キスがいつだって甘い理由ワケ



ゆるりと、意識が覚醒する。
そして感じる物足りなさ。
思考を巡らせ、ほどなくしてその理由に思い至る。
足りないのは、腕の中にあるべき温もり。
部屋の中に差し込む光から察するに、朝と呼ぶには少しばかり遅く、昼と呼ぶには早すぎる、そんな中途半端な時間帯であろうか。
何やら取り残されたような気分に陥りながら、土方は身体を起こした。
瞬間、ふわりと甘い香りを感じたのは、思い込みか。
そんな己の思考に、土方は思わず苦笑を漏らす。
 
―――あ、土方さん。おはようございます」
 
カラリ、と襖の開く音に続き、柔らかな声が土方の耳に届く。
振り向くまでもなく、その声の持ち主が誰かはわかり過ぎるほどにわかりきっている。
だが、声の主がわかるからと言って、その顔を見なくても良いわけではない。
顔を向けると、襖を半分ほど開けたその向こうに、がちょこんと正座していた。
身支度をすっかり整え、穏やかな笑みを浮かべるその姿からは、昨夜の痴態―――恥ずかしがりながらも快楽に身を捩っていた姿は、垣間見ることすらできない。
少々物足りない気もするが、さすがにこの時刻ではそれも仕方ないだろう。
 
「ご飯の支度してありますけど、召し上がりますか? それとも―――
「いや、食う」
 
たとえここで土方が「食べない」と言ったところで、は嫌な顔一つしないのであろう。
だからこそ余計に、わざわざ用意してくれた食事を食べてやりたいと、土方は思うのだ。
もちろん、単純に身体が空腹を訴えているということもあるのだが。
やや緩慢な動作で布団から出ると、が「顔、洗ってきてくださいね。その間に食事、温め直しておきますから」と立ち上がって台所へと向かう。
違和感など感じさせない、自然な光景。
まるで新婚家庭の朝のようだと思ってしまった土方は、その考えに思わず赤くなる。
だが、一度浮かんでしまった考えは、頭を振った程度のことで払えるものでもない。
土方もまた立ち上がると、に言われた通りに顔を洗うことにした。
台所に立っているのであろうを何とはなしに意識しつつ。
勝手知ったる家―――とはさすがに言えないが、何度か来たことのあるの家。間取りは教えられなくても把握している。
だが、実際に利用するのは初めてである。と言うよりも、の家に泊まったことからして、初めての事であったのだ。
こぢんまりとした洗面所は、清潔で整頓もしてあり、がきれい好きなのだろうということを窺わせる。
だが、顔を洗おうとした土方の目に、この場には似つかわしくないものが映った。
鏡の前に置かれたコップと、そこに立てられた歯ブラシと歯磨き粉。
それ自体は、あって然るべきものではあるのだが―――問題は。
 
「……こども用?」
 
目の前にある歯磨き粉は、「こども用」と書かれている上に、手にとって見れば「いちご味」とまである。
だが、この家には子供などいない―――はずである。
一瞬、嫌な想像が頭をよぎる。
 
「土方さん。タオル、こちらに―――どうかしましたか、土方さん?」
 
怪訝な表情をしている土方を見て、は首を傾げる。
が、土方が手に持っている物を目にするや、その怪訝な表情の理由も悟ったらしい。
瞬時に頬を染めたかと思うと、それとほぼ同時に、今にも泣き出さんばかりの表情を浮かべた。
これには逆に、土方の方が慌ててしまう。
 
「お、オイっ!?」
「そっ、その……やっぱり、子供っぽい女は……お好きでは、ないですよね……」
 
ぼそぼそと俯き加減に喋るの言葉は聞き取り辛かったものの、それでも土方の耳には何とか届き。
一瞬、何がどう飛躍してそのような結論に達するのかが理解できなかったものの、しばしの間の後、ようやく合点がいった。
 
「……お前がコレ、使ってんのか……?」
「す、すみません……」
 
そこでが謝る必要は、どこにも無いはずなのだが。
むしろ土方は、早とちりした自分の思考―――実はには他に男がいて、あまつさえ子供までいるのではないかと、そんなことを一瞬でも考えてしまったことに対して、に謝りたいほどであった。
だが、恐らくは、そんな土方の思考にまでは気付いていないだろう。
謝罪の言葉は、逆に不自然だ。
 
「なに謝ってんだ」
「そ、それは……」
「まぁ、納得はしたがな」
「? 何をですか?」
 
土方の言葉に、思わずは顔を上げる。
すると、すぐ目の前には土方の顔。
驚くよりも先に、口付けられる。
触れるだけの他愛の無い口付けではあったものの、の顔を赤く染め上げるには十分すぎるほどで。
そんなの顔に満足したかのように、土方はにやりと笑った。
 
―――コレがやたらと甘い理由を、納得したんだよ」
「っ!!?」
 
ますます赤くなるに、土方は笑いをこらえる。
今まで土方が知っていると思っていたは、落ち着いた物腰で、まさに大人の女はかくあるべし、という姿を体現したかのような女で、実際、土方もそんなところが気に入っていたのだ。
しかしその実、どうやら子供っぽい嗜好の持ち主である上に、今この目の前で、十代の少女のように顔を赤らめてもいる。
だが、それが不愉快かと言えば、そういうわけでもなく。
むしろ今まで知らなかったの一面に、何故だか嬉しさすらこみ上げてくる。
そして同時に、痛感する。
己が心底から、に惚れてしまっていることを。
真っ赤になって立ち尽くしているの手からタオルを取ると、おざなりに顔を洗う。
恥ずかしいのか、台所に引き返そうとしたの腕を、土方は寸でのところで掴まえた。
 
「この分だと、卵焼きも甘いんじゃねーのか?」
「……お嫌い、ですか……?」
 
どうやら図星だったらしい。
単にをからかいたくなっただけの土方は、またも泣きそうな表情になったに罪悪感を少し覚えた。
が、それは束の間。
謝罪の言葉の代わりに、の身体を引き寄せ、再び口付ける。
 
「どうせ、コレよりは甘くはねェだろ?」
「……知りませんっ!」
 
今度は拗ねたようにそっぽを向いてしまった。
そんなが愛しく、土方は頬に口付ける。
 
 
 
朝の空気に漂う甘い香り。
そんな甘さも悪くはないと、を腕の中に閉じ込めたまま、土方は思った。



<終>



はは。文の書き方、すっかり忘れてしまいました……(遠い目)
しかし、朝からイチャイチャイチャイチャ(エンドレス)、現実にいたら、ぶっ飛ばしかねませんね。
あ、ちなみに、以前の「朝がいつもと違う理由」で、本当は書くはずだったネタが、これです……