「土方さんっ! 今日、お休みだよねっ! 約束―――」
「ああ、か。悪ィ。仕事入ったんだよ」
―――通算15回目のデートのキャンセルでございますよ、これ。
二人きりで行こうよ
「もう、嫌になっちゃう!!」
ガンっと、自分でも乱暴だと思う勢いで、グラスをテーブルの上に置く。
ちなみに中身はオレンジジュース。半分くらいまでは飲み終わってるから、こぼれ出すことは無かったけど。
目の前には他に、自棄食いしたパフェの、空になったグラス。
それから。
「俺としては、があの多串君の彼女だったって事の方が、驚きなんだけどー……」
自棄食いに付き合ってもらった、万事屋の銀さん。
どうせ暇だろうからとパフェで釣ったら、物の見事に釣れてしまった、糖尿持ちの天パー。でもいい人。
その暇人の代表格・銀さんは、追加のパフェを気だるげに食べていた。
「は? 多串君?」
「あー、いや。こっちの話」
? まぁいいや。
とにかく、パフェの自棄食いはしたし、愚痴もこぼしたし。
銀さんには悪いとは思うけど、これも万事屋の仕事の一つだと思って、諦めてもらえばいいや。
そのために、いくらでもパフェ奢る、なんて言ったんだし。
だけど。
「……ごめんね。こんな辛気臭い休日に付き合せちゃって」
溜息なんかついちゃって、ますます辛気臭さに拍車をかけてしまった。
ああもう。銀さんだって呆れてるよ。内心。何も言わないでくれるけど。
それでも、誰かに吐き出さずにはいられなかった。
だって、デートのキャンセル15回目なんて。もう。
ここまで来ると……もしかしたら避けられてるんじゃないかって。そんなことまで思えてくる。
もちろん、土方さんは真選組の副長で。立場上、それはもう忙しいんだって事は承知してるけど。
それにしたって……はぅ。
「さーん。それ、通算10回目の溜息ですよー?」
……数えてたんだ。銀さん。
うわぁ。ますます恥ずかしい。しかも10回目? 溜息つきすぎ記念?
絶対に呆れられてるなぁ、これは。数えられてるんじゃ、もうお終いだ。
なんだか泣きたくなって、また溜息つきかけて―――今度は何とか、飲み込んだ。
これ以上、銀さんを辛気臭い雰囲気に巻き込むわけにいかないし。
もう十分に巻き込んでるんだ、ってことは、考えないようにしよう。うん。
「……ごめんね」
「ならお詫びに、俺のお願い聞いてくんねー?」
顔を上げると、すでに2つ目のパフェを完食したらしい銀さんが、じぃっとこっちを見てた。
まぁ……私に出来る事なら、何でもするけど。
それにしたって、たかが知れたことしか出来ないよ。私は銀さんみたいな万事屋さんじゃないし。
せいぜい、パフェの追加くらい? まぁそれくらいなら……
不思議に思いながらも頷くと、銀さんはじっと私を見つめたまま、へらりと笑った。
気の抜けた、そして私まで気が抜けるような、肩の力が抜けていくような、そんな笑み。
「これから俺と、デートしねー?」
* * *
日も暮れかけて、薄暗くなってきた頃。
銀さんとの「デート」と言うものを満喫して、原チャリで家まで送ってもらってしまった。
う〜ん。これぞデート。原チャリの後ろに乗る、っていうのも楽しかったし。
「銀さん、ありがとう! 久しぶりに楽しいお休みになったよ!」
「いやー、俺でよければ、いくらでもには付き合ってあげるよ?」
嬉しいこと言ってくれるなぁ。銀さん。
どこかの誰かさんとは大違い。
思わず笑うと、銀さんはちらりと後ろを見る。
? 何かあるのかな。
つられてそっちを見ようとしたら、その前に銀さんに手招きされて。
呼ばれるままに足を踏み出したら、そのまま手を引かれて―――頬に、温かい感触。
「―――ごっそーさん。やっぱデートの締めくくりは、こうでなきゃな」
「もうっ! 銀さんってば!!」
でも相手が銀さんだと思うと、嫌だとも思わない。
不思議だなぁ、本当。
「またなー」と手をひらひらと振りながら原チャリを走らせていった銀さんを見送って。
今日は久々に気分良く一日を終えられるなぁ、なんてちょっとだけ幸せ感じながら、家の中に入ろうとして。
「」
呼ばれた名前に、心臓が跳ね上がる。
たった一言。それだけで、私の鼓動は早鐘を打ったよう。
なんで? どうして―――
「土方、さん……」
―――どうして、ここにいるの?
今日は仕事じゃなかったの? だからデートの約束だってキャンセルして。
わけがわからないまま振り向くと、そこには本当に、土方さんが。煙草を咥えて。薄暗くてもわかるほど不機嫌そうに、立っていた。
「万事屋の奴とどこ行ってやがったんだよ。こんな時間まで」
「どこって……デート」
「デートだァ?」
怒らせるとわかってたけど、それでも正直に言う。
だって。そもそも悪いのは土方さんなんだから。
怒られる筋合いなんて、どこにもないじゃない!
ますます不機嫌になった土方さんを、負けずに睨み返す。
「他の男にふらふらついていってんじゃねェよ。お前は俺のものだろうが」
「っ!? そんなのっ! 土方さんに言われたくないっ!!」
デートもしてくれないのに。
いつも仕事仕事で、私のことなんか少しだって構ってくれないのに。
こんな時だけ、所有権主張するの?
そんなの……そんなの、嫌だ。都合のいいだけの女みたいじゃない。それじゃあ。
「……俺だって、んなガキみてェなこと言いたかねーよ」
煙草を口から取ると、足元に落として踏みつける。
吸殻は吸殻入れに、って基本ルールなんだと思うんだけど。
こんな時だっていうのに、そんなことが気になる私って、何か変なのかもしれない。
だけど、もっと変なのは土方さん。
好き勝手言ってくれたくせに、どうしてだか、困ったような顔をして。
そして、私の顔に手を伸ばしてきて―――頬を拭われて初めて、私は自分が泣いていたことに気付いた。
「けどな。言っておかねェと……肝心のお前が、わかってねェじゃねーか」
「え……?」
「あのヤローに、キスなんか許してんじゃねーよ」
キスって……もしかして、見てたの?
だけど、それを聞く前に、身体を引き寄せられて。
銀さんにキスされた頬。同じところに、また同じような、だけど何かが決定的に違う、熱い感触。
ちょっと待って。それって土方さん、銀さんと間接キスにならない? なんて馬鹿げたことを、思わず考えてしまったけれども。
次の瞬間には、そんな思考も掻き消されるような熱いキスが、私の唇に降りてきた。
舌を絡め取られたら、もう何も考えることなんてできやしない。
ただただ、土方さんにしがみついて、何とか自分の身体を支えるだけで、精一杯。
ようやく解放されても、情けないことに立っていられなくて。
抱きしめられて、それでようやく支えられてる。そんな状態。
キス一つで、どうしてこんなになっちゃうんだろう。私……
ぼんやりとそんなことを考えながら、普段よりも性急に酸素を求めて、息を整える。
「―――お前、明日も休みだろ?」
「そう、だけど……どうして知ってるの?」
「自分で言ってたんだろうが。連休だって」
……言ったような気もする。
どうして土方さんがそんな事を聞いてきたのか、その意図は少しもわからないけれど。
それでも、私の言ったことをちゃんと聞いていてくれた、覚えていてくれたことが、なんだか嬉しくて。
自然に、顔が綻んでくる。
「明日、空けとけよ」
「え?」
「……出かけんだよ」
……ええと。
これはもしかして、デートのお誘い、というものなのでしょうか。
「でも土方さん、仕事は」
「今日中に全部終わらせてやるよ」
「で、でもっ、無理しなくても、私は別に構わないから……」
それはもちろん、できるものならしたいけど。デート。
でも、無理はしてほしくない。
私の言葉、覚えててくれたことだけでも十分だから。
誘ってくれたことで、もっと十分になったから。
けれど。
「俺が構うんだよ」
土方さんは、私のそんな思いも、一言で切って捨ててくれた。
もちろん、いい意味で。
「明日は一日、といてぇんだよ」
子供みたいに不貞腐れて、我が侭を言うみたいに。
そんな土方さんの姿が、可愛くて。そして、嬉しくて。本当に嬉しくて。
思わず私は、土方さんに抱きついてしまった。
16回目の正直。とでも言うのかなぁ、これは。
散々待たされた挙句の、最高の正直。
<終>
LINDBERGの「二人きりで行こうよ」という曲をベースにしてみました。
と言っても、『これで15回目よデートのキャンセル 知らないわよ誘われても誰かに』というフレーズだけですが。
確かこれ、「平成犬物語バウ」のEDか何かだったと思うんですが……このアニメ知ってる方、いるのでしょうか?
|