彼女は問う。 
 
「報われない片思いって、何の意味があるんですか?」

彼は答える。
 
「そりゃ、アレだ。テメーの悲劇性に酔いたいナルシストってだけだろ」

彼女は否定する。
 
「私、ナルシストなんかじゃないです」
 
彼は苦笑する。
 
「ま、俺も違うけどさ」
 
 
 
 
片恋ごっこ



 
人間、誰だって傷つくのは嫌だろう。
だから、逃げ場所があるのならば、傷つく前に逃げてしまう。
そこが自分に都合良く、居心地の良い場所ならば尚更だ。
 
けれども、逃げてばかりでは前に進むこともできない。
ならばどうすべきか。
前に進む強い意志?
そんなものが持てるなら、最初から逃げたりしない。
 
答えは簡単。

逃げ場所を壊してしまえばいい。
そうしたら、嫌でも前へ進まなければならなくなるのだから。
 
だからこその問いかけだった。
けれどもそれは、そのまま自分へも跳ね返ってくるのだと言うことに、は後になってから気付いた。
そして、それをわかった上で返答してきたのであろう銀時が、憎らしくてたまらない。それが八つ当たりだとは、わかってはいたが。
 
「なんか……ヘコむんですけど」
「おー、ヘコめヘコめ」
 
俺が慰めてやっから。そう言ってニヤリと笑うその表情がわざとらしい。
けれども、くしゃりとの頭を撫でるその手つきは、意地の悪い表情とは裏腹にどこまでも優しい。
ともすれば、その優しさに寄りかかってしまいたくなる。
「甘やかさないでください」と口にしたものの、その心地好さを拒絶できずにされるがままの自分にも気付いている。
 
「俺が甘やかしたいんだから、大人しく甘やかされてればいいんだよ」
「ヘコませた張本人が何を言いますか」
「一応、下心もあるんだけどな」
 
そんなことは、言われなくてもわかっている。
好きだ、と。簡潔に一言で告白されたのはいつだったか。その告白に対して、好きな人がいるから、とはっきり断ったのは確かだ。
ならばこの関係は、なんと表現するのだろう。友人とは違う。もちろん恋人ではない。
この場所が心地好いものだから、曖昧な距離感のまま。自分の都合で逃げ場所にして甘やかされているというのに、銀時は嫌な顔一つせずに、これでもかと甘やかしてくるのだ。
その想いに応える気がないのなら、この関係は終わらせるべきだ。そう考え、何度この逃げ場所を壊そうとしただろうか。その度に失敗して、結局は逃げ込んでしまう、その繰り返し。
きっと自分は、とんでもないロクデナシなんだろう。そんな自分に、この人は勿体無い。
 
「……どうして、私のことなんか好きになったんですか」
「どうしてだろうな?」
 
冗談めかそうとして、軽く失敗したかのような。
そんな感じの声音に聞こえたことには気づかない振りをして、は顔を俯けたまま上げようとしなかった。
もし。仮に。銀時のことを恋愛感情の意味で好きになることができたのならば、先に待っているのは、小説のような出来すぎたハッピーエンドなのだろうか。
けれども、それはあくまで「もしも」の話でしかない。たとえそんな未来が待っているのだとして、それでもが好きなのは別の男なのだ。片思いだけれども。
それを知った上で、の隣に居座る銀時。それを撥ね退けることのできない
堂々巡りの片思い。中途半端で曖昧にも程がある二人の関係。
そして今日もまた、そんな関係を壊すことができないまま。
 
生温くも心地好い逃げ場所へ、は身を委ねたのだった。



<終>



銀さんはもちろん、下心ありです。
ヒロインが根負けして自分のところに落ちてくるのを待ってます。
でも無理強いはしないのが銀さんの優しさです。

正直、頭撫でてもらいたかっただけです。

('12.07.25 up)