絶望少女達


1.強引niマイYeah〜
 
私が言うのもなんだけど。
我が真選組の副長サマは、実によくモテる。
 
「あのっ! これ、読んでください!!」
 
本日の見廻り中。これで何通目の恋文だろう。
迷惑そうな土方さんのことなど顧みず、押し付けるだけ押し付けて走り去る。
この娘は前にも何度か見たことがある。全く同じシチュエーションで。
脈が無いコトなんて、とっくにわかりきっているだろうに。
もはや恋する自分に酔ってるんだろうか。
身勝手ながらも、げに逞しきは恋するオトメ。一度や二度じゃ諦めたりしない。
昨今じゃ男だってこんな根性見せたりしないってのに。
でも……
 
「オラ。何やってんだ。行くぞ」
 
急かされ、我に返る。
それでも振り返り目で追ってしまう、今し方の彼女。
鮮やかな着物を身に纏い、軽やかに走り去っていくその後姿。
どこにでもいそうな、平凡な女の子。なんだろうに。
 
「可愛いなぁ……」
「あ? 何だって?」
 
思わず呟いた言葉を聞き返され、私は頭を振る。
特に突っ込んで問い質してこなかった土方さんの横について歩き出しながら、もう一度だけ振り返る。
もちろん、彼女の後姿はとっくに見えなくなっていたけれども。
彼女に限らなくとも、平凡な女の子は街に溢れている。色とりどりの着物を身に纏って。
この江戸の街に華を添えている。
対する私は、漆黒。夜色、闇色、烏色。どう表現したところで、彩りとは程遠い。
自分の姿を見下ろして、何となく気落ちする。
最初から、そんなことは承知でここにいることを選んだというのに。
それでも時折、無性に彼女達が羨ましくなる。
過去に「もしも」なんて存在しないことはわかっているけれども。
もしも私が違う道を選んでいたら。
華やかな着物に身を包んで、恋に恋して男を追いかけて、平凡だけど人並みの幸せを見つけて―――
 
「だからボーっとしてんじゃねーよ」
「ぃだっ!」
「てめェも十分可愛いモンだろ」
 
後頭部を叩かれて、再び我に返る。
けれどもそれはほんの一瞬。
続けられた言葉に、信じられない思いで土方さんの顔を見やる。
煙草を咥えたまま真っ直ぐ前だけ見ているその横顔は、普段とまったく変わりない。
今のは空耳だったんじゃと思ってしまうほど、いつも通り。
だけどそんなはっきりとした空耳が聞こえるほどに、私の頭はイカれていたりはしない。
途端に全身を襲うむず痒さ。
慣れない褒め言葉に気恥ずかしさを覚えたからなのか、それとも別の理由からなのか。
どちらにしても、関係ない。
 
「わかりました」
「何がだよ」
「土方さんに言われても不気味なだけなので、二度と口にしないでください」
「…………」
 
再び叩かれそうになったのを、寸でのところで私は避ける。
笑いながら土方さんの前を歩く私の足取りは、自分の事ながら随分と軽いものだ。
その言葉が嬉しくなかった訳ではない。
ただ、他の女の子達と自分を比べていたのが、不意に馬鹿馬鹿しくなっただけ。
比べたところで何の意味も無い。
これは自分で選んだ道。今の私は、自分で選んできた私。他の誰と比べることなんかできやしない。
唯一人にさえ評価してもらえれば、それで構わない。
それが単なる強がりでしかないのだとしても。
素直になれない。可愛くなれない。恋に恋する乙女になんかなれやしない。
そんなものは丸めて捨てて、そして私が選んだものは。
 
「可愛くねー女だな、まったく」
「それでいいんですよー、だ」
 
振り向いた先では、土方さんが呆れきっていた。
笑って受け流し、前を見て私は歩き出す。
ここが私が選んだ場所。
読んでももらえない恋文をせっせと書き綴る健気さなんて、私は欲しくない。
たとえこの先、後悔するような事があるのだとしても。
それでも今は、この場所で、土方さんの隣で凛と立っていたい。



2.絶世美人
 
「アンタは、俺といても幸せにはなれねェですぜィ」
 
何の前触れもない、それは唐突な言葉。
いきなり何を言い出すのかと顔を上げれば、沖田さんがやけに真剣な表情を見せていた。
珍しいと、関係のない事をふと思ってしまう。
沖田さんのこんな顔、見るのは一体いつ以来だろう。
珍しいと言えば、この人が怪我をする事自体も珍しい。
攘夷浪士検挙の最中に怪我を負ったと、わざわざ教えてくれたのは山崎さん。
慌てて屯所に駆けつけてみれば、大騒ぎしているのは周囲ばかり。
当の本人はけろりとしているのだから、私の心配はどこへ向けたらいいのだろう。
それはともかくとして。
真顔で冗談を言うこの人のことだから、今の言葉も冗談だったりするのかもしれない。
だけど笑い飛ばすにしてもタイミングを逸してしまった。
何より、決して冗談事に聞こえなかった―――
 
「それって、遠回しな別れ話ですか?」
「かもしれねェなァ」
 
笑いながらわざと茶化してみても、飄然と受け流すだけ。
一体、どんな思惑があってそんな言葉を発するに至ったのか。
私にはわからないけれども、推測することならできる。
考えを巡らせて思い至ったのは、随分と似合わない事。
そんな弱気で後ろ向きな事、この人が考えるだろうか。
 
「まさか沖田さん、自分が死ぬかもとか考えたんじゃないでしょうね?」
「…………」
 
返事が無い。ただの屍のようだ―――じゃなくって。
どうやら図星だったらしい。
普段通りに振舞っているけど、もしかして今回の検挙は、結構危険だったんだろうか。
一歩間違えれば、本当に死んでしまうかのような。
だからこそ周囲が、これだけ騒いで。
もちろん、沖田さんの仕事が死と隣り合わせだなんて、私だって承知している。当然、本人も。
承知の上で好きになって、付き合って、そして―――
溜息をついて立ち上がると、部屋の外、縁側へと出る。肌寒いけれども、空気の篭った部屋にいるのも息苦しい。
縁側の、その縁に。腰を下ろして足を外へと投げ出してみる。この開放感。
 
「バカじゃないですか」
「言うねェ」
「沖田さんが私を置いて死ぬワケないじゃないですか。そんな事したら殺しますよ」
「死者に鞭打つってワケかィ」
 
真っ直ぐ外を見たまま口にした私に、すぐ後ろから笑い声が聞こえる。
だけど私は振り向かない。沖田さんもそこから動こうとはしない。
 
「それだけ信じてるって事ですよ、沖田さんのことを。
 全部承知して全部ひっくるめて全部わかって、それで好きになったんですから。だから」
「だから?」
「私の幸せを、沖田さんが勝手に決めないでください」
 
何が私の幸せかなんて。他人に決められるのは真っ平御免。
自分の事は自分で決める。子供じゃないんだから。
前を見たまま言い切る私に、沖田さんは何を思っただろう。
少し間を置いて聞こえてきたのは、苦笑混じりの言葉。「まったく……敵わねーや」と。
拒絶の言葉が無かったことに安堵したなんて事は、私だけの秘密。一生教えてあげない。
 
「そこまで言われたら、俺だって引き下がれねェ―――イヤだって言っても、もう聞かねェぜィ」
「沖田さんこそ。なに言われたって、しがみ付いてでもどこまでもついて行きますからね、私は」
 
振り向いて見上げれば、沖田さんと目が合う。
どちらからともなく二人笑い合う。今までの一連のやりとりが照れくさくて。
口に出すことは二度とないかもしれない。
それでも決して今日の事を忘れることはないのだろう―――



3.かげろう
 
求めてもらえるだけでも、幸せだと。
そう、思おうとしたのに―――
 
始まりは、幼馴染から。
切っ掛けは、私の告白。
その時限りのはずの、告白だった。
迷惑だろうと思いつつ、それでも偶然に再会した幼馴染に思いの丈を伝えたくて。
ただ伝えたかった。それだけのはずだったのに。
 
あの日以来、ふらりと現れては晋助は私の身体を求めてくる。
 
きっと晋助にとって私は、態のいい玩具なのだろう。単なる性欲の捌け口でしかなくて。
嫌だ、と思う。そんな風に抱かれたい訳じゃない。
けれども、晋助を繋ぎ止められるのならばそれでもいい。
ただの道具なのだとしても、他の誰でもない、私を選んでくれているのならば。
それだけでも幸せだと。
そう、思おうとして―――
 
―――でも、駄目なの……」
 
ぽつりと漏らした言葉は、誰に聞かせるものでもない。
すぐ隣に晋助はいるけれども、眠っているから聞かれることもない。
もうこれで何度目になるのだろう。晋助に抱かれるのは。
数を重ねるごとに、想いは膨らんでいくばかり。
 
初めは、思いを伝えたいだけだった。
求められるだけで幸せだと、そう思った。
それなのに今は―――今は、それだけでは物足りない。
晋助の思いが知りたい。
その次はきっと、言葉が欲しくなる。
更にその後には、約束が、未来が、何もかもが欲しくなる―――
終わる事のない思い。止まる事のない欲望。
自分がこんなにも欲深いだなんて、思ってもみなかった。
叶わない望みだと、わかっているのに。
いつか飽きられる日がくると、そう覚悟して―――
 
―――そんなの、いや……」
 
だけどどうしたらいいの?
どうしたら飽きられない?
どうしたら晋助がずっと、私の傍から離れないでいてくれる……?
 
その自問に、答えは出せない。
ただゆっくりと腕が伸びる。
それが考えての行動なのかは、自分でもわからない。
確かなのは、それが意識的にせよ無意識的にせよ、間違いなく私自身の意思だということ。
 
伸ばした腕の先、両の指がゆっくりとその首にかかる。
晋助はまだ眠ったまま。起きる気配はなく寝息を立てている。
こんな無防備な姿を晒されることに喜びすら感じているのに。
同時に、その首にかけた指に力が込められる。
 
「殺したい程に憎いか、俺が」
 
低い声に、心臓が跳ね上がる。
閉じていたはずの目は薄く開いて、私の目を真っ直ぐに見据えてくる。
縛り付けられたかのように、動けない。逃げることも、逆に指に更に力を加えることも、何もできない。
憎いかと。そう問われて、一体私にどう答えることができるだろうか。
この衝動は、もしかしたら憎しみから発しているのかもしれないけれども。
それでも私は間違いなく、晋助を愛してる。
どんな扱いをされても、報われる当てがなくても。どうしようもなく好きで、愛してる。
 
「そうだな……てめーに殺されるなら、構わねェかもな」
 
そう口にする晋助の意図は、どこにあるのだろう。
私に殺せるわけがないと、見越した上での皮肉なのかもしれない。
実際、私の指は凍りついたように動かない。
愛しているのか、憎んでいるのか。
押し潰されそうな二律背反に、指に力を込めることも、離すこともできない。
 
どうしたらいいの?
どうしたら私は、満たされるの?
 
ぽとりと涙が一滴、晋助の頬に落ちた。



4.人として軸がぶれている
 
もそもそと。
ソファにうつ伏せに転がってお菓子をつまみながら、見るともなしにテレビを見てる私と。
テーブルを挟んで向かいのソファに寝転がって、ジャンプを読んでる銀さんと。
うん。実に。
 
「退廃的だぁ……」
 
ふと思ったことを口にしてみる。
いい年した男女が二人、何をするでもなくゴロゴロと。
しかもこれが日常茶飯事だってんだから、もう退廃どころじゃない。絶望的だ。
何でこれが当たり前になっちゃったんだろう。
考えてみるけど、いつの間にか、としか言いようがない。
ますますもって絶望的。
なんかもう、これって。
 
「『人として軸がぶれている』かぁ」
「俺の軸は真っ直ぐ一本だろーが。どタマから股間まで真っ直ぐブチ抜いてんだろーが」
 
なんだ。聞いてたのか。
ちらりと視線を投げれば、相変わらず銀さんはジャンプを捲っている。
ジャンプを読むのか人と会話をするのか、どっちかはっきりしろよ。
 
「たとえ真っ直ぐでも、ぶれてるんなら意味ないじゃない」
「お前よォ。ぶれてても真っ直ぐな魂と、ぶれてねェけどぐにゃぐにゃに曲がった魂、どっちがいいよ?」
「顔がいい男が私の好みなの」
「オイィィィ!! 人の話聞いてる!!?」
 
ぽりぽりスナック菓子を齧りながら、私は銀さんの言葉を聞き流す。
銀さんがこっちを見ていることはわかっていたけれども、敢えて無視。私の視線はテレビに集中。
流れてるのは神楽ちゃん好みのワイドショー。
私は別に好みでもないけど、何となく見てしまう。
噂の芸能人の恋の噂。とあるスポーツ選手の怪我の状態。幼い兄弟惨殺という陰惨な事件の真相を追え――
ブチンッと。
いきなりテレビが消され、お菓子を銜えたまま顔を上げる。
案の定そこには、テレビのリモコンを手にした銀さんが立っていた。
 
「ねぇ。今いいトコだったんだけど。如何にも真犯人っぽい被害者の父親が、今にもリポーターに殴りかからんとして」
「人の話聞けっての。で、どっちなんだよ」
「何が?」
「だーかーらーっ!! どっちの魂が好みかって話だよ!!」
「今はこのお菓子」
「二者択一に第三者入れてんじゃねーよ!!」
「第三の選択肢はいつだって用意されてるもんなの」
 
ついでに、第四の選択肢もね。
スナック菓子の袋をテーブルの上に置くと、立ち上がって伸びをする。
ワイドショーがどうしても気になるわけでもないし。
それよりも気にすべきは、面白くなさそうに横に立ってる銀さんのこと。
さて。第四の選択肢とは。
 
「私の好みは、ぐにゃぐにゃに曲がってる上にぶれまくってるけど、伸ばせばしゃんとする魂を持ってる人かな」
「はァ? お前、誰のこと言って―――
「要するに銀さんのことだけど」
 
反論は受け付けません。
笑って言うと、私は伸び上がる。
この身長差が何だか悔しいと言ったのはいつだっけ。
「そんなん寝ちまえば関係ねーだろ」と、至極真っ当かつ裏を含んだ台詞を銀さんは吐いて。
 
退廃的且つ絶望的。
そんな事は無視して、私たちの関係は続く。