まるで宝石のようだと場違いにも思った。
対峙する敵を射抜くようなその瞳。
戦闘中にも関わらず、こちらこそが射抜かれたような錯覚を覚えてしまった。
凛と輝く、紅いその瞳に。
Whose eye is this Anyway?
二度目に彼女を見かけた時には、神威の隣にいた。
伏し目がちにしていたが、ちらりと見えた紅い瞳が、以前に見かけた彼女と同一人物であることを物語っていた。
戦闘中に浮かんでいた輝きは失せ、どこかぼんやりとした焦点の合っていないかのような瞳。
神威と共にいたということは、彼女も夜兎族なのだろう。
落ち着いた状況で見れば、透き通るような肌は隣にいる神威と比べても更に白く、肩にかけているマントが重そうに見えるほどに華奢な体つきだ。
しかしそんな彼女が決して見かけ通りというわけではなく、ひとたび戦闘となれば、他の夜兎族と遜色ないほどに戦えることを高杉はすでに知っている。
とは言え、彼女のような紅い瞳は他では見ない。だからそれは夜兎族の特徴というわけでもないだろう。
「ああ。のは特別製なんだよ」
何気なく神威に聞いたところ、そんな答えが返された。答えとも言えない答えだったが。
だから気をつけた方がいいよ、とも付け加えられたが、一体何をどう気をつけろと言うつもりなのか。
意味がわからないまま、またもや彼女を見かける羽目になった。
三度目の今、彼女―――は寝ていた。椅子に腰掛けたまま。それだけならばまだしも、右手にスプーンを持ったまま。左手には、蓋の開けられたカップデザート。中身はゼリーのようで、半分以上食べているようだが、それでもまだ残ってはいる。
「……ガキかよ」
食べている最中に寝るなど、高杉には信じられない。幼い子供ならばありえるのかもしれないが。
間の抜けた寝顔に、これは本当にあの時の彼女と同一人物なのかと、疑問に思わずにいられない。
もしかしたら、最初に見たものこそが気のせいだったのではないだろうか。もしくは、よく似た別人か。
そう思えるほど、戦闘中の彼女と目の前の女とは、印象がかけ離れていた。
さて、これはこのまま何も見なかった事にしてこの場を離れた方が良いのだろうか。
少なくとも自身の精神衛生上はその方が良いような気がして、高杉はその場を離れかけようとする。
しかしその瞬間、の左手からカップが落ちかけているのが目に入り、咄嗟にそれを手にとってしまった。
「―――んっ」
人の気配を感じてか、鼻にかかった甘い吐息がの口から漏れる。
同時に、ゆっくりと開かれる瞼。その下から現れたのは、紅い瞳。
まるでそれ自身が一つの生き物であるかのように、その存在を主張してやまない。きらりと、獰猛な光がその瞳に宿る。
その紅い瞳に囚われたかのように、高杉は動けなくなった。
「…………ん? えっと、タカスギ、シンスケ?」
「……疑問系かよ」
射るような瞳とは裏腹に、こちらの気の抜けるような間延びした声。
次の瞬間には獰猛な光は消え、焦点の合わないぼんやりとした瞳になっていた。間の抜けた声には、こちらの瞳の方が似つかわしい。
しかしその瞳もすぐに伏せられ、さらりと落ちた前髪の陰になって、見えなくなってしまう。
「……おやつ」
「あァ、コレか? 寝ながら食ってんじゃねーよ。落としかけてたぞ」
「あ、うん。ありがと」
手渡してやれば、礼は述べるものの、やはり視線を上げようとはしない。
普段ならば、失礼な奴だと思いはしても、それで終いのはずだった。
けれども今だけは、どうしてもの視線を上げさせたかった。
それは礼がどうのというわけではない。ただ単に見たかっただけだ。人を魅了してやまない、その紅い瞳を。
「礼を言う時くらい、相手と目を合わせたらどうなんだよ」
「ん……見ても気持ち悪いだけだよ。血の色した目なんか」
やはり視線を上げないまま、はゼリーを掬ったスプーンをぱくりと銜える。
淡々とした言葉には悲壮感など微塵も感じられない。それでもがそれを散々言われ、そんな目で見られてきたのであろうことは察せられた。だからこそ、常に目を伏せて、他人に見られないようにしているのだろう。本能的に体が動くのであろう戦闘中を除いて。
血の色。確かに、赤い色から連想されるのは『血』であることが多いのかもしれない。
「結構なことじゃねーか。血の色なんて、生きてる証拠だろーが」
「……え?」
まさかそう返されるとは思ってもいなかったのだろう。
思わずといったように、が顔を上げる。
見開かれた目には、血のように真っ赤な瞳。焦点の合っていないような瞳が、それでも高杉を映している。射抜くような光とは逆に、まるで吸い込まれてしまうような錯覚を高杉は覚えた。
射抜いたり吸い込んだり、忙しない瞳だ。
だがどちらにせよ、魅入られるという事実に変わりはない。
「キレイなモンだ。血の色ってより、紅玉だな」
「………………初めて、言われた」
目を瞬かせ、抑揚のない声でが言う。
驚いているのか、やたらと瞬きを繰り返す様は、ぼんやりとした表情とあどけない顔立ちが相俟って、どこか小動物じみて見える。
夜兎族だけに、ウサギに例えるべきだろうか。白い肌に赤い目は、まさにそれだろう。
その瞳の紅が、不意に深くなった。
しかしそれを確かめる間もなくが目を伏せて立ち上がったから、もしかしたら気のせいだったのかもしれない。
「……あげる」
「は? おい!?」
半ば無理矢理ゼリーを高杉に押し付けると、はパタパタと駆けていってしまった。
後に残された高杉は、手の中のゼリーを持て余して、一体これをどうすべきなのかと悩む。
あげる、と言われたのだから貰うしかないのだろう。ゼリーなど食べる柄ではないが、かと言って捨てるのも悪い気がする。となれば、結局食べるしか選択肢はないのだろう。
よくわからない女だ、というのが高杉のに対する本音だ。
ただ一つ。
の両の瞳。紅い紅い、紅玉のように美しい瞳。その宝石が持つ危うさ。
「気をつけた方がいい」との神威の言葉の意味だけは、わかるような気がした。
* *
「高杉晋助、だっけ? 変わってるね」
「そうかい?」
「うん。私の目が、キレイだって」
「……ふぅん」
神威の隣を歩きながら淡々と告げるだったが、いつものように瞳を伏せてはいても、その口元は緩く弧を描いている。
普段はぼんやりとして表情もあまり動かないだから、それだけでその機嫌を知るには十分だった。
高杉は、この紅い瞳の『特別製』の意味をわかっているのだろうか。
「ま、どっちでもいいけどね」
「ん? どうかした?」
ちらりとが神威へと目を向ける。
普段は伏せられる紅い瞳に、神威の姿が映る。
深いその紅色を向けられた相手は、それを嫌悪するか魅入るかのどちらかだ。
どうやら高杉は後者だったらしい。
神威はどちらでもない。そんな事よりも重要なのは彼女自身が強いかどうかであり、だからこそも、真っ当に相手をしてくれる数少ない存在として神威に懐いている。
少なくとも、今は。
「いや。アレは俺の楽しみだから、間違って殺したりするなよ?」
「あー、うん。結構強そうだったもんね」
納得したように頷いて、がにこりと笑う。
これは相当に機嫌が良いらしい。どうやらまでも、高杉のことを気に入ってしまったようだ。
その瞳の紅が深まり、見慣れている神威ですら一瞬ドキリとさせられる。
深い紅色は、戦闘中にが見せるもの。とすればこの感情の揺れは、闘争本能ゆえか、それとも他の理由があるのか。
煌めく紅い瞳は『特別製』。
囚われたが最後、紅い紅い深みへと引きずり込まれるだけ―――
<終>
東方ヴォーカルアレンジ「Whose Eye Is This Anyway?」より。
原曲がうどんげのテーマなので、うさみみ→うさぎ→夜兎族! との単純すぎる連想から、こうなりました。
私の脳内には、このヒロインにうどんげのコスプレさせて(*゚∀゚)=3ハァハァしてる武市変態がいます(笑) そしてその隣でさりげなく写メってる万斉様。
なんだこの愉快な鬼兵隊。
('12.10.21 up)
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