真実の進路希望
ああもう。まったく。
せっかくのお昼休みだと言うのに、呼び出し食らって丸つぶれ。
これはもう、その原因であろう人物に文句を言わなきゃ気が済まない。
でも、お昼休みも残りわずか。
探してる暇なんて無いか。じゃあ放課後にでも……なんて思ってたら。
あっさりと発見できてしまった。
学校の中庭。そのベンチの上。
日なたになっているその背もたれのないベンチの上で、両腕をだらしなく下に落として気持ちよさそうに横になっているその人物。
顔は見えなくても確信する。
クセのある銀髪。だらしなく袖を通しただけの、くたびれた白衣。この二つに該当する人間は、校内に一人しかいないんだから。
本当はよくないんだろうけど、上履きのまま、中庭に足を踏み入れる。
もうすぐお昼休みが終わるからか、中庭にいるのはその人だけ。
って言うか、この人も、さっさと戻るべきだろうに。
そんなことを考えながら、ベンチの横に到着。
広げたジャンプ顔の上に乗せて、堂々と寝ないでほしい。教師のくせに。
寝てるのか起きてるのか。
わからないけど、妙に人の気配には敏いこの人のこと。寝てたとしても、絶対に私には気付いてる。
だから、確認もせずに私は口を開いた。
「先生ー。さっき、進路の先生に呼び出し食らったんですけど」
「……あのヤロー。は俺のだぞ」
……やっぱり。起きてた。
しかも、顔も見てないのに私だってわかってるし。声でわかったのかもしれないけど。
まぁでも。それよりも。
「先生ー。生徒を下の名前で呼び捨てにしないでください」
「と俺の仲だろ? ん?」
ようやく腕を上げて、顔の上のジャンプをどける。
眠そうなんだか、死んでるんだか。そんな、いかにもやる気の無さそうな目。
のはずなのに、何故だかキラめいてる。
「先生ー。セクハラチックな目をするのはやめてください」
「お前は俺のものだからな。進路指導官ごときに靡くわけないよな?」
人の話を聞けよ。このセクハラ教師。
寝転がったまま私の腕を掴んできたその手を、振り払う。
つまらなそうな顔されたけど、そんなの知らない。
「先生ー。生徒を私物化しないでください」
「大丈夫だから。俺ものものだから。だからおあいこってヤツだ」
「…………」
「納得しただろ?」
どう納得しろと。
これだから、このエロ教師は……
思わず殴りつけたくなったけど、今一番問題にすべきことは、そんなことじゃなくて。
落ち着くために、一度深呼吸。
だけど、いつでも殴りかかれるように拳を握り締めておくことは忘れない。
「先生ー……私の進路希望調査書、勝手に改竄しないでくださいっ!!」
これ。問題にすべきことはこれなの!
「あ? してねーよ」
「したでしょう!? 私はちゃんと、志望校書いたのに! 進路の先生に呼び出されて見せられた紙には、どういうわけか、私の進路希望は『銀八先生のお嫁さんv』って!!」
語尾にはご丁寧にハートマークまで!!
何ですか、それ!
んなふざけた進路希望、小学生だって書かないに決まってる。
進路指導の先生に呼び出されるのは当たり前。
ああもう! まったく!!
それなのに、当の犯人には反省の色がまったく見えず。
「……ああ。アレは改竄じゃねェだろ。アレだよアレ、訂正っつーんだよ。言葉は正しく使おうな」
「立派な改竄だっつーの。目だけじゃなくて脳細胞まで死に絶えましたか。先生こそ、言葉は正しく使ってください」
ますますもって腹が立ってくる。
コノヤロー。私の貴重なお昼休みを返せ!!
私が本気で怒ってることにようやく気付いたのか(遅すぎだけど)、ようやく身を起こしてくれた。
それでもベンチに座ったまま。立ってる私よりも頭の位置は低くて。
見下ろす位置に、なんだか優越感。
……じゃなくって。
「もうこんなこと、しないでくださいよ? そのたびに進路指導の先生に呼び出されたりするの、嫌なんですから」
言って聞いてくれるかどうかはわからないけど。
でも本気で怒ってることがわかれば、多分もうしない。と思う。
……しないと、いいなぁ。
私は切実に願っているのに、視線の先では、そんな願いもまったく通じてないかのように、頭をがしがしと掻く姿が。
……これ、殴っていいかなぁ。いいよね? いいに決まってる。うん。
そう決めて、私は握り締めてた拳を振り上げる。
「―――んだよ。は俺の嫁になるのが嫌なのか?」
ゔ……
その言葉に、振り上げかけた手が止まる。
嫌って、嫌って……そんなこと聞かれても、でも……
思わず返答に詰まってしまう。
そして、そんな私の胸中はお見通しだったみたいで。
振り上げかけた腕を掴んで、へらっと笑う。
「嫌なら、抵抗してみ?」
そんなこと言いながら、抵抗する間もなく引き寄せられる。
向こうは座ってるんだから、自然、倒れこむような形になったのを抱きとめられて。
そして、当然のように重ねられた唇。
手馴れたようなその動作が、少し悔しい。
だっておかげで、私はいつだって受け身になるんだから。
啄むような軽いキスは、それでもどこか甘くて。身体が熱くなるようで。頬に当たる冷たい風が、少し気持ちいい。
……風? え?
って言うか、ここって……中庭じゃない! 学校じゃない!! 校舎から丸見えじゃないっ!!!
「―――このっ、セクハラエロ教師っ!!!」
掴まれてた腕がいつの間にか解放されてたのをいいことに、その身体を突き放して。
立ち上がると、間髪入れずにみぞおちに一発、蹴りを入れさせてもらった。
キスしてしまえばこっちのもの、抵抗なんか無いとでも思ってたらしい。
この人にしては珍しく、まともに蹴りを食らって、ベンチの後ろへと転げ落ちてくれた。
うわ。なんか快感かもしれない。これって。
驚いているうちに、予鈴が鳴ってしまった。
やば。5分で教室戻らなくっちゃ、5時間目に遅れる!
転がり落ちた男は自業自得。助けてやる義理なんかないし。むしろ、私が蹴落としたわけだし?
慌てて校舎に戻ろうと駆け出した私の後ろから、慌てたような声が聞こえてきた。
「ってマジ!? 嫌なの!? 、俺とマジで結婚したくねーの!!?」
だけど、無視。構ってる暇無いし。
学校内、しかも丸見えな中庭でキスなんかしてきた罰にはちょうどいいかも。
追いかけてくる声を放って、校舎に駆け込む。
廊下には人影がないことに、ちょっと安心。
お昼休みも終わりがけだったし、もしかしたら誰にも見られてないかも……なんてのは、楽観かもしれないけど。
それにしても、結婚、ねぇ……
全速力で廊下を駆けながら、ちょっとだけ考えてみる。
あの先生と結婚なんかしたら、ものすごく苦労するのは目に見えてる。
でも……嫌じゃ、ないかも。
だから、お嫁さんは……せめて、大学出るまで待ってほしい。
それまで待っててくれるなら、だけど。
顔が熱いのは、そんなことを考えてるからなのか、それとも全力疾走のせいなのか。
とりあえず後者の理由にすることにして、私はぎりぎりで教室に駆け込んだ。
<終>
一度書いてみたかったんです。銀八先生ネタ。
中庭、中学か高校にあったんですが……ああ、もう記憶が曖昧……年を感じてしまう。
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