「あ……」
銀ちゃん、と呼びかけた声を飲み込む。
買い物を終えて店を出た瞬間。道の向こうに見つけたのは、よく知った人物。それから、隣を歩く知らない女。
挙げかけた手は、行き場もなく宙を彷徨う。
チクリと胸を刺す痛みに、あぁそういうことなのかと、溜息を一つ落とし。
何事もなかったかのように、は家路についた。
レプリカの恋
「銀ちゃんって、実はモテるよね」
「……はァ?」
机の上に広げたスナック菓子をつまみながら。
が何気なく口にした言葉に、言われた当人は「何を言ってるんだ、コイツ?」とでも言いたげに怪訝な顔をした。
その顔が面白かったのか、はころころと笑う。
「知らぬは本人ばかりなり、ってことだねぇ」
「イヤイヤ。ねーよ。それだけはねーよ。俺がモテるなら、とっくに彼女の一人や二人、いてもいいだろ!?」
大袈裟に嘆く様がまたおかしくて、は更に声をあげて笑う。
自分が如何にモテないか、などということを切々と訴える銀時の言葉を笑顔で流しながら、脳裏を過ぎるのは先日目にした、銀時と並んで歩く女性のこと。
綺麗な人だったなぁと、羨ましさを通り越して憧れの念さえ抱いて、は思い返す。
あの時に心を占めた感情は、その正体に気付いた瞬間に蓋をしてしまった。
この生温くも心地好い関係が壊れてしまうことが怖かった―――と言えば多少の格好はつくが、要するに、今の関係を変えてしまうのが怖かった、ということだ。
いつまでもこの関係が続くわけではないと、わかっていても。
それでも、形振り構わない程度には、失いたくないとも思っている。
結局のところ、度胸も意気地もないのだ。
「でも銀ちゃん、誰にでも優しいから」
「お前、それは誰のこと言ってんの? 俺じゃないよね?」
捻くれて、悪ぶって。貧乏くじを引いて。それでも人が好くて、信念を曲げない、真っ直ぐな人。本人がいくら否定したところで、そこに気付ける人は気付くし、好意をよせる人は多い。
だからまぁ、自分の出る幕などないのだろう。
ただ、銀時の隣に立つべき誰かが現れるまでは、この居場所にいたいと願う。
―――なんて、蓋をしたはずの感情が漏れ出しそうで、慌てては思考を止める。
それなのに目の前の男は、無遠慮に蓋をこじ開けようとしてくれるのだ。
「俺が優しいってのなら、そりゃお前にだけだよ」
「…………いくら優しくしてくれても、今日のお夕飯は作らないから」
しかも自覚がないのだからタチが悪い。
顔を覗き込まれて告げられる一言にいちいち跳ね上がる心臓を押さえつけ、冷静を装って切り返せば、案の定。返ってきた舌打ちに、ポーカーフェイスは成功したらしいとは安堵する。
どれだけ強固に鍵をかけたところで、たった一言で、感情の蓋は開いてしまう。なんて分の悪い勝負なんだろうと思わずにいられない。
それでも、会わない、という選択肢を選べないあたり、中途半端な自分が一番悪く、自業自得なのだろう。
自嘲は家でたっぷりしようと、は何気ないように立ち上がった。
「じゃ、明日は早いからもう帰るね」
「真面目なこった」
「それはまぁ、銀ちゃんみたいな24時間開店休業社会不適合者とは違って、私は真面目な社会人だから」
「ちょっ、おまっ、それはいくらなんでも酷くねェ!?」
憤慨する銀時を笑いながらさらりとかわし、はひらひらと手を振って万事屋を後にする。
いつもと同じやりとり。いつもと同じ光景。いつもと同じ二人。
普段どおり。いつもどおり。
一抹の寂しさを気のせいにして、夕闇下りる街を歩く。
そ知らぬフリをして『恋心』に背中を向けた彼女の一日は、今日もこうして幕を閉じるのだった。
「―――仮に俺がモテるとして、だ」
彼女は知らない。
静まり返った万事屋に、ポツリと漏れ出た呟きを。
「本命にモテなきゃ、何の意味もねェんだけどな」
彼女は知らない―――
<終>
曲名だけで妄想が暴走するとこうなるという見本。
この話と実際の曲は、あんまり関係ありません。
『レプリカの恋』、普通によい曲だと思います。両片思いの曲だって信じてる!
('12.03.11 up)
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