多分その時、私はどうかしてたんだと思う。
彼氏にフられて。
自棄になって、自販機で買ったお酒を公園のベンチでがぶ飲みして。
慣れないお酒に、ぐらぐらする思考と視界。
そんな時に目の前に現れたのは、黒尽くめの男の人。
何を喋ったのかは、覚えていない。
なぜか私の話を聞いてくれるその人に、愚痴とか泣き言とか。もしかしたら、もう死にたい、なんてことまで言ったのかもしれない。
それでも、はっきりと覚えている言葉はある。
特徴のある語尾で。その人は、笑いながら私に言った。
「それなら、ゲームでもしませんかィ?」
恋愛ゲーム
それが、数ヶ月前の話。
数ヵ月後の今。
やっぱり私は自販機で買ったお酒を、同じベンチでがぶ飲みしていたりした。
あの時と同じように、ぐらぐらしてくる思考と視界。
それでも、数ヶ月前からの出来事は、鮮明に脳裏に蘇る。
本当、あの時の私はどうかしてた。
いくらお酒が入っていたからって―――初めて会ったその日に、名前も知らない男の人に抱かれてしまうなんて。
それだけじゃない。
その後も、毎週、同じ曜日の同じ時間、約束したわけでもないのにこの場所に来て。
抱かれる時もあれば、ただ一緒にいるだけの時もあったけれど。
それでもやっぱり、名前は聞かないまま。教えもしないまま。
つまり数ヶ月前からずっと、私はどうかしてたんだ。
だけどそれも、今日で終わり。
一ヶ月くらい前からだろうか。
この公園に、このベンチに、その人が現れなくなったのは。
それがどうした、って程度のことだけど。
あの人にとっては、単なる気紛れ。それこそゲームでしかなかったんだろうけど。
でも、私にとっては―――
不意に襲ってくる睡魔。お酒のせいかもしれない。
ここは外。公園のベンチの上。
こんなところで寝てしまっては、何があっても文句は言えないんだけど。
なんだか何もかもどうでもよくなってしまって。
私はそのまま、睡魔に身を委ねてしまった。
* * *
「―――こんなとこで寝たら、風邪ひきますぜィ?」
声が聞こえたような気がした。
聞きたかった、声が。
だけどそんなの、気のせいに決まってるから。だから私は、まだ夢を見ているんだろう。
夢に見るなんて、未練がましいのかもしれない。私は。
「また酒飲んでたんですかィ? 何をそんなに飲むことがあるんでさァ」
失恋したからだよ。
前だってそう。今だってそう。
私って本当、進歩の無い女。
「……失恋、したんですかィ? 誰に?」
誰にも何も。
失恋させた本人が、夢の中とは言え、そういうこと聞かないでほしい。
でも、その声が心なしか不機嫌に聞こえるのは、やっぱり夢の産物だからだろうか。私の願望だからだろうか。
「俺…に……?」
はいはいはい。
そういうことで、ゲームは私の負け。負けなんです。
言ったのはあなたでしょう?
人生が面白くないなら、ゲームにしてしまえって。
相手に惚れさせたら勝ち、逆に惚れちゃったら負け、なんて。
そんなゲーム、乗る気もなかったけれど。
いつの間にか、会いたくてたまらなくなってて。
会えなくて淋しくて。
バカみたい。所詮、ゲームでしかなかったのに。
「……ってことは、俺が賞品貰っていいってことですねィ?」
賞品? 何かあったかな、そんなもの。
ゲームをしようって言われただけで、他の事については何も―――
―――瞬間、口唇に温かい感触。
それは、ここ一ヶ月は確実に遠のいていた、でも身体が覚えている、その感触。
……これ、夢?
夢にしては、やけにリアルというか……そんな夢まで見るようじゃ、お終いかもしれない。私は。
「まだ夢だと思ってるんですかィ? いい加減に目を開けたらどうでさァ」
イヤです。
未練がましいけど、もう少しだけ浸らせてほしい。
この夢が終わったら、ちゃんと起きるから―――
「仕方ありやせんねィ」
「……うひゃっ!!?」
途端、乱暴な浮遊感。
何事かと、思わず目を開けると、そこには……背中?
「な、なにっ!? え、何コレっ!!?」
「ようやく起きましたかィ?」
ちょ、ちょっと待って!
目の前に背中? って言うか、お腹痛い、お腹痛いんだけど!!?
落ち着いて―――って、落ち着くことなんてできやしないんだけど、とにかく状況を把握してみる。
どうやら私、誰かの肩に担がれてしまっているらしい。
誰かって、それは―――
「な、なんでっ!? なんでいるのっ!!?」
「それは俺の台詞でさァ。
本当―――なんで一ヶ月も、俺を待っててくれたんですかィ」
じゃあなんで今更ここにいるの、ともう一度聞くと、仕事があったから、との返答。
それなら連絡くらい、なんて思ったけれど。考えてみれば連絡先どころか、名前すら教え合ってなかったんだ。私たち。
その程度の、関係でしかなかったのに。
単なるゲームでしかなかったはずなのに。
それでもこの一ヶ月、毎週毎週、私が待ち人来たらずをやっていたのは。
さっきも言った通り、ゲームに負けたから。
それはつまり。
「―――好き、だから」
ああ、言ってしまった。
最初から失恋決定だってわかっているのに、どうして言ってしまうのかな、私は。
せめてもの救いは、相手の顔が見えないこと、私の顔が見られないこと、くらいだけど。
恥ずかしくて、今すぐ逃げ出したい。
けれども、私は下ろしてもらえるどころか、逆に抱えなおされてしまった。
おかげでお腹にまた負担がかかって「ぐぇっ」と、とてもじゃないけれど女らしくない声が出てしまう。
なんだって私、こんな目に遭ってるんだろう。
居た堪れないけれど、それでも下手に暴れるわけにもいかず(だって、落とされるかもしれない)、大人しく担がれるまま。
でもこの人、どこに行くんだろう。
そう言えばさっき、賞品がどうのって言ってはいたけれど―――
「―――まったく。おかげで、惚れ直しちまったじゃないですかィ。責任、取ってもらいますぜィ?」
「え……?」
惚れ…直した……?
え? え? それって、どういう、こと……
突然耳に入った言葉に、思考が追いつかない。
思わず身体を起こそうとしたけれども、あっさりと押さえつけられてしまった。
私に行動決定権は無いんですか? 私の意志は無視されるんですか?
「一ついいですか? これからどこに?」
「決まってるじゃないですかィ。
気持ちを確かめ合った男と女が行く場所は、ラブホと相場が決まってまさァ」
……そんな相場、決まってたかな……?
しかも、気持ちを確かめ合ったって……と言う事は、両思い、っていうことでいいのかな。
お互い、顔も見ずに告白って、それはそれで問題のような、私たちらしいような。
……まぁ、そこは諦めよう。
こういう恋の始まりも、ありかもしれない。けれど。
「もう一つ。お腹が痛いから、せめて下ろしてもらいたいんですけど」
「痛いんですかィ? そりゃ悪かったですねィ」
「そう思うなら―――ぐぇっ」
またも、カエルが潰されたかのような声。
下ろしてくれるどころか押さえつけてくれた当人は、けらけらと笑ってる。
……遊ばれてる! 絶対にコレ、遊ばれてる!!
恋なんか始まってない!
ゲーム! これ絶対、まだゲームの真っ只中!!
「下ろして! 下ろしてったら!!」
「下ろしたら逃げられるじゃないですかィ」
暴れようにも、身体をしっかりと押さえ込まれて。
ああ、今の私は、もしかしたら世界一、いや、宇宙一不幸かもしれない。
泣きたい気持ちのまま、結局のところ私は、ホテルに担ぎこまれてしまったのだった。
<終>
あ、名前出てこなかった……ドリームの意味無いし。
いえ、最初の予定では、最後の最後に名乗り合う予定だったんですが。オチが変わってきて。あぁう……
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