戯言×戯言



「土方さん。えっちぃこと、しませんか?」 
 
部屋の障子を開けるなりの、素っ頓狂なその台詞。
たまたま自室で煙草を吸っていた土方がむせたとしても、それは土方の責任ではない。
だが、当の台詞を言い放った張本人であるは、その土方の反応に顔をしかめた。
 
「駄目だ。土方さんの反応が、一番つまらない」
「……なんでテメーにそんな文句を言われなきゃなんねーんだよ」
 
咳がようやく治まった土方がを睨むものの、「だって」とは逆に文句を言いたげに口を尖らせた。
 
「山崎さんに言ったら、いきなり卒倒してくれたんですよ?」
「……しそうだな。確かに」
 
その手の話に免疫の少なそうな山崎のことである。
同じ真選組隊士であるとは言え、女、それも割と可愛い部類に入るであろうにそんなことを言われた日には、泡を吹いて倒れるに決まっている。
その様子がまざまざと脳裏に浮かんで、思わず土方は吹き出した。
しかし、の話はここでは終わらない。勝手に座り込んで、話を続ける。
 
「近藤さんに言ったら、大口開けられて、ついでに顎まで外してくれたんです」
「……あの人に余計な刺激与えてんじゃねーよ」
 
ストーカーと化してしまっているとはいえ、根は純情なのである。
から突然そんなことを言われてしまえば、それくらいは当然かもしれない。
医者は呼んだのか、と聞けば、隊士の一人が飛び出していったから大丈夫だろう、とは答える。
しかし、天下の真選組局長の顎を口先一つで外すなど、ある意味では普通でない肝の据わり方なのかもしれない。
そのくらいでなければ、女の身で真選組隊士など、務めていられないのかもしれないが。
そして、更にの話は続く。
 
「沖田さんに言ったら……」
「……総悟にまで言ったのか?」
 
おいおい、と思わず土方は呆れる。
サディストの沖田にそんなことを言った日には、どうなるか。
そんなことは、考えずともわかるのではないか。
だが、跳ねっ返りののことだ。わかっていて実行したに違いない。
 
「……胸揉まれました。驚いて、殴った挙句に斬りつけちゃって……ああっ! 剣置いてきちゃった!!」
「お前、総悟殴ったってなァ……」
 
相手は仮にも真選組隊長、どころか、真選組随一の使い手であるのだ。
呆れていいのか、いっそ感心すべきか。
悩みかけて、ふと土方は、それ以上に気に留めるべき発言をがしていたことに、ようやく気付いた。
 
「……胸を揉まれた、だと……?」
「え? あ、はい。
 まぁ、いきなり服剥かれるくらいは覚悟してたんで、一応は許容範囲でしたね。あははっ!」
 
呑気に笑うを見て、土方は確信する。
これは、肝が据わっているのではない。単なる能天気。物事を深く考えていないだけだ。
短くなった煙草を灰皿に押しつぶし、土方は深い溜息をつく。
そして次に、大きく息を吸い込み。
 
「あはは、じゃねェだろーがァ、オイィィィ!!!!」
「ぎゃんっ!!」
 
耳元でこれ以上無いほどの音量で怒鳴られ、思わずは悲鳴を上げて耳を塞ぐ。
が、土方は、ご丁寧にもその両手首を掴んで耳から引き離した。
耳を塞がれていては、これから説教する意味が無い。
 
「お前な、わかってんのか!?
 男共にそんなこと言って回って、襲われても文句言えねェんだぞ!!?」
「い、いやでもぉ、冗談ですしぃ……」
「冗談も講談もあるかっ!!
 禁止だ、禁止!! 二度と、んな馬鹿げたこと言って回んじゃねェぞ!!!?」
 
しかし、そこまで土方が言っても、は不服そうに口を尖らせている。
 
「……これから、万事屋さんの反応も見に行こうと思ったのに……」
「っ!!? アホかテメーはっ!!!?」
 
叫んでから、土方は頭を抱えた。
危険だと言ったそばから、これである。
男には性欲など無いとでも思っているのであろうか。
……いや、何も考えていないのだろう。
が考えているのは、いかに物事を楽しむか。これだけなのかもしれない。
だからこその能天気なのであろうが。
これは一度くらい、思い知らせてやった方がいい。
一瞬、ふと土方の脳裏に過ぎったもの―――それは、悪魔の囁きにも似た考え。
 
「……そんなに、その『えっちぃこと』とやらがしたいのか?」
「え? いや、あのその」
 
突然その雰囲気が変わった土方に、さすがのも何かを察知したのか、座ったまま後ずさる。
だが、「じゃ、じゃあ、私はこれで」と立ち上がりかけたの腕を土方は素早く掴み、その身体を引き寄せた。
 
「なら、期待には応えてやらねーとなァ?」
 
口の端を上げ、の身体を押し倒せば、にも現状がようやく理解できたらしい。
一瞬にして顔から血の気が引くものの、時すでに遅し。
獲物を射竦めるかのような土方の視線に、は身体を強張らせる。
しかし、頭の隅で、やっぱりこの人副長なんだなぁ、などと呑気に考えていたりもしたのだが。
つまり、そう考えるだけの余裕が多少はあったということだ。
慌てては、自分の置かれている状況から逃れようと、土方を止めにかかった。
 
「いやでも! 愛の無いえっちはしたくないですよっ!!」
 
もがいてみたところで、両手足はあっという間に押さえつけられ、動かしようもなく。唯一動かすことができるのは、口のみ。
必死になって説得とも言えない説得を試みるの言葉に、土方の表情が少し変わる。
と言っても、何故か不機嫌そうに、眉間の皺が一本増えただけなのだが。
 
「……愛ならあるだろ」
「え?」
 
表情そのままの不機嫌さで、土方がぽつりと呟く。を見つめたまま。
 
「お望みなら、お前の分まで愛してやるよ」
「……クサっ! 土方さん、今の、ものっすごいクサいですよっ!!」
 
一瞬の沈黙の後、目を瞬かせていたは、その土方の台詞に吹き出した。
自分が置かれている状況も忘れたかのように、けらけらと笑い出す。
しかし、大笑いされて嬉しいはずもない。
土方の眉間に、またもや皺が一本増えることとなった。
 
「うるせェ!! 元はと言えば、テメーが妙なこと言い出すのが悪りィんだろーが!!」
「だって、愛は必要ですよ!!」
 
とうとう叫びだした土方に、も負けじと言い返す。
いつの間にか普段の空気に戻りつつあることに、安堵しながら。
非日常であるこの状態から脱しつつあることに、胸を撫で下ろしながら。
だが。
 
「だからあるっつってんだろ!!」
「だからどこに―――っ!!?」
 
そんなを嘲笑うかのように。
土方は再び、を非日常へと引き摺り下ろした。いつもと変わらぬ応酬を始めかけたの口を、その口でもって塞ぐことで。
突然のことに、が呆然とされるがままになっているのをいいことに、土方は更に口吻けを深める。
容易く侵入を許したその口内を、殊更にゆっくりと舐め上げれば、ようやく我に返ったのかが身を捩る。
しかし、素直に逃がしてやるつもりはない。を押さえつける腕に、更に力を込めた。
その間にも、口吻けを止めることはない。
舌を絡めとり、唾液を流し込み、口内を思うがままに蹂躙する。
口吻けの合間に苦しげに酸素を求める息が、やがて甘い吐息へと変わり。
始めは身を捩って逃れようとしていたの身体から、いつしか力が抜けていた。
それを確認し、ようやく土方は唇を解放する。
 
―――ここにあるんだよ」
「ひじかた、さ―――
 
軽い酸欠状態になっているのか、は大きく息をつき、どこかぼんやりとした瞳を土方に向ける。
頬を上気させ、名前を呼ばれ。
それだけでも十分に煽られた土方は、の言葉を封じるかのように、再びその唇に口吻けた―――
 
 
 
 *  *  *
 
 
 
―――テメーなァ……」
 
見下ろす先には、の身体。
その身に浮かぶ玉の汗は、たった今までの情事の激しさを物語る。
中途半端に脱がしただけの隊服の黒と、裸体の白、そしてその身に付けた痕の紅。
鮮やかなコントラストに、事を終えたばかりだというのにも関わらず、目眩を覚えるほどの情欲をそそられる。
だが、土方は辛うじて残る理性でもってそれを抑えた。
本能に負けてしまう前に、に言うべきことがあるのだ。
 
「初めてなら初めてだと、ヤっちまう前に言えよ!!!」
 
ここまで来てしまうと、呆れを通り越して、むしろ土方の方が泣きたくなってしまう。
の太腿に残る、赤の残滓。土方が残した赤痕とは明らかに違う、それは処女であったことの証。
最悪にも近い形での処女を奪ってしまったことに対する後悔に土方が襲われているというのに、しかし当の本人であるはずのは、何故自分が怒られるのかわからないといったように、きょとんとしていた。

「言う暇無かったじゃないですか」
「…………悪かったよ」
 
あっさりとしたの言葉から、どうやら怒ってはいないらしいことが窺える。
だからと言って、後悔が消えてしまうわけでもなかったが。
仮に、初めてなのだとが言ったとして。
それで素直に引くことができたかと言えば、土方には大いに疑問だったからだ。
初めてだったこともあったのだろう。施す愛撫に過敏なまでに反応するの身体は、溺れるには十分すぎるほどで。
だからこそ余計に、土方は悩んでいるのだ。
そんな土方の苦悩を感じたのか。
逆にの方が、呆れたような、それでも慰めるような、そんな言葉を口にした。
  
「気にしないでくださいよ。どうせ誰だって、いつかは処女喪失するんですし」
「……どうしてそうお気楽なんだ……テメーのことだろーが……」
 
の言葉に、土方は脱力する。
だが、いつまでもの半裸体を組み敷いたままの体勢でいるのは、精神衛生上、非常に悪い。
あらゆる思いをこめた溜息をつきながら土方が身を起こすと、つられるようにも身を起こした。
 
「辛気臭いですね。土方さん、深刻に考えすぎですよ」
「普通は考えるだろーがァァ!!!」
 
考えないはずがない。絶対。
土方はそう言いきりたいところだが、しかし、本来であればもっと深刻に捉えるべきであろうは、さっさと服を着込み始めていた。
その姿に、土方は情けなさすら覚えてくる。
つい先程まで起きていた事は、にとっては取るに足らない出来事でしかなかったのか。
肩を掴んで揺さぶり、問い質したい衝動に駆られたが、しかしそれでは、ますます情けない状況に陥りそうだ。
再び土方がついた溜息が気になるかのように、はちらりと視線をそちらに向ける。
 
「……別にいいんです。相手が土方さんだったんですから」
 
すぐに視線を戻し、がぽつりと呟いた言葉。
に全神経を集中させているといっても過言ではない今の土方が、それを聞き逃すはずもなく。
その言葉に、土方はますます不機嫌になった。
 
「お前な……今度は、知ってる相手なら誰でも良かったとでも、言い出す気か?」
「そうじゃなくて! もうっ!!」
 
焦れたように声を出すと、は立ち上がった。
すでに着衣に乱れは無く、情事の残り香を感じることはない―――上気した頬を除いては。
 
「私だって、女なんですよ! 好きでもない人と、本気でえっちしたりしません!!」
 
半ば怒ったように土方に向かって叫ぶと、はそのままぷいとそっぽを向いて部屋を出て行ってしまった。
後に残されたのは、当然ながら、土方一人。
その土方は、から叩きつけられた言葉の意味を、受け入れ、理解するのに手間取っていた。
そして。
 
―――っ!! テメー今のどういう意味だコラァァァ!!!」
 
慌てて服を整え。
導き出した結論に間違いが無いことを確かめるため、土方もまた、部屋を飛び出した。



<終>



後半、最初は書くつもりなかったんですけどね。
って言うか、これはエロではなくとも、微エロくらいにはなるのでしょうか。それとも微々エロ程度かな……基準がよくわからんです。