ボーナス☆ステージ



「え〜? マジですか。マジでダメなんですか。え〜? ―――ハイ。わかりました。多分。―――はぁい」
 
夜も更け、静まり返った倉庫街。
倉庫と倉庫の間、その更に奥まった暗がりに響くのは、声量を抑えてはあるものの場違いに明るい声。
手にした携帯の通話を切り、女は同じように暗がりに佇む男に向かって声をかけた。
 
「あと30分くらいで到着するそうです。それまで待機だって。絶対に動くなって」
「マジでか」
 
得物もねェしなー、と頭をかきつつのんびり構えている男の横をするりと抜け、女は倉庫の陰からそっと外を覗き見る。
月明かりと、数えるほどの街灯。その程度の光源しかないこの場所では、視界の及ぶ範囲はさして広くはない。
それでも人影程度は判別がつく―――そしていくつか見える人影のそのほとんどが帯刀しているということも。
廃刀令が布かれ、平和ボケしたこの世の中、帯刀している人種など考えるまでもなく限定されてしまう。
 
「ついでに仕事サボったこともバレてました。帰ったらお説教コースです」
「げ」
「責任は沖田さんがまとめてかぶってくれるということでここは一つ」
「じゃねーよ。サボりに付き合った時点で、だって同罪でさァ」
「ぃたっ!」
 
軽く頭を叩かれ、女―――は顔を顰める。
十分に手加減されていたとは言え頭を叩かれたことと、結局は説教を回避できそうにないことに、溜息が漏れた。
どうしてこんな目に遭っているのか。
沖田にサボりを提案された。それに嬉々として乗ったのは確かにだ。私服で街をぶらぶらしていたら、如何にも怪しい風体の男を発見。団子を食べながらも何気なく後をつけてみたならば案の定。しかし攘夷浪士の集団と見られる男たちはそれなりの人数がいるらしい。しかも相手は帯刀、こちらは丸腰。応援を呼んだところで、到着までに30分。
なにやら色々とついていない。
 
「アレ、武器の密売ですかね」
「さぁねィ。ま、連中がそろそろ引き上げそうってのは確実でさァ」
 
言われるままに視線を外へと戻せば、確かに、倉庫の中から何やら大きな箱を運び出している最中のようだ。
中身が武器なのか薬なのか、はたまたまったく別の何かなのか。この位置からではわからない。それでもこんな夜更けに人目を忍んでこそこそしている取引など、真っ当なものでないことだけは確かだ。
それにしても、夜中の倉庫街だなどとは、ベタすぎる。もっと趣の異なる取引場所とか考えつかないのだろうかと、どうでもいいことをはついつい考えてしまう。
考えついでに、もう一つ。
 
「副長たちの応援が間に合わないのも確実そうですよ」
「役に立たねーな死ね土方」
 
舌打ちして悪態をつく沖田を他所に、は現状を整理する。
敵は武装した攘夷浪士。人数は不明だが、両手で足りない人数がいることだけは確かだ。対してこちらは丸腰の男女二人。応援が到着するまで30分。それより早く攘夷浪士の一団がこの場から撤収するのは必至。それでいて目標は攘夷浪士の殲滅。
これなんて無理ゲー?
半ば冗談のように苦笑するものの、ふと思いついて視線を沖田へと向ける。
すると、同じようにこちらへと向けられていた視線。以心伝心。真剣なような面白がるような、そんな感情をその目に読み取り、は思わず笑い出したくなった。
 
「RPGなら、経験値ガンガンに上がりそうですね」
「スライム倒しても、所詮は経験値1だぜィ?」
「ひのきの棒すら装備してないんですけどね、私たち」
 
それでも、レベルが高ければスライムでも素手で十分。だが自分のレベルは一体いくつなのだろうか。
どうでもいいことを考えかけ、すぐに思考を放棄する。
考えるだけ無駄なのだ。
いくら無理ゲーであっても、不可能ではない。
 
「ま、武器なんてあの人たちからちょっと借りればいいだけですしね」
「そういうことでさァ」
 
目の前には、不敵な笑みを浮かべる沖田。
そもそも無理ゲーとすら思っていないのだろうと、はどこか拍子抜けする。同時に肩の力が抜けるのがわかる。どうやら無意識に緊張していたらしい。
 
「命令無視の責任も、沖田さんがまとめてかぶってくれるんですよね?」
「連帯責任って言葉をあげまさァ」
「部下の不始末は上司の責任ですよぉ」
「ああ。なら土方さんの責任ってことで」
「それ採用!」
 
状況が状況でなければ、きゃはっと手を叩いて笑い出しそうなに、沖田も笑みを返す。
そもそも、沖田は黙って大人しく待機しているような性格ではないのだ。そしてそれはにも言えることだ。
格好の玩具を見つけたかのように目を輝かせる子供二人が、大人しく待ってなどいられるものか。
 
「んじゃ、倒した浪士が少ない方が、今度メシを奢るってコトで」
「ぅえぇぇえ!? ちょっ、沖田さんズルイ!!」
 
言うや走り出した沖田の後を、は慌てて追いかける。
浪士殲滅など、もはや些細な問題でしかない。
沖田に勝つことの方が、にとっては余程無理ゲーだとしか思えなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
数時間後。
 
「―――テメェら、俺の話を聞いてたのか?」
「俺は聞いてませんぜィ」
「聞いてましたけど、部下の不始末は上司の不始末だって話も聞きました。沖田さんから」
「それ、言い出したのはの方ですぜィ」
「そうでしたっけ? でも土方さんに責任押し付けようって言ったのは沖田さんですよ」
「テメェらの言いたいことはよくわかった」
 
とっくに日付も変わり、あと少しで夜が明けようとしているこの時刻。
説教コースを免れることの叶わなかった二人は、並んで正座させられ、せめて責任逃れをしようとする。
が、勿論、それが土方に通じるはずもなく。
報告書に加え顛末書と始末書の作成を無慈悲にも言い渡され、げんなりとした表情を隠しもしない。沖田にしろにしろ、デスクワークは苦手なのだ。
しかし、そもそもげんなりしたいのは土方の方である。現場に到着してまず目に入った惨状を思い返せば、それだけで頭痛の種になる。
 
「大体だな。素手の人間が、どうやったら倉庫2棟全壊、数棟一部損壊なんて真似をやらかせるんだ!?」
「その場のノリってヤツでさァ」
「勢いって怖いですよね」
 
おかげで攘夷浪士を無事に殲滅できたじゃないですか、というの言葉はあっさりと無視された。
土方さんがノロマなのが悪いんですぜィ、という沖田の言葉も、青筋を浮かべつつ無視された。
副長って肩書きは中間管理職って感じで大変ですね、という言葉は流石のも飲み込んだ。それを言ってしまえば、確実に始末書の枚数を増やされてしまう。口は災いの元、という諺くらいだって知っているのだ。
しかし代わりに口から出てしまった言葉がある。土方のせいで思い出したと言うべきか。は沖田へと顔を向ける。
 
「ところで、倒した人数は私の方が多かったですよね?」
「バカ言ってんじゃねェよ。俺の方が絶対に多いでさァ」
「倉庫の屋根に潰されたヤツはたくさんいましたよ!」
「中で俺が何人斬ったと思ってるんでィ。ってかアレ、俺ごと潰そうとしてたんだろィ」
「沖田さんなら大丈夫だって信じてました」
「棒読みで言われても信憑性に欠けてらァ」
「でももう数えられないですよ。勝負は次回に持越しってことでいいんじゃないですか?」
「あァ。じゃあ次は―――」
「テメェらは俺の話を聞けェェェ!!!」
 
しまった、と思った時にはすでに遅い。
確実に始末書増量コースを歩んでいる現実を恨みつつ、それでも土方の説教は右から左へと聞き流し、反省などまったくしていない。
結局のところ、楽しいことはやめられないのだ。
ねぇ? と同意を求めるように視線だけをちらりと隣へと流せば、やはり以心伝心、沖田もまた視線だけをこちらへと向けていた。その目に面白がるような色を乗せて。



<終>



オワタPの「ボーナスステージ」聞いてたら、多勢に無勢の状況でも楽しげに暴れまわる沖田さんの図が脳裏を過ぎりまして。
暴れまわってる姿は書いてませんが。
多勢に対して丸腰の無勢であろうとも、きっと何とかしてしまうのが沖田さんだって私信じてる!

('12.07.01 up)