?」
 
「だって私、関係無いし」
 
「そうかァ?
 どうせそのうち巻き込まれるぞ。腹括っとけ」
 
「えー? やーだーなー」
 
「……マジでイヤそうな顔するじゃねェか」
 
「だってイヤだし。実際。
 私はねぇ、もっとこう、お気楽ご気楽夢気分vで生きていたいのよ」
 
「なら、どうして攘夷戦争に参加してたんだ。テメーは」
 
「え? イヤ、アンタらについていったら面白そうだったから。そんだけ」
 
「……んな理由で戦争してたヤツは、テメー一人だろうよ」
 
「あ、やっぱり?
 まぁでも、そんなワケ。今回は、面白そうだと思えないから、パス」
 
「パスは無理だろうな」
 
「無理とか言うな!
 いいわよ。私の平穏を乱しに来たヤツは、片っ端から斬ってやるから」
 
「それが巻き込まれてんじゃねーか」
 
「ちょっと! やめてよ!!」
 
「嫌なら京にでも逃げるんだな」
 
「それもイヤよ。
 なんでアンタらの都合に合わせて逃げなきゃなんないのよ、この私が」
 
「我が侭な女だな、テメーはよ」
 
「我が侭なのはアンタらだ!
 自分らの喧嘩に私を巻き込もうとするなぁっ!!」



5.
 
「晋助ぇ。初詣行こうよ、初詣〜〜」
 
「……俺が行くと思うのか?」
 
「イヤ。一応、言ってみただけ。無駄だとは思ったんだけど」
 
「無駄だとわかってたのかよ。ご苦労なこった」
 
「そう思うなら、ちゃんと誘われてほしいものね」
 
「誘われてほしいなら、色気くらい身につけてきな。
 夜の誘いなら、喜んで乗ってやるぜ」
 
「変態だー。変態がここにいるー!」
 
「普通だろ。男なら」
 
「一般人ぶってんじゃないわよ、この変態。
 もういいわよ。他の人誘うから」
 
「テメーに誘えるような人間がいるのかよ」
 
「失礼な。いるわよ、ちゃんと。
 ――あ。もしもしー? ヅラー? ちゃんと繋がってる?
 うん、そう。私。あのさ、もしよかったら、これから二人きりで初詣して、その後ホテルにでも」
 
「しけ込んでんじゃねェよ、このバカ!!」
 
「あ、ちょっと晋助! 携帯返してよ!!」
 
「誰が返すか!
 よりによってヅラかよ! ホテルにまで誘ってんじゃねェェェ!!」
 
「初詣だけだと晋助は乗ってくれなかったじゃない。
 だからオマケでホテルコースをつけてみたんだけど」
 
「つけてんじゃねェよ!」
 
「せっかくヅラが乗ってきてくれそうだったのに……」
 
「誰が乗らせるか! だったら俺が乗ってやる!」
 
「え、マジ?
 晋助、一緒に初詣行ってくれるの?」
 
「ホテルコースはつくんだよな?」
 
「なんでつけなきゃならないの。晋助に」
 
「……やっぱ行かねェ」
 
「何それ! 晋助のケチー!!」



6.
 
「あ゙〜〜、ヅラ〜〜、死ぬぅぅ〜〜」
 
「……なぜ貴様がここにいるのだ」
 
「え゙〜?
 風邪ひいたっつったら、晋助に追い出されたから」
 
「自分の家があるだろう」
 
「ヤダ。寒いし誰もいないし。
 晋助が冷たいから、ヅラのところで温まることに決めたの!」
 
「人を避難所か湯たんぽ代わりにするな」
 
「なんで〜?
 頼られることはいいことだよ〜?」
 
「その頼られる内容と相手によるだろう。それにだな」
 
「?」
 
「そろそろ来る」
 
「は? 何が―――
 
「テメっ、なんでヅラのところに居やがる!!?」
 
「晋助? え、なんで?」
 
「テメーの家に行ってももぬけの殻だったからだよ。
 俺は帰れっつっただろ!
 誰もヅラのところに行けなんて言ってねェェ!!」
 
「じゃ、今日からここが私の家〜〜」
 
「〜〜ッ!! テメ…っ!!」
 
「それは俺が却下だ。
 高杉。今日は見逃してやるから、コレを家に押し込んでおくことだな」
 
「ちょっ、『コレ』って何、その物扱いは!?」
 
「今日のところは、な。
 テメェこそ、首洗って待ってろよ、ヅラ」
 
「ヅラじゃない、桂だ」
 
「って私の意志は!? 私ここにいるぅっ!!」
 
「うるせェ!
 風邪ひいてんなら、大人しく家で寝てろ!」
 
 
「まったく、あの二人は……
 事あるごとに俺を巻き込まないでほしいものなんだが……」



7.
 
「晋助。はい、これ」
 
「あァ? なんだ?」
 
「何って、今日が何の日だかくらい、知ってるでしょ?」
 
「知るかよ」
 
「うわ。何この化石人類。バレンタインも知らないなんて」
 
「悪かったな、化石で」
 
「要は、女が男に、日頃の感謝と愛を込めて、チョコを贈る日よ」
 
「んなチャラついた行事、俺の知ったことか」
 
「別に知らなくてもいいから、貰ってよ。せっかく晋助のために選んだんだから」
 
「珍しく殊勝じゃねェか。
 ……仕方無ェな。貰っといてやるよ」
 
「マジで!? ありがと!!」
 
「今回だけだぞ」
 
「あ。言い忘れてたけど。
 チョコ受け取ったら、3月14日に、相手に3倍価格でお返ししなきゃならないから。
 そこんとこ、よろしく!!」
 
「っ!? テメェっ、謀りやがったな!!?」
 
「ちなみに返品は受け付けませ〜ん。
 これから一ヶ月、私のためにみっちり働いてね?」



8.
 
「あれ? 銀時? うあ、久しぶりー」
 
「……げ」
 
「何その『げ』は。『げ』って何。何が言いたいワケですかこの天然パー」
 
「イヤ、それ『マ』が抜けてるから。『マ』が」
 
「まさに銀時のことじゃない。『マ』が抜けて『間抜け』」
 
「うまくねェから。それうまくねェから」
 
「うまくなくても事実は事実。現実見たら?」
 
「そーだな。現実見てやるよ。この廃刀令違反女」
 
「これ刀じゃないから。私の半身だから。一心同体だから。
 銀時だって、腰に下げてるじゃない。何その木刀。なんか薄汚れてない?」
 
「腰にぶら下げてねェと、何か落ち着かねーんだよ」
 
「まぁ気持ちはわかるけど。
 役人に目つけられないようにしなさいよ」
 
「俺の台詞だろーが、それは」
 
「私はいーの。
 それはそうと、最近、晋助見てない?」
 
「どーしたよ。なんかあったか?」
 
「うん。見つけたらでいいんだけど」
 
「伝言でもしろってか? 俺は伝書鳩ですかコノヤロー」
 
「伝言いらないから。
 とりあえず、問答無用で殺してくれればいいから。お願いね。じゃっ」
 
「おう。殺せばいいんだな―――って何さらりと怖い事言ってんのお前はァァァっ!!?」


(何となく、「そんな彼らの恋愛衝動」の後日談っぽく)



9.
 
「晋助ー。前から思ってたんだけど、言っていい?」
 
「くだらねーことなら聞かねェぞ」
 
「くだらなくないわよ。重要っぽいわよ。人生において」
 
「テメーの人生にか?」
 
「晋助の人生において」
 
「だったら言ってみろよ」
 
「うん。ずっと思ってたんだけどね」
 
「あァ」
 
「服が悪趣味。センス最低」
 
「……っテメェ」
 
「明らかに指名手配犯としての自覚に足りないような格好―――
 って、ちょっと待って! タイム! タイム!! だから抜刀は無し! ちょっとぉっ!!??」



10.
 
「ああもう、ジメジメジメジメ〜。
 毎日こんな湿気ってちゃ、やってらんないわよ。
 ってか暑いし? 暑すぎるし?
 湿度最高潮不快度絶好調人類絶不調イライラとかくこの世は一天地六の賽の目渡世っ!
 ああウザいウザすぎるウザウザウザ〜〜〜っ!!!!」
 
「テメーがウゼェんだよ、このバカが」
 
「晋助の存在もウザいけどね。
 なんかもう全てがウザいって感じ? 梅雨時に見る顔じゃないわ、それ」
 
「いっぺん死ぬか?」
 
「死ぬなら晋助が死んでよ。
 雨だし。ウザいし。暇だし。こう、暇潰しに一度死んでみたら面白いかも」
 
「だったらテメーが死ねよ」
 
「私が死んだって私は面白くないじゃない。
 まぁ仕方ないから、この鬱陶しいまでのジメジメ感と暇っぷりを吹き飛ばす話でも」
 
「あァ?」
 
「あのさ。できちゃった。私」
 
「……何が」
 
「何がって、こういう台詞の結論は一つしか無いんじゃないの?」
 
「……マジでか」
 
「マジで」
 
「……………………」
 
「おーい? 晋助ー? どうしたの固まっちゃって。
 イヤ、別にアンタ心当たり無いはずだから関係無くない? それも哀しい話だと思うけどね。
 って言うかさ、固まっててもウザいもんはウザいってことがわかったからもういいよ。
 いい加減に動かない? ダメ? あ、ダメっぽい? なんで晋助がそんなショック受けるワケ?
 あーもう! 今のマジじゃなくて冗談だから! 
 ジメった空気を乾かすための一服の清涼剤のつもりだったんだから!
 ―――もういいっ! 知らない! ウザいっ! 帰るっ!!!」



11.
 
「オイ。何のつもりだ、これは」
 
「ん? 暇だから」
 
「暇だと男押し倒すのか、テメーは」
 
「なんか面白いことにならないかなー、って思ったんだけど。
 やっぱダメだ。面白くない。そもそも相手が晋助じゃあねぇ」
 
「どういう意味だコラ」
 
「そのまんまの意味だけど」
 
「……いい度胸してんじゃねェか」
 
「そりゃ女は度胸だし―――うきゃっ!!?」
 
「男押し倒しといて、冗談で済ませられると思ってんじゃねェ―――っ!!!??」
 
「おお。無理な体勢からでも、鳩尾って狙えるモンなのねぇ。
 って言うかさ。冗談を冗談で流す度量くらい身につけなさいよ。
 それができないのが晋助なんだろうけど?
 あーあ。なんか他にもっと面白い事ないかなぁ・・・」



12.
 
「あ。わかった! 晋助の人生に足りないモノ!!」
 
「あァ?」
 
「ね、聞きたい? 聞きたいでしょ?」
 
「余計な世話すんじゃねェよ」
 
「いいから黙って聞けやゴルァ」
 
「……脅迫してんじゃねーよ」
 
「だって人がせっかく親切に教えてあげようって言うのにさ。
 まぁいいよ。それは。
 こうして少しずつ調教、じゃない、人間性の変革を求めていけばいいだけだし」
 
「オイ待て。今、確かに不穏当な言葉を口走っただろ!」
 
「知らないわよ。幻聴じゃない? それか被害妄想」
 
「無茶苦茶言ってんじゃねェよ!!」
 
「あーもう。冗談を聞き流すくらいの度量を持ちなさいよ。
 つまりソコよ。晋助に足りない部分って」
 
「あァ?」
 
「要約すると、ボケ」
 
「……度量の有無のどこをどう要約したらそうなるのか、是非とも聞きてェところだな」
 
「え? フィーリング?」
 
「俺に聞いてんじゃねェェェ!!!」