「あっ…はぁっ……ぁあんっ」
 
外は雨。
抱き合う互いの顔すらおぼろげにしか見えない、暗闇の中。
雨音に掻き消されることのない嬌声と荒い息遣いだけが、室内に響く。
 
「ぁんっ……やぁっ…ああっ」
 
胸元を吸い上げれば、たちどころに上がる嬌声。
もはやいくつつけたかも知れぬ、紅い華。
暗がりで見ることはかなわなくとも、その白い肌に無数に散っていることだけはわかる。
自分がつけたもの―――そして、他の男がつけたもの。
胸の頂を口に含めば、その身が跳ね上がる。
面白いように愛撫に反応する身体を抱きながら。
何故こんなことになったのだろうか―――ぼんやりと、沖田は考える。
 
 
 
 
小夜嵐



 
鬱陶しいとも思える雨の晩。
部屋から出たのは気紛れか。もしくは、何かの予感がしたのか。
今となっては、そんな理由はどうでもいい。
結果として、部屋を出て最初に沖田が出会ったのが、縁側に座り込むだったのだ。
 
「どうしたんですかィ、。こんな時間に」
 
雨の降り込む縁側に、じっと蹲ったまま。
それだけを見ても、ただ事では無いのが明らかだ。
しかし沖田は、できるだけ何気ない風を装い、に話しかけた。
途端、は肩を跳ね上げる。
間を置いて沖田に顔を向けたの顔は、明らかに泣き腫らした後のものであった。
 
「お、沖田さん……どうしたんですか、一体……」
「それを聞いてるのは俺の方でさァ」
 
風邪ひきますぜィ、と言葉を続けても、は顔を背けて黙り込んでしまう。
これが他の人間であれば、放っておいて自室に戻るなりなんなりしたところであろう。
だが、目の前にいるのは、他でもない。それも、泣いていたらしい状況で。
これを放っていくことなど、沖田にはできなかった―――に対し他ならぬ想いを抱く、沖田には。
だんまりを決め込むの後ろの壁に背を預け、沖田もまた黙ったままその後姿を見守る。
そのまま、どれほどの時間が経ったころだろうか。
ぽつりと。辛うじて聞き取れるだけの声が、の口から漏れた。
 
「……フラれちゃったんです、私……」
 
雨音にかき消されそうな、か細い声。
肩が震えているのは、決して雨による冷え込みのせいばかりではないのだろう。
 
「わ、私……なにが、悪かったんで、しょうか……」
 
その言葉を最後に、後はしゃくりあげる声だけが沖田の耳に届く。
昨日までは、本当に幸せそうにしていた
だからこそ沖田は、想いを告げることなく、黙っての姿を追いかけていたのだ。
の幸せを思い、珍しくも沖田は手を出そうとはしなかった。
しかし、すべては一夜にして崩れてしまった。
明らかに幸せとは対極にあるの姿に、抑えつけていた何かが胸の内に湧き起こる。
 

 
一歩足を踏み出し、屈みこむ。
すぐそばに、の身体がある。触れたくて、それでも触れることを禁じていた、身体が。
 
は、何も悪くないでさァ」
「……おきた、さん……」
 
初めて触れた身体は、雨のために冷え切っていた。
その冷たい身体を温めるかのように抱き寄せると、は大人しく腕の中に収まる。
 
「知ってますかィ? 失恋の痛手を癒す、最良の方法」
 
沖田の言葉に、腕の中のが顔を上げる。
泣き腫らしたその顔は、痛々しく―――けれども、見惚れるほどに美しい。
しかし、ゆっくりと見惚れる間もなく、沖田はその口唇に口付ける。
深まる口付け。しがみついてくる腕。
―――抵抗は、無かった。
 
 
 
 *  *  *
 
 
 
夢にまで見たの身体は、夢以上に沖田を掻き立てる。
白く滑らかな肌は、掌に吸い付くよう。
柔らかなその身体に口付けを落とせば、歓喜の声が。
その声を更に聞きたくて。
もっと乱れさせたくて。
十分に濡れそぼったの秘所に、指を差し込む。
 
「ひぁ…っ……ぁあんっ!」
 
びくん、と跳ね上がる身体。
二本の指で中をかき回せば、あられもない嬌声がの口から堪えきれずに発せられる。
その身体から匂い立つ、情欲の香りが。
爪を立ててしがみついてくる、その腕が。
快楽を求めて淫らに振られる、腰でさえ。
の何もかもが、沖田にはたまらなく愛おしい。
 
……」
 
耳元で名前を呼ぶだけで、の身体は跳ねる。
その口から漏れるのは、甘い吐息。その呼吸音だけですら、身も心も蕩けそうな錯覚に陥る。
蕩けそうで。
逆に、蕩かせたくて。
沖田は更にもう一本指を侵入させると、更に中をかき回す。
くちゅ、くちゅ、と卑猥な音を立てるソコに、指先の感覚からだけでなく、聴覚からも感じさせられる。
 
「やっ…ん……はぁっ、ぁんっ」
 
しがみついてくるの腕に、力が込められる。
中をかき回す沖田の指を締め付け、快楽を求めようと腰を振る。
まさかが、ここまで乱れるとは思っていなかった沖田は、意外に思うよりも先に、嬉しさを感じずにはいられなかった。
切なげな吐息。切れ切れに上がる嬌声。そして―――
 
「…ねが…っ……おねが、いで……ぁんっ、やぁっ…ひじかた、さ―――!!」
 
途端。
それまでの嬌態が嘘であるかのように、室内が静まり返った。
聞きたくなかった、その名前。
凍りついたかのように沖田は動きを止め、は思わず口を塞ぐ。
だが、一旦出てしまった言葉が、それで元に戻るはずもない。
雨音だけが響く室内。
やがて、しゃくりあげる声がそれに重なった。
 
「……ごめっ……ごめんなさっ………ごめんなさい…っ、ごめんな」
「別に、構いませんぜィ?」
 
が泣きながら繰り返す謝罪の言葉を遮るように、沖田もまた言葉を発した。
宥めるようにの髪を梳きながら、額に口付ける。
 
がそうしたいのなら……今だけ、俺のことを土方さんと思ってくれても、いいんですぜィ?」
 
沖田の言葉にが首を横に振ったのが、暗闇の中でもわかった。
もちろん沖田にしたところで、この状況下で他の男の名を呼ばれて嬉しいわけがない。
それはもわかっているのだ。
だからこその、謝罪の言葉。
そして―――だからこそ沖田は、逆に優しい言葉をかける。
が余計に気に病むように。負い目を感じるように。自分を蔑ろにできないように。いつでも、気にかけてしまうように。
たとえそれが愛情からではないにしても。
それでも、が自分を見てくれるのであれば。
そのためならば、今この場で、を追い詰めることすら厭わない。
首を振り続けるの頬のあたりに軽く口付けると、が泣いていることがわかった。
涙が枯れるまで泣けば、明日はの笑顔が見られると言うのであれば、存分に泣かせてやるところだが。
生憎と、そんな保証はどこにもないのだ。
ならばせめて、今のこの一時だけでも泣かないでいてほしいと思うのは、独善的な考えなのであろうか。
 
―――ぁああっ!! ゃあっ…ああんっ!!!」
 
十分すぎるほどに濡れそぼっていたの秘所は、難なく沖田を奥まで迎えいれる。
突如として自分の中に侵入してきた質量に、は悲鳴のような嬌声をあげながら身体を弓なりに反らせた。
沖田が腰を動かすと、更なる快感に声をあげ続ける。
感度が良すぎるほどのこの身体は、与えられる快楽を追うのに必死になって、泣いている暇などないだろう。
たとえそれが、一時的な逃避でしかないとしても。
 
…………っ!!」
「はぁっ…ぁっ、ああああっ!!!」
 
痛いほどに締め付けてくるの中。聴覚からこちらを煽る嬌声。
沖田が限界に達した直後、もまた、達したのだった。
 
 
 
 
 
 
荒い息を整えると、沖田は自身をの中から抜き出す。
の様子を窺うと、どうやら気を失ってしまったらしい。浅い呼吸音が微かに聞こえた。
そのことを安堵する気持ちと、物足りない気持ちで、複雑な気分に陥る。
だが、都合はよい。
今まで伝えることのできなかった、伝えるつもりのなかった言葉を、告げるには。
の頬にそっと手を触れ、耳元に口を寄せ。沖田は囁くように言葉を紡ぐ。
 
、好きでさァ。……それとも、愛してる、と言われた方が嬉しいですかィ?」
 
嬉しいはずがないだろうと、口にした傍から沖田は苦笑する。
別れを告げられても、それでもまだ土方のことを愛しているのだ。他の男から求愛されたところで、簡単に乗り換えることのできるような女ではない。
それがわかっていて、抱いた。
の心が弱っているのにつけこんで。想いはまだ元の男に在るままだとわかっていながら。
それでも、易々とを手放した土方の気が変わる前に、どうしてもを手に入れてしまいたかったのだ。
せめて、身体だけでも。
たとえ、愛されるあてが無くとも。
どのような形であれ、をこの手にしたかった。
を傷つけ、泣かせた男の元へと戻ることができぬよう、自分の証を刻み付けてしまいたかった。
そして今、目の前にが横たわっている。
白い肌を晒したままのその身体に布団をかけてやると、沖田もまた着物を着る。
気を失ったまま眠ってしまったらしいの呼吸は、いつしか深いものに変わっていた。
きっと、夢を見ることもない眠りに落ちたのだろう。
 
朝、目が覚めたら。はどのような反応を見せるのだろうか。
笑いかけてくれるのか。
泣き崩れてしまうのか。
それとも、何も無かったことにしてしまうのか。
 
外は、変わらぬ雨の音。
そして聞こえる、柔らかく静かな寝息。
何とはなしにの髪を手に取りながら。
いっそこのまま、夜が明けない方が幸せなのかもしれないと、沖田は思った。



<終>



あんまり救いの無いシリアスって、読むのは好きなんですけど。書くのは辛いですね。
しかもそこにエロも加わって、二重に辛い。なら書くなってか。はい。