約束は一足飛びに



「土方さん。郵便です。ハンコお願いします」
「何言ってんだ。てめーは」
 
そろそろが市中見廻りから戻ってくる頃かと、書類を片付けていたところへの、その当人の来訪。
予想通りとは言え、珍しく何の前触れも無く部屋に入ってくるに、土方は呆れた顔を見せる。
が、どこか不機嫌そうなは、土方の同意を得ることもなく、勝手に部屋を物色して自分の分のお茶を淹れる。
そこで土方の分も一応は淹れたのだから、不機嫌具合は最高潮、というほどではないのだろう。
の行動一つで、その感情具合をある程度認識できるようになってしまった自分に、土方はどこかおかしみを覚える。
だが、だからと言って、の機嫌がよくなるわけでもない。
自分の分のお茶を一気に飲み干すと、は懐から一通の文を差し出した。
 
「預かり物の郵便です。十中八九、恋文ですね」
「あァ?」
「差出人は一丁目の駄菓子屋さんの看板娘。美人で明るくて評判の娘さん。私よりよっぽど女らしいですよ。良かったじゃないですか」
「良かねーよ」
 
読む気も起きない土方は、形だけ文を受け取ると、その辺に放り投げる。
それよりも重要なのは、の不機嫌の理由が判明したことだ。
知られぬ事とは言え、自分の恋人宛の恋文を託されたのだ。機嫌がいいはずがない。
つまり、の不機嫌の正体は、嫉妬。焼きもち。
わかってしまえば、可愛いものである。に知れたら怒られそうではあるが。
おかげで土方は、思わず頬が緩みそうになるのを耐えねばならない。
その一方で、はやはり不機嫌なまま。
 
「中身くらい読んで、返事あげてくださいよ。
 何の音沙汰も無しじゃ、私が土方さんに文を渡してないみたいに思われるじゃないですか」
「なら、最初から預かるんじゃねーよ」
 
とは言うものの、結局預かってしまうのが、の人の好いところなのであろう。
大体、人が好くなければ、自分の恋人などやっていられるのかと、やや自虐的なことを土方は思う。
とりあえず、そんなの評判を世間的に落とすのは流石に悪いだろうと、土方はしぶしぶながらに文を開ける。
中にどのような恋情の訴えがあろうとも、相手に対する返事に変わりは無い。
どれほどの愛の言葉を綴られたところで、目の前で拗ねているに敵うはずがないのだ。
ざっと目を通したところで、土方は「くだらねェ」と再び文を放り投げた。
そのまま手招きすれば、は招かれるままに素直に寄ってくる。
この素直さは、実のところ真選組に居続けるには不向きなのではないかと、時々土方は思うことがある。
それでも手放す気になれないのは、すでに後戻りできぬところまで、に惚れ込んでしまっているからなのであろう。
寄ってきたをそのまま腕の中に収め、空いている手を煙草に伸ばす。
 
「……なんて返事するんですか?」
「あ?」
「だから、その恋文」
「バカの一つ覚えみてーな言葉を並べられたところで、返す言葉なんか一つしか無ェよ」
 
好きだといくら訴えられたところで、話したこともない相手のどこを好きになると言うのか。
相手のことをどこまで知った上で、そのような事が言えるのか。
浮ついた恋文に対して土方が抱けるのは、せいぜいが冷めた感情だけである。
不機嫌ながらも大人しく腕の中に収まっているの存在に満足しながら煙草を銜え、土方はふと考える。
もしなら。が恋文を書いたとしたら。
それはどんな内容になるのか。
相手がなら、浮ついたような愛の言葉でも喜べるかもしれないと、現金なことを思う。
 
「オイ」
「はい?」
「お前なら、何を書く?」
「……はい?」
「だから、恋文だよ。書くとしたら、どう書く?」
「土方さんに、ですか?」
「それ以外に誰がいるんだよ、てめーに」
 
が他の男に恋文など書こうものなら、相手の男を即座に斬りに行きかねない。
強気なことを口にはしながらも、内心では「いるに決まってるじゃないですか」などとが返してこないか、冷や汗ものであったが。
どうやらにも異存は無かったらしい。「それもそうですね」と、素直に頷いている。
ここで土方が内心安堵したことなど、は気付いてもないのであろうが。
そして、小首を傾げて素直に恋文の文面を考えている。
肺の中の煙を吐き出しながら、待つことしばし。
 
「『報告書真面目に書くので付き合ってください』、とか?」
「オイ」
「『付き合ってくれたら、毎晩ご奉仕いたします』、とか?」
「……マジか?」
「冗談です」
 
思わず聞き返してしまったものの、即座に否定され、土方は思わず落胆した。
一瞬でも、そんな恋文なら(当然、差出人は限定だが)大歓迎だと思ってしまった自身が恨めしい。
だがその前に、それはもはや恋文とは呼べぬ代物であろう。
恋文と言うからには、もう少し情緒や色香といったものを求めたいところである。
そこを指摘してやると、「だって土方さん、普通の恋文なんか見向きもしないじゃないですか」と、が当然のように返してきた。
確かにその通りではあるので、土方としては言い返すこともできない。
しかし、多少はその気持ちを汲み取ったのか。
再び小首を傾げて考えていたは、「それなら」と口を開いた。
 
「『あなたの傍にいたいです。傍にいて、あなたを守って死ぬことが、私の望みです』なんていうのは、どうですか?」
 
我ながら結構ロマンチックだと思いますよ、と照れたように言うの言葉は、半分は間違いではないだろう。
傍にいたい、と。
たとえ文字であっても、そうから伝えられたならば。
その一言だけで、十分すぎるほどの幸せを感じられる自信が、土方にはある。
だが、問題は。
 
―――なに勝手に死んでんだよ」
「はい?」
「守って死ぬ、だ? 自己満足は迷惑なだけだろーが」
 
のその気持ちは、確かに嬉しくないわけではない。
ただそれ以上に、自分のせいでを失いたくないのだ。
さほど短くもなっていない煙草を灰皿に押し付けると、土方はの顔を自分に向ける。
いつしかその顔からは不機嫌さは消え、きょとんと目を瞬かせている。
の機嫌が直ったことに関してだけ言えば、この話題はあながち悪いものでもなかったのであろう。
それでも土方には、言っておきたいことがある。
 
「例えばだ。俺がお前を守って死んだら、お前はどう思うんだ」
「仮にも真選組の副長の立場にある人間が、ほいほいと命を投げ出さないでください」
「だから、お前がどう思うのかって聞いてんだろーが」
 
これで「嬉しいですよ」などと返ってこようものなら、土方は悩んだかもしれない。
だがは、土方の言いたいことがわかったらしく、手をぽんと打った。
自分を守って死なれても、死んだ当人は満足するかもしれないが、残された人間は何を思うのか。
それがわからぬではないだろう。
 
「なら、これはどうですか?」
 
大真面目な顔で、が土方の目を見つめる。
真っ直ぐに。迷いも無く。
 
「『あなたが死んで未亡人になったとしても、私は世間の荒波に負けずに生きていきます。だから心配しないでください』というのは」
「お前、それのどこが恋文なんだ―――……っ!?」
 
本来の目的を忘れてしまっているらしいに突っ込みかけ。しかし土方は不自然に言葉を止めることとなった。
その様子にが怪訝な顔を向けるが、それを気にしている余裕が今の土方には無かった。
引っかかってしまったのは、ただ一つの言葉。
さらりと流しかけたものの、気付いてしまえば流すことなどできるはずもない。
何の裏があるのかとの顔を見るも、「どうかしましたか?」と不審そうに尋ねてくるのみ。
ならば今の言葉は、深い考えも無く出てきたのであろうか―――「未亡人」などという単語は。
辞書など引かずとも、その意味するところは明白だ。「夫を亡くした妻」それ以外の意味など無いはずだ。
夫と妻。それは当然のことながら、婚姻関係にある男女の呼び名である。
そして今更確認するまでもなく、土方とはそのような関係には未だなっていない。
それなのにの口から出てきたその言葉に、土方は動揺の色を隠せなかった。
 
「土方さん。どうしました? やっぱり、おかしかったですか?」
 
対するは、首をかしげたまま。心配そうに土方の顔を覗き込む。
素直で人の好いのこと。言葉に何らかの意味を含ませていたのであれば、そのような表情は見せないであろう。
どうやらそれは、無意識下で出てきた言葉のようだ。
という事は、は、はっきりと口にはしなくとも、土方とそのような関係になることを望んでいるのか。
深読みするほどに、そして冷静さを取り戻すほどに、土方の口元に笑みが浮かぶ。
そんな土方に、はただ首を傾げるばかり。
 
「土方さん?」
―――あァ。そうだな。悪かねーな、それなら」
 
何か重要なものを色々と飛ばしてしまっているような気もするが、最終目的が「未亡人」ならば、肝心な通過点は一つしかない。
今はまだ、口にすることはできずとも。
腕の中、完全に機嫌が直ったのか、にこにこと笑っている
そのの気持ちが、推測どおりならば。
あとは、土方が覚悟を決めるのみ―――



<終>



タイトルは、「ご利用は計画的に」的フレーズで。
特に意味はありません。いいタイトル思いつかないんですよ。センス皆無なので。
しかし、こんな天然娘が隊士なんかやってられるのかと、書いてる私が心配になる。