一瞬を重ねて
江戸の空は、本日も快晴。
市中見廻りの最中ではあるのだが、沖田はいつもの如くに遁走中。
普段であれば腹立たしいだけのその行為も、ここ最近はそれほどでもない。
むしろ、ありがたいとすら思っている節が土方にはある。
もちろん沖田本人に、そんなことを言うつもりは無いし、屯所に戻れば無駄になるだけの説教を食らわせてはいるのだが。
それ以上に、安堵してしまう。
の姿を求めて、つい視線を彷徨わせてしまう今の姿を、見られずにすむということに。
あの日―――と初めて出会った日も、ちょうどこんな日であった。
からりと晴れ渡った江戸の空。
やはり沖田は見廻りをサボっていて。
そんな時に目に入ってきたのが、うずくまるの姿―――
「――…ん?」
目に飛び込んできた光景に、思わず土方は足を止める。
一瞬、幻覚かとも思ったが、目を瞬かせても、それは消えない。
まるで冗談だとしか思えない、既視感を覚えるしかない、その光景。
視線の先で、何故だかがうずくまっていた。
それはちょうど、あの日と同じように。
反射的に、土方の足はそちらへと向いていた。
速まる足と高鳴る鼓動は無視して。
それほど無かった距離ではあるものの、それでものいる場所へとたどり着く頃には、土方は表面上だけは冷静を装っていた。
内面はともかくとして。
は土方の存在に気付いていないのか、一心に手を地面に這わせている。
だが、伸ばされている手とはまるで違う場所に、きらりと一瞬光るものを土方は発見した。
屈みこんで拾い上げれば、それはまさしくが探しているのであろうもの。コンタクトレンズ。
「コレだろ。探してんのは」
「あ! ありがとうございま―――」
土方がコンタクトを差し出すと、礼を述べながらが反射的に顔を上げる。
が、その言葉を不自然なところで止めると、何度も目を瞬かせる。そして首を傾げたかと思うと、左目を手で覆った途端に驚愕の表情を浮かべた。
「ひ、土方さんっ!!!?」
「覚えてたみてェだな、今度は」
近付かなくとも他人の顔を判別できたということは、右目にはコンタクトが入っているのだろう。
そんなどうでもいいことが思わず過ぎってしまう。
一方のは、突然のことに平静も何も無いのか、土方を指差して口をぱくぱくさせている。
他人を指差してんじゃねェよ、だとか。てめェはいつから金魚になったんだ、だとか。本当にくだらないことばかりが頭の中に浮かぶ。
でなければ、真っ赤になったその様子に、自分のことを覚えていたということに、思わず顔がにやけてしまいそうなのだ。
「オラ。取れよ」
「あ、は、はい。ありがとう、ございます……」
おずおずと伸ばされたの手が、一瞬ではあるが土方の手に触れる。
それはもちろん、コンタクトを取るためだとわかってはいるのだが。
思わず動揺が走ったのは、から触れてきたという事実ゆえか。それとも、頬を染めるに何かしらの意味を見出してしまうゆえか。
誤魔化すように煙草に火をつける。
そして、ふと思い出されるのは、先日の賭け事。
次に二人会うことがなければ、会ってもが覚えていなければ、の勝ち。
出会い、且つが土方のことを覚えていれば、土方の勝ち。
「とりあえず、賭けは俺の勝ちってことだな」
「……そういえば、あの時言ってた賭けって、結局なんのことなんですか?」
正面から問われ、思わず土方は黙り込む。
あの時は、特に深い意味もなく賭けを持ち出したのだ。
忘れられたくなくて。繋がりを失いたくなくて。そして何より、の意図を探りたくて。
賭けなど、そのための手段でしかなかった。
色恋沙汰の主導権を握るためという、手段のための手段でしかなかった賭け。
その賭けの結果が出てしまった以上、次にとるべき行動は一つしかない。
「……俺と付き合えよ」
先日と、今のの様子を見れば、脈が無いわけではないのだ。
平静を装い、煙草を銜えながらあっさりと言い放つ。
このたった一言を口にするために、土方がどれほどの努力を要したのか。は微塵たりとも感じていないのだろう。
「? どこにですか?」
首を傾げて再度問われ、土方は思わずガックリと肩を落とした。
どうやら、あまりにも平静を装いすぎたのが仇となってしまったらしい。
だが、ここで今更「付き合う」の意味を説明するのは、あまりにも間が抜けている。
「とりあえず、食事にでも付き合え」
そこでの様子を窺いながら、じっくりと口説き落とす方法でも考えればいい。
大抵の女ならば、土方が誘えば二つ返事で頷くところだ。
けれどもは、すぐには頷かない。困ったような表情を浮かべ、土方を見上げてくる。
「あのぅ…その前に一つ、いいですか?」
「何だよ」
「私はとりあえず、コンタクト入れたいんですけど」
その左手の上には、未だコンタクトレンズがちょこんと乗っている。
だったら入れればいいと思うのだが、水で洗わないと、更には鏡の前でないと入れられないとが言うのだ。
出端を挫くかのようなの言葉に、またも土方は肩を落とす。
しかし、これ以上悠長に待つつもりは無い。色恋沙汰に関しては元々、気はあまり長くないのだ。
「んなモン、店に入ってからでいいだろ」
「え、あ、あのっ、土方さんっ!!?」
焦れて強引にその腕を引けば、慌てたようにが声をあげる。
ちらりとその表情を窺うと、その頬をこれ以上ないまでに赤く染めている。
に対しては、言葉よりも直接行動の方が効果があるのだろうか。
思い返してみれば先日も、腕の中に引き寄せてからようやくは慌てていたのだ。
けれど、慌てはしても抵抗はしないのだ。あの時も、そして今も。
いっそ口吻けてしまった方が、話は早いのかもしれない。
そんな事すら考えながら、土方はの腕を引く。
そのが、慌てながらもどこか嬉しそうに微笑んでいるのを土方が知るのは、まだ少し先である。
<終>
柚子さまの45400HITリクで、「一瞬」シリーズの続きでございました。
ああ……一年も前に書いた話なので、すっかり忘れ去っておりましたが。
あの頃の私はまだ、土方さんのことを素直にかっこいいと思っていたようでございます。
今じゃ「ヘタレ攻め」だの何だの好き放題……す、すみません!!
何だか違う土方さんになってしまった気もしますが……あぅあぅ。
え、えと。気を取り直しまして。
キリ番申告、ありがとうございました〜!!
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