幸か不幸か僥倖か



自分の頭上には不幸の星といったものが燦然と輝いていたりするのではないか。
ここ最近、そう思わずにはいられないのだ。
買った宝くじが全部外れだった。これはまぁいつものことと言えばいつものこと。笑って済ませられる類の出来事だ。
次に財布を落とした。これもまぁ、諦めがつかないでもない。中身が大して入っていなかったことを考えれば、不幸中の幸いだと前向きに捉えることもできる。
そして、恋人に避けられている。デートの約束をとりつけようとしても、仕事だ何だと断ってくる。携帯にメールを送っても返信は無く、電話をしても出てくれない。これ以上ないほど明らかに避けられている。何かしてしまっただろうかと胸に手を当ててみても見当がつかない。本人に聞きたくとも、連絡がとれないのだから不可能だ。
いっそ押し掛けてやろうかと思い立ったところで、とどめの不幸。拉致されてしまった。どうやら相手は攘夷浪士らしい。手も足も縛り上げられて身動きのとれない女を入れ替わり立ち替わり見張りに来て、そんなに暇ならボランティアでもやっておけと言いたくなる。
私が一体何をしたと言うんだろうと、は嘆きたくて仕方がない。
恋人の元へ押し掛けるため気合いを入れるべく新調した着物は、埃っぽい建物に転がされたせいですっかり汚れている。手入れした髪もほつれているだろう。何より、縛られた手足が痛くてならない。
これで恋人にフラれたら人生ドン底だ。そして避けられている現状を考慮すれば、今の自分は限りなくドン底に近い。
何だか泣きたくなってきたところで、新たにやってきた浪士が「来い」との足首を縛り上げていた縄を切った。手首の縄も切ってくれるのかと思いきや、流石にそこまでは甘くなかったらしい。
引き起こされ、建物の外へと連れていかれる。どうやら倉庫街らしく、似たような建物がずらりと並んでいる。
如何にも攘夷浪士がたまっていそうな場所だと感心半分呆れ半分のの視界に、しかし見慣れた姿が飛び込んできた。

「土方さんっ!?」

どうしてこんなところに、と思うと同時、首元に当てられた刀に、は自身の立ち位置を知った。
人質。
攘夷浪士にとって真選組が邪魔な存在であることはでもわかる。その真選組を実質取り仕切っているのは、副長である土方十四郎。そして、その恋人が
おそらく攘夷浪士たちは、をたてに何かしらの要求を土方に飲ませるつもりなのだろう。
それにしても、別れる寸前の恋人を捕まえて、何の意味があるのだろうとは呆れたくなった。
もちろん自身は別れたくなどないが、土方はそのつもりに違いない。でなければ、あんな苦々しい顔などするものか。
それでも、何だかんだと人の好い土方のことだ。のことを助けるつもりではいてくれるだろう。お義理にでも。そんな風に助けられてもちっとも嬉しくない。それが我儘だとわかっていても、そう思わずにはいられない。
しかしそんなの様子など目に入っていないのか。攘夷浪士たちは意気揚々と要求を突き付けていた。落ち込むの耳には右から左へと流れて、内容など頭に入ってこない。どうせとは関係のないことだろうし、それよりもフラれる可能性が上昇したことの方が余程一大事だ。

「それにしてもご苦労だったな。我々の狙いに気付いて、巻き込むまいとこの女と距離をとっていたようだが……我々の目は誤魔化せんぞ!」

頭上を飛んでいく言葉など無視して溜息を量産していただったが、勝ち誇ったように口に出された言葉が不意に耳に引っ掛かり、反芻してみた。
反芻して、噛み砕いて、飲み込んで。
理解したところで、は目を見開いた。

「それ、本当なんですか、土方さん」
「…………」
「私をこういうことに巻き込みたくなくて、私のこと避けてたんですか?」
「……あァ」
「私、フラれてなかったんですか!!」
「いつ誰がフッた!?」
「だ、だって……」
「悪かったな。コイツらまとめて引っ捕らえたら、説明するつもりだったんだよ」

巻き込みたくなかったんだよ、とボソリと土方が呟く。
が、逆にの気分は急上昇。フラれていなかったと、その事実に一安心する。手を叩いて喜びたい気分だったが、生憎と両手首が縛られていてそれは叶わない。
と、喜びも束の間、自由にならない我が身をふと思い出す羽目になった
ふつふつと込み上げてきたのは、怒りの感情。
プツン、との内で何かが切れた。

「……アンタらのせいか」
「は?」
「アンタらのせいで、私はフラれたかと思って泣きそうだったし土方さんに余計な気を遣わせたしおまけにその気遣い無駄にさせて何様のつもりだテメェらァァァ!!!」

刀を前に女が抵抗などできないと思っていたのだろう。攘夷浪士たちのその油断がにとっては幸いだった。
体の前で縛られていた両手を刀目掛けて振り上げる。
刃に触れて、はらりと解ける縄。浪士たちが状況を把握するよりも早く、自由になった手で、目の前の刀を奪い取る。そのまま浪士の一人を打ち払うまで、ものの数秒。更に返す刀でもう一人を薙ぎ払う。
縛られていた手は痛むものの、動かせない程ではないとが確認し、刀を構え直したところで。ようやく攘夷浪士たちが我に返りだした。
自分に向けられた幾つもの刃の切っ先に、恐怖どころか気分が高揚するのを感じる。血が沸くとでも言おうか。
きっともうこの感覚は、体に染み込んでしまっているのだ。
後はもう、体が勝手に動いていた。










―――説明してもらおうか?」
「……、わかんない」

えへ、と可愛い子ぶってみたものの、土方の厳しい表情が弛むことはない。
失敗したなぁ、とは後悔しきりだ。今の誤魔化しも、その前の乱闘も。
結局、一人が暴れて、攘夷浪士たちを斬り伏せてしまったのだ。その間、土方は呆気にとられていただけだった。
しかしそれも仕方ないだろう。大人しいとばかり思っていた恋人が、まるで慣れたように刀を扱い、攘夷浪士を次々と斬っていたのだから。

「……えっと。火事場の馬鹿力ってやつです。きっと」
「…………」

土方の眉間に更に皺が増えた。
状況は悪化する一方。フラれていなかったと喜んだくせに、自ら墓穴を深くしてどうするのだと、自分のことながらは呆れてしまう。大人しくしておけば、自分が動かずともきっと土方が助けてくれただろうに。
キレると後先考えずに暴走しがちなのは昔からだ。それで何度も叱られたっけ、と一瞬だけは昔を懐かしむ。
しかし今は、呑気に思い出に浸っている場合ではないのだ。
だがやっぱり自分の責任にはしたくないので、全ての責任は攘夷浪士たちに押し付けることにした。バカヤロー、コンチクショー、と罵詈雑言を胸中で散々に投げつけてみる。
けれどもそれで状況が好転することは勿論なく。渋々、は口を開いた。

「怒らない、ですか?」
「さァな」
「…………」
「……怒らねェよ! だから泣いてんじゃねェ!!」

焦ったように土方は口にするが、それでもは躊躇わずにいられない。
本当のことを話したら怒られるのではないか。それならまだしも、付き合えないと別れを切り出されたらどうしよう。
そんなことをぐるぐる考えて黙り込んでいるうちに、更に土方の眉間に皺が増えた。
これ以上は状況が悪化するだけかと、覚悟を決める。

「……この話聞いても、私のこと、恋人にしてくれますか?」
「お前な」
「約束してください」
「あー、もうわかったから話せよ」
「嘘ついたら針千本はないですけど、5本は飲んでくださいね? ソーイングセット持ってるんで」
「いいからさっさと話せ!!」

あまりにもがしつこく念押ししたせいか、土方が怒鳴り出す。
案外と短気なんだと、場違いな発見を呑気にしたところで、は仕方無しに腹を括ることにした。

「昔、なんですけど。攘夷戦争に、ちょっとだけ参加してたんです。その時に取った杵柄みたいな感じで」
「はァ? なんでそんなのにお前が参加してんだよ」
「なんでって……えと、知り合いがいたので。危ないから心配でついていったら、なんとなく」
「『なんとなく』で戦争参加するヤツがいるか!!」
「ここにいます!」
「威張ってんじゃねェ!!」
「だって! 仕方ないじゃないですか!! 初恋の相手なんだから、心配くらいしますよ!!」
「しかも男なのかよ!!」

ますます土方の機嫌が悪くなってしまった。
もしかしたらこれは、針5本を飲んでもらう状況になってしまうのだろうか。

「だから泣いてんじゃねェよ!」
「土方さんのせいです!!」
「俺のせいなのか!?」

間違いなく土方さんのせいです、とは鼻を啜る。
酷い顔になっている気がするが、今となってはどうでもいい。
目の前で怒ったような弱ったような、そんな顔をする土方に、どうやって針を飲ませようか、そんな思案を巡らせるだけで精一杯だ。
二人の間に落ちた沈黙が、には重くてならない。
諦めてソーイングセットを取り出そうとしたところで、土方が口を開いて沈黙を破った。

「戦争に参加してもいいと思えるほど、ソイツのことが好きだったのかよ」
「はい」
「……肯定するにしても、少しは返事を躊躇えよ」

呻く土方に、は目を瞬かせる。
どうにも話が思っていたのとは別方向に進んでいる気がするのだ。
てっきり、攘夷戦争に参加していた事実を咎められるものと思っていたのだ。何せ相手は幕臣たる真選組副長。戦争に参加していた攘夷志士とは対立する立場だ。昔のこととは言え、許してもらえないかと思っていたのに。

「その男とは今どうなってんだよ」

これは、どう考えても。

「ヤキモチやいてます?」
「違ェよ!!」

ムキになって否定するものだから、ますます怪しい。
可愛いなぁと、またもや恋人の新しい一面を見つけては嬉しくなる。
これならソーイングセットの出番は無さそうだ。
つい頬が緩んでしまうに対して、土方は面白くなさそうだ。
ヤキモチをやいてもらえるのは嬉しいが、あまり不機嫌になられても困ってしまう。

「戦争のどさくさで離れちゃったので、今どうしてるのかはわからないです。それに」
「何だよ」
「私、好きな人以外と恋人になれるほど、器用な人間じゃありませんよ?」

にこりと笑って言い放つ。
初恋の相手の消息が知れないのは事実。そして、今のの気持ちが土方に向いていることも事実。
それじゃダメですか?
小首を傾げて問うと諦めたように土方が溜息を吐く。どうやらそれが白旗の合図らしい。

不幸の星は、いつの間にやら幸福の星だか何だかに変わったようだ。



<終>



問:初恋の相手は誰でしょう?
答:誰でもいいです。

ので、お好きに考えてください(笑)
何だかんだで振り回されてる土方さんが書きたかったのです。

('10.05.17 up)