誕生日だからと言って、はしゃぐような年でもない。
毎年、変わらない日常に埋もれていき、気付いたら年を重ねているものだ。
それで問題無いのだ。
ただ。
「――…夢見悪いってのは、ねぇよなぁ……」
誕生日だからといって、何を期待するわけでもない。
が、何も無いなら無いで、良いことも悪いことも無ければよかったのだ。
布団に横になったまま、銀時は右手を顔の前まで持ち上げてみる。
ヒラヒラと表に裏に返してみても、特段変わったところはない。見慣れた、自分自身の右手だ。
だが現実を確認しても、夢の内容が霧散する気配はない。こういうろくでもない夢に限って、いつまでも記憶にこびりついているものだ。
窓から射し込む朝の光と、外の喧騒。雀たちの賑やかな囀り。
普段通りの平穏な日常が、今の自身にはやけに不釣り合いなものに思えて、銀時は一人溜息をついた。
すこしだけ、おまじない
いくら夢見が悪かったとは言え、さすがにそれを昼日中にまで持ち込むつもりはない。
少なくとも、表向きには。
しかし、何か感じるところがあったのだろうか。「どうかしたの?なんか元気ないんじゃない?」と問い質される羽目になった。
明るい色調のカフェ。それなりに客の入っている店内の奥の一席に、銀時は座っていた。
向かいには、町で偶々会った。出会い頭に「誕生日おめでとう!」と言われたと思ったら、次の瞬間にはこの店へ引きずり込まれていた。
「誕生日なら祝わないと!」ともっともらしい理由を述べていたが、単にケーキを食べる建前が欲しかっただけなのだろう。この万年ダイエッターは。(ちなみにダイエットの成否は一度も聞かされていない)
入ってしまえば仕方がない。折角だからと季節のケーキとやらを注文し、一息ついたところで、先程の「どうかしたの?」だ。
隠しきれていないのか、それともが目敏いだけか。
かと言って、何をどう説明すれば良いのか。夢見が悪かったのだと言ってしまえばそれまでなのだが、いい歳をしてそれだけで元気を無くすというのもどうなのか。
ここは適当に誤魔化そうかと口を開きかけた途端、「誤魔化しても無駄だからね!ちゃんにはまるっとお見通しなんだから!!」とビシッと指を指されてしまった。エスパーか。
誤魔化す道も絶たれ、銀時は白旗を揚げるしかない。
「どうかしたっつーか……ちょっと夢見が悪かったんだよ」
流石にその内容までは話すつもりはないが。
血生臭いだけの過去の悪夢など、明るいこの店とには似つかわしくない。それを言ってしまえば、ろくでもない過去を持つ自分自身、に似つかわしいとはとても思えないのだが。
夢の中で真っ赤に染まっていた自身の手――敵味方の血にまみれた両の手は、夢だとわかっていてもその生々しさについ手を確認してしまう。
「ふーん。確かに、せっかくの誕生日に嫌な夢見たらヘコむ――あ、来た来た!」
運ばれてきたケーキに、話を途中で切っては高い声を上げる。
あっさりと意識をケーキへと向け瞳を輝かせる様からするに、銀時の機嫌に対する興味などあっさりと失ったようだ。
それはそれで、追及されることがなくありがたくはある……が、どうでもいいのかと思うと少しばかり物悲しい。
とは言え、目の前に運ばれてきたケーキは確かに美味しそうだ。少し小振りのタルトとショートケーキ。乗せられたフルーツが照明を映してキラキラと輝いているが、向かいに座るの瞳も負けず劣らず輝いている。
「いただきまーす!!」
丁寧に手を合わせ、が待ちかねていたようにケーキを口へと運ぶ。「あまーい! おいし〜!!」と幸せそうに顔を綻ばせるその表情を見れば、パティシエも作り甲斐があるというものだろう。
だが、その幸せそうな表情は、すぐに困ったように曇ってしまった。
「……どんな夢見たかなんて聞かないけど、ほら! ケーキ食べよう! 美味しくて幸せだから!」
あとは、とが手に持っていたフォークを置く。
どうしたのかと疑問に思うよりも先に、立ち上がったがこちらへと右手を伸ばしてくる。そして。
「いたいのいたいの、とんでけ〜」
銀時がたっぷり数秒固まったのは、致し方ないことだろう。
頭を撫でられたのは、この際置いておくとして。その言葉は何なのか。いや、意味は知っている。怪我をした時の、子供だましのおまじないの言葉――
「…………なんか、違くね?」
「あ、やっぱり?」
あははと笑いながら、は椅子へと腰を下ろす。
恥ずかしさはあるのか、俯いて水の入ったグラスを手にとり、意味もなく中に浮かぶ氷を揺らす。
「ほ、ほら、こうしたら悪夢も飛んでったりしないかな〜、なんて………………だめ?」
うっすら頬を染め、上目遣いで尋ねてくる様は、反則だ。これで「駄目だ」と言える人間がいたらお目にかかりたい。
第一、そもそもの行動が銀時のことを思ってのものなのだとわかるから、尚更だ。
「あー、その。なんだ……もう一回、やってくんね?」
「へ? ……もう一回!?」
きょとんと目を瞬かせた後にが驚いたのも無理はない。そもそもの目的が違う、幼いおまじない。けれどもその口から文句が出ることはなかった。
頬を染めたまま、が再度立ち上がる。そして手を伸ばしてきて。
「いたいのいたいの、とんでけ〜」
ゆっくりと、銀時の頭を撫でる手。銀時のものよりも一回り小さなその手は、確かな温もりを伝えてくる。
死とは真逆の、生の証。
冷たい死の悪夢が、ゆっくりと溶かされていくような、そんな温もり。
他人の体温に安堵するのは、そんな理由が根源にあるのかもしれない。
そんな銀時の思考などには知る由もなく、言われるがままにおまじないを実行すると、すとんと椅子に腰を下ろした。
「ほ、ほら! やってあげたんだから、ケーキ食べよ! ね?」
気恥ずかしいのか、手に持ったフォークをケーキに突き立てるようにして、一心不乱にはケーキを口に運ぶ。確かに、いい年した大人に「いたいのいたいの、とんでけ〜」はないだろう。
とはいえ、もとはが銀時のことを思ってやった行為だ。それが何かずれた行為だろうとも、思いは変わらない。勿論、その温もりも。
過去は消せるものではない。悪夢も、消えることはない。
けれども、温もりを分け与えてくれる存在は確かにいて、だからこそ失いたくないと思う。
「ありがとな」
礼の言葉をどうとったか。は照れくさそうににっこりと笑うだけだ。
様々な思いが込められていることなど気付いていないだろう。だがそれでいいと銀時は思う。
ようやくケーキを口にすれば、しっとりとしたスポンジと甘ったるい生クリームが口内に広がる。
確かにこれは幸せだ。いや、幸せの象徴とでも言うべきか。
幸せの象徴――甘い甘いケーキと、嬉しそうに笑っているの存在。
<終>
誕生日あんまり関係ないうえに大遅刻なので、こっそりアップです。
毎度のことながら申し訳ないと思いながら、それでも銀さんを祝う気持ちはあるのです! おめでとう!! 永遠の20代めチクショウ!!!
('14.10.13 up)
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