happy protocol



カラン、と店の入り口に備え付けられたベルが鳴る。
今時、自動ドアでない店なんて……という声もないではないが、それでもはこの音が好きだった。
来客を告げてくれる、耳に心地好い音。自動ドアは便利だけれども、味気ないではないか。
小さな店は小さな店なりに、雰囲気というものが大切なのだ。
お客さまを迎えようと、はガラスケースの陰から身を起こす。
 
「いらっしゃいませー……あ。銀さん、いらっしゃい!」
「おー」
 
店内に入ってきた常連客に、の顔に、作り物とは違う笑顔が自然と浮かぶ。
勿論、普段とて不自然な笑顔を客に向けているつもりはない。それでも、営業スマイルは結局のところ作り物でしかないのだ。
 
「あー、やっぱ少ねェな、この時間になると」
「なまものだと、余分に作っておけないですからね」
 
言葉を交わしながら何気なく外へと目を向ければ、陽の落ちた外はすでに薄暗くなり、街灯が点いている。
すっかり日が短くなったなぁ、と呑気に考えている傍で、ガラスケースの中のケーキを真剣に見つめている男が一人。
あまりにも真剣な表情をするものだから、ついつい笑いだしたくなってしまう。おそらく今日も買うのはケーキ一つ。いつもそうなのだ。
いつだったか、それほど悩むならば2,3個買ったらどうかと言ったことがある。営業目的というよりは、思わず口に出して言ってしまうほど、ガラスケースの前で延々と悩んでいたからなのだが。
しかし対する返事はたった一言「金がない」だった。
お金が無いならば、そもそもケーキを買うのを諦めたらいいのに、とは思う。
それでも頻繁にやってきては、ガラスケースの前で散々に迷った挙句、一つだけケーキを購入していく。
あまりにも印象に残る客だから、アルバイトのでさえ顔と名前を覚えてしまった。ちなみに名前は、ポイントカードに押したスタンプが溜まった際、割引券と引き換えたポイントカードに書かれたものを見て初めて知ったのだ。それまでは名前すら知らずに会話をしていたことになるのだから、ちょっとした笑い話だ。
 
「でも、私のオススメは残ってますよ?」
「ふーん。どれ?」
「内緒です」
 
笑いながら、はいつものように一番小さな箱を用意する。
不服そうな顔をしながら、それでも銀時はガラスケースの中身を真剣に見つめている。
がオススメを教えないのは、単なる意地悪でも気紛れでもない。
ただ、自分が好きなケーキを銀時が知らずに選んでくれた時、好みが同じなのだとなんだか嬉しくなるのだ。ただそれだけの、小さな自己満足。
にこにこしながらが見守る中、銀時がようやく選んだのは、フルーツタルトだった。たっぷりのフルーツと生クリームが飾り付けられたタルトは、のオススメとは違ったものの、それでも美味しいことに違いない。
今日は違ったか、と心の中で少しだけ落胆しながらも、表面にはそれを出さずに手をテキパキと動かす。
箱の中に注文のあったタルトを入れ、一緒に保冷剤を入れる。そして。
 
「これはおまけです」
「は?」
「今日、お誕生日ですよね? おめでとうございます」

追加で入れたのは、何の変哲もないショートケーキ。真っ白な生クリームの上には、良く映える真っ赤なイチゴと、『おたんじょうびおめでとう』とチョコペンで書かれたチョコプレートが並んでいる。
何気ない風を装っているつもりだが、成功しているだろうか。
一応、色々と言い訳は用意している。誕生日を知っているのはポイントカードに記入されていたからで、常連さんだからおまけしてあげるだけです、深い意味はないんです、と。
勿論、そんなものは建前でしかない。
ただ単純に、片思いの相手の誕生日を祝いたかっただけなのだ。しかし、流石にそんなことが口にできるはずもない。
ケーキ屋のバイト店員と常連客、という関係以外の何物でもないのだし、そんなささやかな関係すら失ってしまうようなことはしたくない。臆病だと言われてもいい。それでもは今のままで十分だった。
だから、何気なく渡して、何気なく受け取ってもらって。それで自己満足してお終い、のつもりだったのだ。そもそも、誕生日の今日、銀時が店に来るとは限らなかったのだから、来てくれただけでもには幸運なことだ。
それなのに、いきなり銀時が頭を抱えてその場に蹲るものだから、想定外の出来事には慌ててしまう。
 
「え、銀さん? え、ど、どうしたんですか!?」
「イヤ……不意打ちはねーだろ、不意打ちは……」
 
答えになっていない答えに、は目を瞬かせる。
確かに、ケーキのおまけはサプライズのつもりであったし、不意打ちと言われればそうなのだろう。
しかし、だからと言って蹲られる原因になるとはあまり思えない。
それとも、何か気に障ることでもあったのだろうか。そう考えてしまうと途端に不安になってきてしまう。
ガラスケースの上から少しばかり身を乗り出して銀時の様子を窺っていたは、恐る恐る声をかけた。
 
「え、あ、その、あのっ、め、迷惑、でしたか…?」
「迷惑じゃねーけどさ……」
 
迷惑じゃねーよ、と繰り返し、銀時が立ち上がる。
その顔は心なしか赤くなっているのだが、すでにいっぱいいっぱいになっているがそれに気付く事はない。
頭を掻きながら「あー」だの「うー」だの呻いて視線を彷徨わせていた銀時だったが、やがて覚悟を決めたように顔を前へと向けた。
前へ、それはつまり、へと真っ直ぐ目を向けられたということで、その視線にどぎまぎとしてしまうの頬は熱くなる一方だ。

「それってつまり、俺の誕生日祝ってくれるってこと?」
「は、はい!」
ちゃんが?」
「はいっ! ……あっ」
 
気付いた時には既に遅い。
ついうっかり、しかもかなり元気よく返事をしてしまってから、自分の返事の意味に気付いたの顔は、更に赤くなる。これでは、用意していた「常連さんへのおまけ」などという言い訳が通用しないではないか。
そんなのことを銀時は意地悪くにやにやと見ているものだから、ますますもって穴があったら入り込みたい心境だ。
だが当然ながら、この場に穴などあるはずもない。
片思いに気付かれてしまったろうか。どんな反応が返ってくるのだろうか。怖いのに逃げることもできず、そもそもどうして良いのかもわからず、は俯いてしまう。それで物事が解決するわけではないとわかっていても、思考は「どうしよう」の一言で塗り固められてしまって、それ以上何も考える事ができない。

―――今日、仕事何時まで?」
「はいっ!? ごめんなさいっ!!」
「イヤ、仕事何時に終わるのか聞いただけなんだけど……」

思ってもみなかったことを突然聞かれ、思わずは顔を上げて咄嗟に謝罪の言葉を口に出していた。正直、自身も何を謝っているのかさっぱりわかっていない。人間、混乱すると何を口走るかよくわからなくなるものなのか。
銀時に苦笑され、は頬が火照ったように熱くなるのを感じた。先程から赤くなりっぱなしで、そのうち卒倒するんじゃないかと心配にすらなってくる。
それはともかく、何故いきなりそんな事を聞かれるのかと疑問に思いながらも、思考が愚鈍になっている頭では考えることもできない。素直に壁にかけられた時計を確認して「あと一時間くらいです」とは答えた。

「あー……じゃあ、仕事終わるまで外で待ってるわ」
「え?」
「祝ってくれるんだろ、俺の誕生日」

そこまで言われて、ようやく銀時の意図がにも伝わった。
つまり、の仕事が終わるまで銀時が待っていてくれると。その後、一緒に誕生日を祝おうと。
一緒に。
いいのだろうか、と思うものの、嬉しさがそれを上回る。銀時の誕生日を一緒に祝わせてもらえるのだ。密かにサプライズのケーキを用意していた時よりもこれは、嬉しい。
戸惑いも恥ずかしさも。それらを押しのける程に、嬉しさが胸の内に込み上げてくる。
頬の熱は未だに引かないけれども。その熱さが、これは現実なのだと教えてくれているようで。
自然と零れ落ちた今日一番の笑顔で、は頷いたのだった。



<終>



で、余裕ぶって店の外に出た銀さんが、「ちょっ、何アレ可愛いんだけど!? って言うかこれ夢じゃねーよな!? 夢じゃねェと言ってくれ!!」とか何とか、その辺の壁にガンガン頭打ちつけまくってたら良いと思うのです。
そして一時間後、店から出てきたヒロインが「え? 銀さん、頭から血が出てるよ!」「大丈夫だ、問題無い(キリッ)」みたいな感じで(笑)
余裕ぶっても、本当はまったく余裕なんてない銀さんが好きです。

('13.10.08 up)