どうしてこうなった。

目の前にある銀色のスプーンを見つめ、銀時は自問する。
スプーンに乗せられた白玉が、視線の先でプルプルと揺れている。
その更に先では、女がにこにことそのスプーンをこちらへ差し出している。
これは所謂「はい、あーん」という、バカップルが繰り広げそうな光景だ。
しかしながら、自分たちはそんなバカップルなどではない。そもそも、カップルでも無ければ付き合ってすらいない。
男と女が二人で洒落たカフェに入ったならば、カップルと間違えられるのも仕方がないだろう。むしろそれが間違いでなければいいとすら、銀時は思うほどだ。
けれどもそれを思うのは銀時だけであって、連れの女にその気がまったくないこともよく知っている。基本的に色恋沙汰に興味がないらしい。
そんな彼女が、まさかのバカップルの真似事とは。
再度、銀時は自問する。

どうしてこうなった。
 
 
 
 
一口サイズの愛



 
「パフェが食べたい。期間限定の、イチゴのパフェ」

出会って開口一番がソレだった。
挨拶も何もなしに言うべきことなのかというツッコミはともかくとして、のその言葉自体には銀時も同意だった。
医者に散々止められようとも、甘いものはやめられない。甘味探訪はライフワークだ。糖尿病を恐れるくらいならば、太く短く糖分漬けの人生を送ってやるというのが銀時のモットーだ。
しかし今、銀時は糖尿病よりも恐ろしい病を患っていた―――金欠病。端的に言えば金が無いのだ。具体的に言えば、パチンコで大負けした帰りなのだ。
よって、口にすべき台詞は「そうか。勝手に食ってこい。そして二度と俺の前に現れるな」のはずだった。
それなのに今、銀時は目の前で一人パフェに舌鼓を打つを、水の入ったコップを片手に見ている羽目に陥っているのだ。
理由は単純明快。
金欠病よりも更に厄介な病も抱えていたからだ―――医者でも草津の湯でも治せないとかいう、例のアレだ。
街中でバッタリと出会い、たとえ本人にそのつもりがなくともデートめいたものに誘われては、理性よりも本能が勝ると言うものだ。つまり、誘われるままふらふらとカフェへついてきてしまった訳だ。
目の前では美味しそうにパフェを食べる女が一人。対して銀時は無料の水一杯。コップの中でカランと音を立てた氷に、何やら虚しい気分になる。
せめて一番安い甘味でも、と思わないでもなかった。が、一番安いショートケーキで1カット700円だった。意味がわからない。恐ろしくてパフェの値段を確認するのをやめたほどだ。
当然ながら、誘った当の本人は、銀時に対して奢るつもりは毛頭無いらしい。何も注文しない銀時に対し「お金無いの? 相変わらずだね」とけらけら笑っただけだった。
一体全体、こんな女のどこに惚れてしまったのかと、自問自答してしまう。おそらく答えの8割は腐れ縁の延長線で、残る2割は顔だ。
幸せ一杯といった顔でイチゴを頬張る姿は、確かに世間一般の女と変わらず、そして惚れた欲目を差し引いたとして、それでも可愛いとは思う。しかし、だからと言って、それを見ているだけで銀時自身が満たされるかどうかと言えば別問題だ。そんな殊勝な心は持ち合わせてなどいない。むしろ、なんであのイチゴが俺の口の中へ入ってこねェんだコノヤロー、とか思う訳である。
いっそ恨めし気ですらある銀時の視線に、は気付いていることだろう。気付いていて、尚も気付かぬ振りをしてイチゴパフェを堪能している。なんて最悪な性格だ。これだから、中身に惚れたとはとても思えないのだ。
そのが、ふと手を止めた。
手には、銀色の長いスプーン。その先に乗せられているのは白玉。
その白玉をじっと見つめ、は何を思ったのか。
 
「食べる?」
 
こてん、と首を傾げながら、スプーンを差し出してきたのだ。
そして冒頭の状況に至る。
どうしてこうなった。
三度の自問。しかし答えは出せそうにない。
ならば、今自分がどうすべきかを考えるのが先決だろう。
差し出されたのは白玉一つ。溶けかけたイチゴアイスがかかっていて白とピンクの斑になってはいるが、それがより一層食欲をそそる。
わずか数センチ先で揺れている白玉。恋人めいたシチュエーション。何か裏や下心があったとしても構うものか。据え膳食わぬは何とやら。
迷ったのは、ほんの一瞬。
軽く身を乗り出すと、目の前へと差し出された白玉を、スプーンの先ごと咥え込んだ。
口の中へと広がる甘みと、もっちりとした食感。更に目の前には、にこにこ笑う彼女―――ではないが、今この瞬間くらいは脳内で彼女に設定させてもらってもいいだろう。その方が幸せを味わえるのだから。
ともあれ、割増しで美味しく感じられる白玉を咀嚼していると、更にもう一つ、白玉を差し出された。
二度目ともなれば、もはや躊躇う必要は無い。差し出されるままに白玉を頬張る。
しかし、三度目となれば、話は別だ。
三度差し出された白玉を目の前に、銀時はしばし考え。

―――お前、白玉食べたくないだけだろ」
「あ。バレちゃった?」

誤魔化すように笑いながら、「だってもう結構お腹いっぱいで、白玉が入るスペースが無かったんだもん」とが言い訳を口にする。
パフェは9割方食べていたようだが、確かに結構な量ではあった。そしておそらく、白玉はグラスの下の方にあったのだろう。いくら「甘いものは別腹」と言っても、その別腹にも限界はあるということか。
繰り返していた自問に対する答えも提示され、銀時は溜息を吐く代わりに目の前の白玉を飲み込んだ。
期待していたわけではない。に対して色恋沙汰を期待するだけ無駄だと、そんなことはとっくにわかりきっている。
それでも―――わかっていても尚、ほんのわずかばかり期待してしまったのは、事実だ。
落胆する銀時の前で、はグラスの底に残っている溶けかけたアイスを掬っている。白玉は入らなくてもアイスはまだ入るらしい。どんな胃袋の構造をしているのかとツッコみたくなったが、どうせ理に適った答えが返ってくることなどないだろう。
呆れと諦めの境地に陥っていれば、程なくして完食したが「ごちそうさま」と笑顔でスプーンを置いた。グラスの中は見事に空。けろりとした様子で口元を拭う様に、白玉3個くらい胃袋に入ったのではないかと思わないでもない。が、そこは敢えて黙っておくことにした。
代わりに手を伸ばし、拭いきれずに口元に残っていたクリームを拭ってやる。

「お前さ、鈍いとか鈍感とか、他のヤツに言われたことねーの?」
「……言われたことないし、むしろそれ、銀さんにそっくりそのまま返すから」

誰が鈍感だ、誰が。
指先についたクリームを舐めとりながら反論しても、は無言かつジト目で睨んでくるのみ。
自分よりもの方が余程鈍感だと思うのだが、まぁ自覚症状が無いからこその『鈍感』なのだろう。今更の事であり、諦めるのにも慣れっこだ。



そうして今日も何の進展も無いまま、二人は別れを告げるのだ―――



<終>



お互い、相手の事が好きだとさりげなくアピールしてるのに、相手からは「無自覚にそんなことしてくれるな、この鈍感」と思われてしまう両片思い。
なんてものが好きです。
自分で書いていてよくわからなくなりましたが……
要は銀さんが好きすぎて困るってことです(違

('11.04.24 up)