『初詣? ああ、うん。竜王倒したら行くから。じゃあね』
 
正月早々、恋人は世界の平和を守ることに勤しんでいるようです。
 
 
 
 
ぼくとまおう



 
「って、お前は俺を何だと思ってんの!? 俺の存在はドラクエ1以下ですかオイ!!?」
 
すでに通話が切られた受話器に向けて叫んでみたところで、勿論それが相手に伝わるはずもない。
特に約束していたわけではない。けれども世間一般的に『恋人』と呼ばれる関係の二人ならば、正月から会っても別にいいだろう。むしろ最優先で会ってくれてもよいではないか。
それが何を血迷ったのか、竜王が優先されてしまった。まるで倦怠期の夫婦であるかの如く。
倦怠期どころか、所謂『お付き合い』というものを始めてまだ一年も経っていないというのに、この扱い。愛する彼女からそんな扱いをされようものなら、誰だとてショックを受けるに決まっている。
この妙な虚しさを一体どうすればよいのか。
溜息とともに受話器を置けば、追い討ちをかけるかのように神楽が容赦ない言葉を飛ばしてくる。
 
「正月早々振られたアルか。きっと除夜の鐘での目が覚めたに違いないネ」
「いや、振られたって言うか、さん、ゲームに夢中になってるだけみたいなんだけど」
「ゲーム以下の存在でしかない男に、女は用は無いネ。振られるフラグに決まってるアル」
 
新八に話しているように見えて、銀時にとどめを刺さんばかりに力説する神楽の言葉が、おそらくその意図通り、銀時の胸を抉る。
いくら銀時の方がそうではなくとも、にしてみれば倦怠期に突入しているようなものなのだろうか。飽きられたのか。心当たりはなくとも可能性はある。
しかし、だからと言って「はい、そうですか」と諦めがつくかと言えば別問題。少なくとも納得のいく答えは欲しいところだ。かと言って、どんな答えならば納得がいくのか問われれば、何を言われたところで納得できない気もするのだが。
それにしても、なぜ正月早々こんなことで悩まなくてはならないのか。
銀時の計画では、恋人らしく二人で初詣に出かけ、帰りに甘味処へ寄り、そのままホテルへ―――せめて初詣の約束だけでも前もって取り付けておくべきだったのかと悔やんでも後の祭り。
それでも、やはり恋人がいるのだから、正月三が日のうちの一日くらいは、二人で過ごすために空けてあってもいいはずではないか。それが、何が悲しくてゲーム優先。しかもドラクエ1。懐かしいにも程がありすぎる。そこはせめて最新作であってほしかった。名作とはいえ旧いゲームを理由に断られるとは、やはり飽きられた証拠なのだろうか。
結局、思考は堂々巡り。飽きられたのか、そうでないのか。確定した答えなど出せず、どツボに嵌るばかりだ。
 
「―――ちょっと出かけてくるわ」
のとこアルか? しつこい男は嫌われるアルよ」
「まだ嫌われてねーよ!」
「『まだ』って、これから嫌われにでも行くんですか」
「揚げ足とってんじゃねーよ!!」
 
思いやりの欠片も感じられない言葉を背に受け、銀時は寒空の下へと足を踏み出す。
歓楽街であるかぶき町に正月から人が集まるはずもなく、ひっそりとした空気の中、銀時が向かう場所はただ一つ。
本来ならば、というか計画通りであれば、今頃はと二人並んで、もう少しは賑やかな道を歩いていたのだろうか。しかし現実とは斯くも厳しいものだったようだ。
一体何が間違っていたというのか。何が悪かったというのか。竜王か。竜王が悪いのか。ドラクエ世界だけでなく銀時の世界まで滅ぼそうと言うのか。上等だ叩っ斬ってやるよアレでも竜王って木刀でも倒せるのか?
などと考えているうちに、目的地へと辿り着いてしまった。当たり前だが、の家である。更に当然のことながら、目の前の呼び鈴を押せばが出てくる。はずだ。
ここでが留守にしていて実は他の男とデートしていた、などといった展開になった場合はどうすればいいのだろうか。もういっそ竜王が世界を滅ぼしてくれればよいものを。
勿論、家の前でいつまでもグダグダと考えていたところで、何が解決するはずもない。それどころか、不審者として通報されてもおかしくないレベルである。
仕方ない、と銀時は腹を括る。呼び鈴を押す指が震えていたのは気のせいだということにしたい。何かあればそれは絶対に竜王のせいであって、スク○ニに文句を言ってやろうと、明後日の方向へと責任を押し付けようとする。
が、銀時の意気込みとは対照的に、酷くあっさりと目の前の扉は開かれた。
 
「はーい―――って、銀ちゃん?」
「よォ」
 
突然の来訪に驚いたのだろう。不思議そうに目を瞬かせるは、恋人の欲目を抜きにしたところで可愛らしいと思う。
 
「どうしたの? 何かあった?」
「いや……竜王を倒しに?」
 
どんな言い訳だ、しかもなんで疑問系? と自分の口を銀時は呪いたくなった。もっとマシな言い訳がいくらでもあったろうに。何故そこで竜王なのか。いつまでドラクエを引っ張るつもりなのか。どうせ引っ張るなら1より5が良かった。
しかしはさほど疑問には思わなかったようだ。「銀ちゃんもドラクエやりたかった?」と呑気に笑っている。
この様子を見る限り、少なくとも嫌われてはいないようだと、の後について家の中へと上がり込みながら、銀時は安堵した。ついでに飽きられていないことも祈りたい。
居間へと入れば、戦闘シーンの音楽が流れている。緊迫感を感じさせるそれは、いかにもラスボス戦のものだ。今まさにゲームをしていたのかとテレビの画面へと視線を移せば、案の定そこには竜王のグラフィック。あまりにレトロな画に、懐かしさのあまり涙が出そうだ。
 
「あ、それ続きやってくれてていいよ?」
 
銀時の視線に気付いたのか、が笑いながら言う。「竜王を倒しに来た」という銀時の言い訳を素直に信じているのだろう。
大して興味も無かった、と言うよりも、の関心を引いた点についてはむしろ憎らしい程の存在だったが、いざ目の前にしてみるとなかなかどうして、の気持ちもわかってしまうような気さえするのだから、なるほど、伊達に名作と言われているわけではないらしい。
そんなわけでが台所へ行っている間、銀時の手は自然とゲーム機のコントローラーへと伸び、更に当たり前のようにコマンドを選択し、気付けばいきなりのラスボス戦に釘付けになっていた。

「―――俺、何やってんだ?」

我に返ったのは、ゲームがエンディングに入ってからである。つまり、しっかりとゲームを堪能してしまったわけである。恋人の家まで来ておいて。しかもその恋人を放置して。
これこそ竜王のせいだ責任とりやがれ、と焦るも、当のは「面白かった?」とにこにこ笑いながら茶を差し出してきた。

「あ…悪ィ…最後までやっちまって…」
「ううん。いいよ。まだ2と3もあるから、一人でクリアするの大変だなぁって思ってたの」
「まだあるのかよ!?」

思わず声を上げた銀時に、は驚いたように目をぱちくりさせる。驚かれる意味がわからないといった様子だが、銀時にしてみれば、これで終わりではないという事実に衝撃を隠せない。
「だって、これ」とが差し出したゲームソフトのパッケージには、確かに『ドラゴンクエスト1・2・3』と表示がある。そう言えばこんなソフトが発売するとCMがあったな、と納得する一方で、銀時は何やら絶望的な気分になる。つまり竜王だけではなく、ハーゴンやバラモスも敵に回っているらしい。
なにこのイジメ。確かにロトシリーズも名作だけど、俺としては天空シリーズがいいね。
などと胸中でぼやいてみても、勿論誰に聞き届けられるはずもない。
へと視線を移せば、何やら期待に満ちた眼差しを向けられている。その意味を正確に汲み取れたのは恋人同士だからだと、銀時は主張したい。誰でもわかるとか、そんなことはないと言い切りたい。
 
「あー……じゃ、このまま2を一緒にやるか?」
 
聞けば、は目を輝かせて頷く。
余程やりたかったらしい。銀時の心境としては複雑なことこの上ない。
かくて当初の目的も忘れたまま、ドラクエ大会がにわかに始まり―――
 
 
 
 
 
 

「無断外泊とか不潔アル。近寄らないでほしいネ」
「流石に二泊はどうかと思うんですが……」
「うるせー。が帰らせてくれなかったんだよ」
 
より正確に言えば、ハーゴンとバラモスを目の前にしたが、だが。
それくらいの見栄は張っても許されるだろうと一人頷いた銀時は、睡眠不足を解消すべく布団へと潜り込んだのだった。


<終>



正月まったく関係ないネタですみません。
すべて竜王が悪いんです。竜王が……

('12.01.06 up)