「お妙ちゃん! お願いがあるの!!」
幼馴染のお妙ちゃんに向かって、私は手を合わせる。
ストーカー注意報
「でもどうしたの? ちゃんが剣術習いたいだなんて」
新八くんが淹れてくれたお茶を前にして。
私はお妙ちゃんの正面に正座して、事の次第を説明した。
いつからだったかなんて、覚えてない。
けれど気付けば、誰かの視線を感じて。
誰かに見られてるような気がする。そう思えて仕方がなくなってた。
最初はもちろん、ただの思い込みだろうって思ったし、もしかしたら精神病じゃないかって、そんな心配までして。
だけど、そのうちにそれは、思い込みじゃ済まなくなってきた。
立て続けに起きた、通り魔事件。
男ばかりが狙われて、ことごとく半殺しにされて病院送りになったって話だけど。
最初は気にも留めなかったそのニュース。
さすがに知り合いの男の子が襲われてからは気になって、そして気付いてみれば、被害者のことごとくが、何だか見覚えのある人物で。多分それは、私をナンパしてきた男たち。
ああ、知り合いはナンパしてきたんじゃなくて、単に告白してきただけなんだけど。
こうなると、なんだか気持ち悪い。
相変わらず視線は感じるし。
一人で外を歩いてると、ついてくる足音も聞こえる気がするし。
もう限界。
「でもそれなら、警察に相談した方がよくないですか?」
お茶請のお菓子まで用意してくれた新八くん。
いいなぁ。こんな弟、欲しかったかも。
……でなくて。
「新ちゃん。無駄よ。今は、警察がストーカーになる時代なのよ?」
「……それもそうですね」
「え? そうなの?」
世も末だなぁ。
だけど、私が警察に相談しないのは、そういう理由じゃなくて。
「だって、ストーカーなんだよ?」
「それで、どうして剣術を」
「これだけ迷惑かけられてるんだから! 自分で叩きのめしたいじゃない!!」
警察に捕まえてもらうだけじゃ、気が済まない!
今まで怖い思いさせられた分、心行くまで痛めつけてやらなきゃ!!
というのが、理由の一つ。
もう一つは……もしかして、だけど。
もしかして、やっぱり単なる私の思い込みで、本当はストーカーなんかいなかったんだとしたら。
臆病な私の心が、居もしないストーカーの存在を作り上げてるのだとしたら。
相談するのも恥ずかしいし、それに、剣術を習って自信つけたら、思い込みも吹き飛ぶんじゃないかと思って。
二つ目の理由を口に出さなかったせいか、新八くんは「危険ですよ! 相手はストーカーなんですよ!!?」と至極真っ当な意見を出してくれたけれども。
「―――よく言ったわ、ちゃん。
ストーカーは、この手で、二度と這い上がれないまでに叩きのめすべきなのよ」
にっこりと笑うお妙ちゃんは美人なんだけど、どういうわけだか怖いオーラを発してる。
それでこそのお妙ちゃんだと思うし、だからこそ私はお妙ちゃんにお願いしに来たわけで。
「うちの道場は厳しいわよ?」
「望むところ! 打倒ストーカー!!!」
視界の隅で溜息をついてる新八くんは、悪いけど、見なかったことにしよう。ごめんね。
* * *
夕暮れの江戸の町を、片手に竹刀下げて歩く帰り道。
お妙ちゃんや新八くんは、危ないから送っていくとは言ってくれたけど、丁重にお断りした。
だって、私は安全だけど、それじゃあ私を送っていってくれた帰りが危険になるでしょう?
それにまだ薄暗い程度なんだから、そんなに危なくはないと思うし。家だって遠くないし。
そう説得すると、妥協案として竹刀を渡されてしまった。用心のために。
竹刀はあるし、お妙ちゃんのスパルタ特訓のおかげで、護身程度はどうにかなるかな。
だから、ストーカーが思い込みだったとしたら、存在しない視線に怯える必要は無いよね!
とは思うものの。
……やっぱり感じる、視線。
そしてさっきから聞こえる、足音。
思わず、竹刀を握る手に力が入る。
掌には、じっとりと汗が。
やっぱり送ってもらえばよかったかもしれない、なんて、ちらっと考えたけど。
でも、今更。
それに、これは私の問題。私がどうにかしなくっちゃ。
お妙ちゃんにだって言ったじゃない。ストーカーは自分で叩きのめしたいって。
……殺ろう。
決意すると、今度は自分の意志で竹刀を握り締める。
お妙ちゃんも言ってたじゃない。
ストーカーは放っておくと、つけあがってタチが悪くなるんだって。
手遅れになる前に全て終わらせてしまうのが一番だって。
全て―――ストーカーの全てを終わらせてしまうのが。
順番に、お妙ちゃんに教えてもらったことを思い出す。
ストーカーに人権なんて無いんだから、多人数で襲い掛かろうとも、不意をつこうとも、それは立派な防衛行為だ。
でも今の私の場合、多人数は不可能だから。
そうなると―――不意打ち?
我ながら古典的だとは思ったけど、思い立ったが吉日。私はその場を駆け出した。
ストーカーがついてきてるかは、こんな状況に慣れてない私にはわからないけれども。
最初で最後、ストーカーが追ってきてくれることを祈りながら、目についた路地に飛び込んだ。
そのまま壁に背を凭れさせて息を整えながら、ストーカーがこの路地の横に現れるのを待つ。
現れた瞬間、この竹刀で微塵の躊躇も無く滅多打ちにしてやればいいんだ。
竹刀を構えて、ただそれだけを考える。
自分の荒い呼吸、高鳴る心臓。耳を澄ませば、その音に混じって、確かに駆けてくる足音が聞こえてきた。
早鐘みたいに鳴る心臓。震えだした身体。
怖い。怖いよ、お妙ちゃん。新八くん。
だけど……だけどだけどだけど、だけどっ!!!
「―――っ!!! ストーカーっ、覚悟ぉぉぉっ!!!!」
「うぁっ!!?」
人影が見えた瞬間、私はがむしゃらに竹刀を振り下ろした。
思わず目を瞑ってしまった私に感じられたのは、驚いたような声と、そして何か硬いものを叩いたかのような感覚。
少なくともその感覚は、人間の身体じゃない。
恐る恐る目を開けた私の視界に真っ先に飛び込んできたのは、黒。黒い服。
「……危ねェじゃねーですかィ、いきなり。俺に何の恨みがあるんでさァ」
ふぅ、と息を吐き出す音と、どこか緊張感の無い声。
やっぱり恐る恐る、今度は顔を上げてみる。
目の前には、色素の薄い髪と、愛嬌のある顔をした男の人が、刀の鞘で私の竹刀を受け止めていた。
……黒い服。そして刀。
もしかしてこの人……真選組の、人……?
「すっ、すみませんっ!! 間違えましたぁぁっ!!!」
うわぁぁっ!!! 私の馬鹿馬鹿っ!!!
よりによって真選組に竹刀振り下ろしちゃったよ!
しかもこの隊服って、よくわからないけど隊長クラスの服だって聞いたような聞かないような……
途端、血の気が引く音が聞こえた気がした。
ま、まずいかもしれない、私。も、もしかして、切腹させられちゃったり、とか……?
真っ青になってうろたえてると、目の前の人は刀を腰に戻して怪訝な表情を私に向けた。
とりあえず、いきなり斬られるなんてことはなさそうだけど……ああ、ストーカーのせいで、私の人生ここでジ・エンド!!?
「にしても、どうしたんですかィ?
いきなり竹刀で殴りかかるなんて、普通じゃねーや」
「そ、そそ、それはそのっ!!」
ここで弁解しなきゃ、下手したら切腹!
そう思ったら、考えるよりも先に、必死でストーカーのことを話してた。
結局これって、警察に相談しちゃった形になるのかな。
でも、背に腹は換えられない!
感じずにはいられない視線とか。聞こえてくる足音のこととか。でもそれは気のせいなのかもしれないこととか。
全部を話してしまって。
その人が出した結論は、やっぱりというか。
「気のせいじゃないんですかィ、それは?」
「……そうなんでしょうか」
「さん、ソイツの姿、見たことあるんですかィ?」
「……無いです」
じゃあやっぱり気のせいですねィ、と言われて、曖昧に頷きかけて。
この人の言葉に、私は引っかかりを覚えた。
……私、この人に名乗ったっけ?
ふと湧いた疑問は、あっさりと不安に取って代わる。
だって、私、名乗ってない。
じゃあどうして、この人は私の名前を知ってるの?
真選組だからって、警察だからって、しがない一般人の名前を一人ひとり覚えてなきゃならない義務なんてないだろうし。
途端、背筋を悪寒が走る。
で、でも! この人、真選組なんだし!
きっと、何かあって、どういうわけだか偶々私の名前を知ってただけとか―――
そんな私の願いは、けれどもあっさりと破れてしまった。
目の前の人は、愛嬌のある顔にニヤッと笑みを浮かべて口を開いた。
「第一、さんのことは俺がずっと見てるんですぜィ?
そんな変質者がいたら、真っ先に俺が気付いてまさァ」
「……ずっと、ですか……?」
「そうですぜィ?」
瞬間、お妙ちゃんの言葉が脳裏に蘇る。
『今は、警察がストーカーになる時代なのよ?』
……まさか。まさかまさかまさかっ!!
こ、この人が、ストーカー……?
「あ、あのぅ……それじゃあ、私が今までどこにいたとかも……」
「お妙さんのところでしょうが。ちなみに近藤さんもいましたぜィ。あの人が見てたのはお妙さんですけどねィ」
誰、近藤さんって。
って、そうじゃなくって!
「ええと……もしかして、私の後ろ、ずっと歩いてたりとか……」
「さんに何かあったりしたら、一大事じゃないですかィ。
心配しなくても大丈夫ですぜィ。何があっても、俺が守ってあげまさァ」
その表情は、真剣で。
普通の状況でそういうこと言われたりしたのなら、多分、ときめいたりしちゃったんだと思う。
だってこの人、なんだかかっこいいし。
けど。だけどね。
確信しちゃったよ、私。
「……いやぁぁぁああっ!!! ストーカーぁぁぁああっ!!!!」
「っ!? さんっ!?」
叫んで、私は通りに飛び出すと、一目散に元来た道を駆け出した。
もしかしたら追ってくるかもしれないけど、構ってる場合じゃない。
怖い、怖いよ。ストーカーだよ、あの人!!
「お妙ちゃんお妙ちゃんお妙ちゃん〜〜っ!!!!」
必死で助けを求める先は、お妙ちゃん。あと新八くんもついでに。
叫びながら、夕暮れ時の町を私は全力疾走した。
<終>
あ。沖田さんの名前、出てきてない(汗
その上、むしろお妙さん夢、って感じがしないでもないような……でも好きです。お妙さん。姐御大好き♪
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