「」
「新しい制服ですか?
それならさっき業者さんが持ってきてくれましたよ。
とりあえず会議室に置いてもらいましたけど、よかったですよね?」
「オイ」
「近藤さんですか?
さっき屯所を飛び出していったみたいですけど……きっとまた、お妙さんのところでしょうね」
以心伝心
近頃、真選組屯所内にて流れる噂。
『副長と女中のは、デキている』
それが真実ではないのだとしても。
しかし事実無根でもない。
何せは、土方が皆まで言わずとも、その言わんとしていることを正確に把握してしまうのだ。
それこそ、名前を呼んだだけで、土方の用件を言い当ててしまう。
そのことに気付いた当初は、役に立つ女だと思っていただけであったが。
この話が隊士たちの間に広まり、『ツーカーの仲』から『デキている』に噂が発展するまで、多くの時間は要しなかった。
おかげで最近の土方は、の存在が気になって仕方が無い。
噂に振り回されるなど、馬鹿馬鹿しいとは思っていても。
部屋に篭もって、攘夷浪士を検挙したことの報告のための書類を書いている今も、ちらりとのことを考えてしまう。
書類も一通り書き終え、あとは不備が無いか軽く見直すだけ。
となれば、いつもであれば、このタイミングだ。
「―――土方さん。お茶が入りましたけど、どうですか?」
寸分の狂いも無い、このタイミング。
部屋の外から聞こえてきた声は、間違いなくのものである。
返事もせずに障子を開ければ、そこにちょこんと座っていたのは、やはりであった。
横には茶と菓子を載せた盆。にっこりと笑うは、「どうですか?」と再度問うてくる。
無言で身体の位置をずらすのは、肯定の印。
それを承知しているは、「今日は美味しいお菓子をいただいたんですよ」と室内に入ってきた。
「もしかして、お仕事中でしたか?」
「いや。もうキリがついたところだ」
机の上の書類を見て口にしたのであろうに、土方はそう返す。
その言葉には笑顔を見せ、盆を机の上に置くと、湯呑みに茶を注ぐ。
湯気の立つそれは、まさにちょうどのタイミングでが茶の支度を始めたことを意味していて。
改めて土方は、に驚かされる。
前に置かれた茶は、飲み頃の温度になるまで少々の時間がかかるだろう。
その分、余計に休憩ができるという訳だ。もちろん、休む余裕があるからできることではある。
このあたりのことまでが考えているのだとすれば、それは賞賛に値すべきことだろう。
茶請けの菓子―――どうやら羊羹らしい―――を切り分けているの横顔を、土方は不思議なものを見るかのような目で見た。
すると、その視線に気付いたのか、もまた不思議そうに土方の顔を見つめ。
ややあって、「ああ」と何かしら思い当たったように口を開いた。
「沖田さんなら見廻りに行ってしまいましたので、報告の書類を渡してもらえるのは早くても夜になると―――あれ、違いました?」
土方が呆気に取られる様子に、何故かは「すみません」と謝る。
確かに、土方が問いかけたかったのはそのことではないのだが。
しかし沖田のことは、忘れかけていたとは言え、確かに気にはしていたはずのことで。
書類製作から逃げた沖田への腹立ちと、またしても言い当てられた感とで、土方は思わず頭を押さえた。
「あの……土方さん?」
「あ、ああ、イヤ……違わねェよ」
口の中で沖田に対する悪態をつけば、はくすりと笑う。
その笑顔のままは、適当な大きさに切った羊羹を小皿に載せて土方に差し出した。
「お仕事も大切ですけど、今は休憩することも大切ですよ?」
だから沖田さんのことも、今は横に置いたらどうですか? と。
そう笑顔で言われてしまえば、土方も頷くしかない。
腹を立てたところで、沖田がすぐさま戻ってくるわけでもなく、当然ながら書類が早く提出されるわけでもない。
黙ったまま湯呑みを手に取ると、適度に冷めたようである。
それを一口飲む。やや濃い目の茶。
だが、次に口に放り込んだ羊羹の甘さが、程よく感じられる。
茶の出し方も一品。まさに女中としては申し分のない存在なのが、この。
そのは、もう何切れか羊羹を切り分けると、土方の前に置いた。
まさに、見透かされている。休憩だと思った途端、小腹が空いたことまで。
「一度、聞いてみたかったんだが」
「はい」
「どうして、俺の考えてることがわかるんだ?」
それは、気になってたまらなかったこと。
屯所内に広まる噂のおかげでのことが気になると同時に、まるで読心術を心得ているかのようなその言動も、気になっていたのだ。
一体、何をどうすれば、そこまでこちらの胸中を見透かしてしまえるのか。
他愛の無い話題を、土方は装う。
問われたは、「そうですねぇ……」と小首を傾げていたが。
適当な理由を思いついたのか、にっこりと笑った。
「土方さんのことが、好きだからですよ。だから、全部わかってしまうんですね」
「ぶはっ!!?」
「え、ひ、土方さんっ!? 大丈夫ですか!!?」
なんの躊躇もなく、告白まがいの言葉を言ってのけた。
予想外の言葉に、土方は驚愕のあまり、口の中に放り込んだ羊羹を喉に詰まらせてしまった。
慌てたに「冗談ですってば!!」と言われて背中を擦られたのが、やけに情けなく感じられる。
手渡された茶を一気に飲み干し、息をついたものの。
それでも土方は、の顔をまともに見ることができなかった。
たとえ冗談だったのだとしても。
正面から「好き」と言われ、挙句に醜態を晒してしまったのだ。顔を合わせられるわけがない。
「……テメーな。冗談でも、んなこと言ってんじゃねーよ」
「……はい。すみません」
視線を逸らしたまま言うと、視界の隅でが俯いているのが見えた。
別に、が悪いわけではないというのに。
非があるとすればそれは、「好き」という、ただそれだけの冗談に、不必要なまでに動揺してしまった土方にであろう。
おまけに、照れ隠しのように、さもが悪いというような物言いまでしてしまっていて、土方自身、あまりにも情けないと思う。
隠そうとしたのは、動揺した自身の姿。
動揺したのは―――の言葉によって暴かれた、この想いのため。
前々から気になっていた、の存在。
その感情の正体に気付かされた途端、むせてしまったのだから、情けないことこの上ない。
気まずい沈黙が室内に流れる。
「―――それでは私、もう失礼しますね」
不意にが立ち上がる。
沈黙に耐え切れなくなったのかと思いきや、ちょうど急須の中身も空になっていたらしい。
どちらの理由にせよ、のように他人の心境を推し量る芸当などできない土方には、関係が無い。
ようやくに顔を向けると、その顔にはいつも通りの笑顔が浮かんでいた。
が、心なしか翳って見えるのは、単なる思い込みか。
それを見た瞬間、考えるよりも先に、言葉が口をついて出ていた。
「……悪かったな」
「……はい?」
土方の謝罪に、はきょとんと目を瞬かせる。
だが、意味がわからないなりにも、それでも土方の心情は酌んだらしい。
「ありがとうございます」と、返答になっているのかなっていないのか、そんな謝礼の言葉を口にして、は部屋を出ていった。その顔には、いつもの翳りのない笑顔を浮かべて。
部屋に残された土方は、しばしの間の後、煙草に手を伸ばす。
「―――冗談だと? それこそ冗談じゃねェだろーが」
銜えた煙草に火をつけ、落ち着かせるために深く煙を吸い込む。
それでも思い至るのは、結局のところのことなのだ。
気付かされた、この感情。
持て余すほどの、この想い。
それなのに、それを抱かせ、気付かせた当人は、呑気に笑っているのだ。
理屈が通らないとわかってはいても、癪に障る。
「それこそ悟ってみろよ。頼むから」
煙草の灰を灰皿に落としながら、ここにはいない人間に向かってぼやく。
結局、その手段は聞き損ねてしまったが。
の特技が他人の心を見透かすことであるのならば、この想いすらも見透かしてしまうのであろうか。
ならば、その時のの反応というものも気にはなるが。
しかし、どのような反応を見せられようとも、土方の行動が変わることはないだろう。
の言葉が、土方の動揺を誘ったように。
土方の言葉が、行動が、の動揺を誘うのではないか。
「……今度は、冗談だと言わせねェからな」
相手の無い、宣戦布告。
煙草を銜えたまま、目の前にはいない相手に向かって口の端を上げると。
とりあえずは仕事の仕上げのために、土方は書類を手に取った。
<終>
いつもの事ですが、書いてる途中でオチが変わります。
もう諦めてる事ではありますが。
なんかこう……最初から最後まで思い通りの小説というものを書いてみたいです。
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