その運命に華は狂い咲く



草木も眠る丑三つ時。
しかし草木は眠ろうとも、襲ってくる天人たちも眠っているとは限らない。
ここは戦場。
いつ襲撃を受けるかわからない場所。
熟睡しようとも、他者の気配に敏感にならぬはずが無い。
よって。
 
―――何してやがんだ、てめェは」
「ちぇっ、起きちゃったか」
 
冷静ともとれる高杉の言葉に、睡眠の邪魔をした人物はあからさまに舌打ちをする。
だがそれは、他人の上に圧し掛かっている人間のする行為では無いだろう。
それに、どれほど鈍感な人間であろうとも、さすがに他人の体重の負荷がかかれば、目が覚めないはずが無い。
暗がりの中、窓から差し込む月明かりによって、おぼろげに見える相手の姿。
誰何せずとも、その気配だけでわかる。
―――女ながらに戦場で刀を振るう、変わり者と言ってしまえばただそれだけの女。
このような場所でなければ、十人並みどころでない容姿と明るい性格で、それなりに幸せな普通の人生を約束されていたのであろう。
だが、その「普通の幸せ」というものが、の感性には合わなかったらしい。
確かに、戦場でけらけらと笑っていられる神経の持ち主に、そのような「普通」など程遠いのかもしれないが。
それはさておき。
そのが、真夜中、こうして目の前にいる。
相手が相手でなければ、問答無用で引きずり倒し、抱いてしまうところだ。
 
「何してやがんだ、って聞いてんだろーが」
「夜這い」
 
あまりにも簡潔すぎるほどの返答。
薄明かりの中、おぼろげに見える顔と、その声から。が満面の笑みを浮かべていることがわかる。
口にした言葉はあまりにも直接的過ぎて、情緒も色香も何も無い。
だが、それだからこそ余計に真実味を帯びているということも、否定はできないのだが。
しかし高杉は、敢えてそれを冗談として流すことにした。
 
「くだらねェこと言ってんじゃねーよ」
「あ、ひどい。人が真面目に言ってるのに」
 
真面目に「夜這いに来た」と言い切る神経も、如何なものかと思うが。
何にせよ、それが本気であろうと戯言であろうと、対応するつもりは高杉には無い。
このようなふざけきった状況下で、いい加減に抱いていいような相手ではないのだ。は。
そんな高杉の心境を、しかしは少しも慮ろうとしない。圧し掛かったまま、不満げな声を漏らした。
 
「女の子に恥かかせる気?」
「そういう台詞は、恥じらいやら慎みやらを覚えてから言いやがれ」
 
少なくとも今のには、そのようなものは微塵も感じられない。
もはや相手にすることをやめ、寝直すことを決め込んだ高杉であったが、しかしに上に乗られていては、安眠などできるはずもない。
どうにかならないかと考えを巡らしかけたところへ、再びが口を開く。
 
「ところで、日付変わって今日、私の誕生日だって、知ってた?」
「あァ? 自意識過剰か、てめェは。知らねーよ、んなもん」
 
本当のところは、もちろん知っていた。
仮にも、本気で惚れてしまったらしい相手なのだ。
高杉自身、どうしてに対してこのような感情を抱くに至ったか、首を傾げざるをえなかったとしても。
それでも、誕生日などという、他の人間であれば無駄としか思えない情報も、に関してだけはしっかりと覚えている。
知る由も無いは「ひどいなぁ」と笑うと、ぐいっと身を乗り出してきた。
その顔が、すぐ目の前に迫る。
月明かりのせいで翳っては見えるものの、極上の悪戯を思いついた子供のように無邪気な笑顔を浮かべた、その顔が。目と鼻の先に。
 
「だから、誕生日プレゼント。ちょうだい?」
 
そのまま、高杉が反論する隙を与えず。
の口唇が、降りてきた。
重ねられたそれは、想像以上に甘く柔らかく―――我を忘れそうになる。
が、高杉が理性を失いかける前に、は口唇を離した。
あくまで口唇だけ。顔はまだ、今にも触れそうなほどに近づいたまま。
 
「プレゼント、身体でいいって言ってるんだから。安上がりじゃない」
「てめー……」
「これが最後なんだから。私、明日―――って、今日か。今日、死んじゃう運命なんだし。ね?」
 
文句を言いかけるも、それを遮って発されたの言葉に、高杉は一瞬目を見開く。
は表情を変えていない―――変えることなく、笑顔を浮かべている。
 
「てめェ、何を冗談言って―――
「私が生まれた村にはね、占い師がいたの。それとも予言師って言うべきかな。
 とにかく、その人が口にしたことは、絶対に外れないってほどの、そんな人が。
 で、私が生まれた時に、言われたらしいの―――私は、18の誕生日に死ぬ運命だ、って」
 
別に死ぬことは怖くないけど、思い出くらい欲しいじゃない、と続けたは笑顔のまま。
だが、その変わりない笑顔が翳って見えたのは、決して月明かりだけのせいではなかったのか。
見つめてくるに、高杉もまた言葉もなくその目を見つめ返すしかできなかった。
無邪気な笑顔に差している翳りが、その言葉の信憑性を物語っているようで。
たかが占いではないかと切って捨てることなど、いくらでもできたはずであろうに。
しかし目の前にあるのは、ある種の覚悟を決めた目で。言葉を挟ませない何かが、そこには―――
 
―――なーんて。嘘なんだけど。本気にした?」
「っ!! てめェ、いい加減にしやがれ!!」
 
一瞬でも本気にし、の雰囲気に呑まれかけた己に舌打ちすると、高杉は力任せにを突き放す。
「きゃんっ!!」と悲鳴をあげて床に転がるを無視して、さっさと寝ることに決め込んだものの、しかしすぐ横でぶつぶつと文句を言われていては、やはり寝ることなどできるはずもない。
 
「うぅ……予言されたのは本当なのに」
「あァ?」
「あ、いや。信じてないよ? そんなの、年寄りのたわ言に決まってるし?」
 
こんな世の中、占いだの予言だの、信じられるわけないじゃない、と。
ぱたぱたと手を振りながら笑うの顔には、先程まで見られた翳りはどこにもない。
やはり、月明かりのせいであったらしい。
だが。
 
「……でも、さ。一人で寝ようとすると、色々と考えちゃって。それでちょっと夜這いに来てみたんだけど」
「『ちょっと』なんてノリで来てんじゃねェよ」
 
突っ込むべきところは突っ込んでおいたものの。
それでも、一人でいられないというは、ここにやってきたのだ。
他に男も女もいるというのに、その中から、相手に敢えて高杉を選んで。
その意図がどうであれ、夜這い云々はともかくとして―――嬉しくないはずが、ない。
冗談事のように誘われたのでなければ、請われるままに抱いていただろう。
だがそれは、まだ早いのかもしれない。
今はまだ。
 
―――で、どうすんだ?」
「え、何が?」
「一人で寝れねェんだろ?」
 
身を起こすと、上掛けを少しめくる。
きょとんとしているに、これでその話まで冗談だと言われたら、真剣に殺してやろうかという考えが一瞬過ぎる。
だが、それは無用な心配だったようだ。
 
「え? もしかして、夜這い成功?」
「寝てやるだけだ! 一緒に寝てやるだけだっつってんだ!」
 
強調しなければ、逆にに襲われかねない。
舌打ちしたに「なら一人で寝るのか」と冷たく言い放てば、慌てて開けた布団の中に滑り込んでくる。
 
「えへ。ありがと、晋助。大好き。愛してる」
「んなくだらねェ冗談言ってる暇があったら、さっさと寝やがれ」
「ひど。冗談じゃないのに」
 
笑いながら口にされたの告白は、どう聞いたところで冗談だとしか高杉には思えない。
第一、本気で好いているのならば、男の布団に潜り込んで、早々と寝息などたて始めるはずがない。
布団に入って数秒。尋常でない早さである。
気持ち良さそうに隣で眠るの寝顔に、高杉は溜息をついた。
に惚れこんでしまっている自分は、とてもではないが眠れる気分ではない。
隣にが無防備に寝ているというだけで、落ち着かないのだ。
やはり今の告白は、冗談以外の何ものでもなかったのだろう。でなければ、呑気に寝ていられるはずもない。
それでも、に選ばれたのは、他でもない高杉なのだ。
もうしばらくすれば、今度は何の遠慮もなく、をこの腕に抱ける日が来るのかもしれない。
いや、来させてみせる。
 
―――まァ、それまでは、俺が死なせねェがな」
 
占いだか予言だか知らないが。
幕府も世の中もアテにならない今、そんなものだとてアテにできるはずもない。
頼るは己の力のみ。
それさえあれば、運命如き、己らで切り開くこともできるのだ。
それを証明するための、この戦争。
各々が望む、未来のために。
その未来に不可欠なものを、失うわけにはいかないのだ。
 
「死なせるわけ、ねェだろーが」
 
柔らかな寝息をたてているの頬に、軽く口付ける。
安心しきったかのように眠りに落ちているを、高杉はしばらくの間、見つめ続けていた。



<終>



本当はですね。この後でヒロイン、予言通りに死んでしまうという展開が待っていたのですが。
ここで切ってしまった方が雰囲気いいじゃないか、希望もあるじゃないか! という個人的理由で、削除しました。
死ネタは、読むのは好きですが、書くのは苦手ですね……書くなら、ハッピーエンドがいいじゃないですか。
と、今更乙女チックなことを言ってみます。