ゆーびきーりげんまん
うーそついたらはーりせんぼんのーます
 
 
 
 
指切り



 
切っ掛けは幼少時代に交わした口約束だった。
たかが子供の約束などと、馬鹿にする輩もいるだろう。
しかし、子供だったからと言って、交わした約束を軽んじていい訳でもあるまい。
むしろ、幼さゆえの純粋な望みから発したものだからこそ、より重んじるべきなのではないか。
 
「そう思うだろ?」
 
クッと口の端を上げて投げかけた言葉に、応えは無い。
元より、返答など期待していなかった。
たとえ何かしらの答えが返ってきたとして、しかしそれで何が変わる訳でもない。兎にも角にも、約束は守られるべきなのだ。

「なぁ――?」

呼びかけてもやはり、応えは無い。
腕の中の女は、穏やかな表情のまま、その瞼を持ち上げることは無い。
瞼の後ろに隠れている黒曜石のような瞳を見ることが叶わないのは、少しばかり惜しいものだと高杉は思う。
けれども、無いもの強請りをするほど子供ではないのだ。
いくら望んだところで、その瞳は開かない。高杉を映すこともなければ、他の何をも映すことは無いのだ―――もう二度と。
腕に抱きかかえている身体は、柔らかく、温かい。しかしそれも、いずれ硬く冷たくなってしまうだろう。
動かない身体。胸元を濡らす鮮やかな赫が、穏やかな表情に似つかわしくなく、酷く痛々しい。
痛々しい。
浮かんだ思考に、歪んだ笑みが浮かぶ。
そんな哀れみの感情を持ち合わせる資格など無ければ、その必要すら無いのではないか。
の胸に刃を突き立てたのは、他ならぬ高杉自身なのだから。

『ずっとずっと、いっしょだよ? やくそくだよ?』

どれほど前のことだったか。
交わした約束の通り、二人はいつでも一緒だった。幼かったからこそ時間は限られていたものの、それでも毎日のように顔を合わせていた。
笑って、喧嘩をして、謝って。とにかく一緒にいた。それが当たり前だと、約束のとおりずっと続くものだと、信じていた。いや、そもそも「当たり前」を疑おうとすることすらしなかった。
成長して顔を合わせる機会こそ減ったものの、約束は変わらないものと。それは高杉にとってはあまりにも「当たり前」に過ぎることで。

お嬢様の輿入れ先が決まったそうだよ』
 
故郷でそんな話を耳にして、平静でいられるはずもなかった。
しかし、と会いたくとも、その屋敷の門は固く閉ざされている。幼少時は何の障害もなく潜っていたはずだと言うのに。
手をこまねいている間にも、時間は無情に経過していく。
そしてとうとうやってきた、輿入れの日。
ようやく遠目にしたは、確かに微笑んでいた。他の男の元へ向かう、その日に。

裏切られた。

まるで己自身が否定されるような感覚。瞬間、身体が芯から冷えていった。
脳裏に次々と現れては消えていく、二人の思い出。それらが全て、嘘だったと言うのか。平然と他の男へと嫁ぐのか。他の男のものになるのか。
混乱する思考。その中にあってやけに響くのは、子供の笑い声。

―――ゆーびきーりげんまん うーそついたらはーりせんぼんのーます

気付けば、辺りは血の海と化していた。
立っているのは、突然の出来事に目を見開いていると、抜き身の刀を手にした高杉のみ。
そして。

そのまま躊躇うことなく、の胸へと刃を突き立てた。

まるで抱きしめるかのように。
だから、見間違えることはない。聞き間違えることはない。
その瞬間、が確かに微笑んだことを。確かに口にした言葉を。

『ありがとう、晋助』

ああ、そうだったのか。
腕の中、すでに物言わぬ身となったに、高杉は一人納得する。
たった一瞬。
それでも、その微笑みと言葉。何より黒曜石の瞳が、の思いを雄弁に語っていた。
外から入ることが叶わなかったように、中から出ることも叶わなかったのであろう屋敷。
誰に助けを求めることもできなかったの、これが望んだ結末だったのだと。その証とでも言おうか、穏やかなの顔は酷く満足げにも見えた。
今し方までの激情が嘘のように、高杉の胸中も凪いでいる。
そんな中で、繰り返し繰り返し響く、子供の笑い声。

―――ゆーびきーりげんまん うーそついたらはーりせんぼんのーます

「だから、な」

を抱いた腕とは反対の手に握っていた刀を掲げる。
血に濡れたそれも、あと一度くらいは用を成すだろう。
少し考え、懐から手拭を取り出して刃の中央あたりへと適当に巻きつける。今更かもしれないが、それでもの身体に傷をつけることに躊躇いがあったのだ。
くたりとしたの手に布を巻いた部分を握らせ、そのの手を包み込むようにして高杉は握る。刀を、逆手に。自然、こちらを向く切先は、赤く濡れている。それはの血だろうか。そう思うだけで気分が高揚する。

「約束、したからな。ずっとずっと、一緒だと―――

うっそりとした笑みを、その顔に浮かべて。
握ったの手を、自身の胸元へと躊躇なく引き寄せた。
 
 
 
 
 
 
ゆーびきった!



<終>



『アナザー:指切り』をエンドレスで聞いていたらこんなものが出来上がりました。
内容は関係あるような無いような……
ところで最後の行動は、ヒロインの手で死にたかったんだよ、という……ヤンデレ的な感じで。多分。

('11.02.06 up)