さあ、宴の始まりだ―――




未必の恋



 
偶々その日は、とりたてて大きな事件も無く。その予兆も無く。
真選組屯所内の面々は、一所に集まって酒宴に耽っていた。
騒ぐことが好きな近藤は元より、沖田は当然。そして土方もまた、この日に限っては、酒宴に参加していたのだ。
それをいくら後から悔やんだところで、遅いというものである。
 
その酒宴の席には、もいた。
 
―――彼女も真選組隊士であり、やはりその夜、特に用事も無かったのだから、何も考えずに参加していたのだろう。
この時、せめて本人が、少しは何かを考えていてくれれば、と、これもまた後の祭りの思考である。
軽い気持ちで酒宴に参加したは、酒を飲んだのが初めてであったのか、それとも強い酒を飲んだことがなかったのか。
どちらにせよ、結果としての現実は同じである。
あっという間に酔っ払いと化した
請われるままに酌をするだけならともかく、同じく酔っ払いと化した隊士に抱きつかれたり、逆に抱きついたり。
それでけらけらと、頭が痛くなるような声で笑っている。
普段から喧しい女だとは思っていたが、酒を飲むと更に喧しくなるらしい。
ややうんざりとしながら、土方は杯を重ね、こちらもまたいい感じに酔ってきた。
だから、というのは言い訳にもならないだろう。
 
「ひじかたさ〜ん、のんでますかぁ〜〜?」
 
妙に間延びした声で。
一升瓶を抱えたが、ふらふらと土方に歩み寄ってくる。
それは、明らかに酔っ払いの足取り。
 
「あァ? テメー、酔ってんじゃねーよ」
「よってないれすよ〜、ひじかたさんのばか〜〜」
 
十分に酔っ払いである。
酔いの回っている土方にすら酔っ払いと断言されたのだから、相当なものだ。
それでもは呂律の回っていない口で「酔ってない」と言い切る。
得てして酔っ払いとは、そういうものか。
へたり込むようにして土方の隣に座ると、「のめ〜、のめよひじかた〜〜」などと、強引に酌をしてくる。
喧しいと思えば、今度は絡み酒。タチが悪い。
一升瓶を抱えてへらへらと笑う酔っ払いは、土方が手にするグラスに酒が無くなったのを見ると、またも酌をしようとする。
だが、飲みすぎると醜態を晒すことを自覚している土方は、なんとかの手から逃れようとした。
そんな土方に、は不満げに詰め寄る。
 
「わらしのさけが〜のめないんれすか〜〜!!」
「いい加減にしやがれ、酔っ払いが」
「よってないれす〜!!」
 
酔っ払っている人間ほど、酔っていないと断言したがるのは、どういったことなのだろう。
挙句には、他の隊士にしていたのと同じように抱きついてくる。
慌てて土方が引き離そうとしても「やら〜〜」と、まるで子供のように駄々をこねる。
 
「いやれす〜! のんれくらさい〜〜!!」
「テメっ、離れやがれっ!!」
「のめ〜! わらしのさけをのめ〜〜!!!」
 
離そうとすればするほど、は嫌がってますますしがみついてくる。
その様子に、周囲に居る隊士たちは面白がって大笑いしているが、土方にしてみれば堪ったものではない。
とうとう根負けした土方は、の手から一升瓶を引っ手繰ると、「飲めばいいんだろ、飲めば!」と、自らグラスに注いで、その中身を一気に飲み干した。
おかげで目眩を感じこそしたが、は納得したようだ。「よくのめまいら〜」と手を叩き、もはや何を喋っているのかわからない言葉を口にしながら、土方から身を離す。
が、そこで安心したのも束の間。すぐにまた、身を乗り出してきた。
酔って紅くなったの顔が、目と鼻の先。
それでも戸惑う暇は、一瞬として無かった。
 
「えへ。ひじかあさん、らいすき」
 
赤く染まった頬。
何の力も入っていない、だからこそ裏も表もない、無邪気な笑み。
二人ともに酒が入っているせいだと、土方もわかってはいる。
だが、わかっていてもなお、が浮かべた笑顔は、土方を惹きつけるには十分すぎるほどに魅惑的で。
呂律の回っていないの舌が、一体どんな言葉を紡いだのか。
考えるよりも先に―――土方の口唇は、温かく柔らかいもので塞がれていた。
一瞬にして、しん、と静まり返る場。
が離れて、ようやくそれがの口唇であったということに、土方は考えが至る。
そのは、やはり先程と同じ笑みを浮かべて。
他人を魅了させずにはいられない、無邪気な笑みを浮かべて。
たった今の口吻けと、目の前の笑顔。
くらり、と。明らかに酒のせいではない目眩を覚える。
が、その余韻に浸れたのも束の間。
すぐさまその場は、蜂の巣をつついたかのような騒ぎとなった。
 
「ふっ、副長ーーーっ!!!!???」
がっ、がぁぁぁぁぁっ!!!!」
「死ねやァァっ、土方ァァァァっ!!!」
「うぁぁぁっ、俺のさんがぁぁぁぁっ!!!!」
「ああっ! 膝枕なら俺がっ! 俺がするから、っ!!!」
「副長、覚悟ォォォっ!!!!」
 
「うるせェっ!! テメーら、いい加減にしやがれ!!」
 
騒ぐ隊士たちと、その混乱に便乗して斬りかかってくる沖田。
そして膝の上には、酔いが限界にきたのか、ずるずると崩れ落ちてそのまま眠りについてしまった
板ばさみになってしまった土方は、このような目に遭ってしまっている己の運命を嘆き。
 
 

  
そして夜は明け。宴は幕を閉じる―――
 
 
 
 
「土方さん。顔色悪いですね。二日酔いですか。情けない。って言うかバカですか。そこまで飲むなんて。副長としての自覚は無いんですか。無いんですね。最悪。そんな上司を持ってしまった私の立場にもなってくださいよ。私の苦労を増やして嬉しいんですか。Sですか。沖田さん以上のSですか。この変態」
 
翌朝。
土方と顔を合わせたの、開口一番がこんな台詞。
思い返すまでもなく、これがの本来の姿なのだ。
その言動からは、昨晩の笑顔や言葉など、微塵も予想だにできないのは当然だ。
だからこそ昨夜の不意打ちに動揺したのだと、土方は己に言い聞かせる。
 
「誰のせいだと思ってやがる」
「他人のせいにしますか? お酒は自己管理ですよ、自己管理。自分が飲める分量は、ちゃんと把握しておくのが当然ですよ。他人のせいにするなんて、人間ができてない証拠です。それは確かに土方さんは人間ができてるとはとても言えませんけどね。人間ができてるなら、部下はもっと楽ができるはずです」
「自己管理、な。その言葉、そのままそっくりテメーに返してやるよ」
「はい? 私は誰にも迷惑かけてませんよ。一杯飲んで、そのまま寝ちゃったじゃないですか。意味不明なことを言わないでください。まだ酔ってるんですか。いい加減、酒気を抜いてください。仕事できないですよ」
 
どうやらには、昨晩の記憶は全くと言っていいほど残っていないらしい。
残っていたら、ここまではさすがのも言ってくるはずがないであろう。
頭を抱えたくなる衝動をこらえ、土方は無駄と思いつつも、口を開いた。
 
「意味不明だろーが、テメーは金輪際酒を飲むな。副長命令だ。わかったか」
「何ですかそれ。理不尽ですよ。それこそそのまま私が返したいくらいですよ。土方さんこそ金輪際お酒飲まないでください」
 
土方の言葉は、の反論によって無駄となった。
そんなことは始めからわかっていたことだ。
それでも。
せめて、昨晩のようなことは―――蕩けるような笑顔と口吻けは、他の誰にもしてくれるなと。
それだけを、土方は願う。
口喧しく不平を言いながらも隣を歩いてくれる、その存在に対して。
 
 
 
 
まもなく、宴の第二幕が始まる―――



<終>



お酒飲みたいです。
ついでに、飲みすぎたときに介抱してくれる優しい人も欲しいです。