「晋助」
 
故郷を遠く離れた地で、何の因果か再会してしまった幼馴染は、すっかり大人びた容貌で。
それでもその姿は、一目でわかるほどに馴染んだものだった。
 
「好きだよ」
 
それは、唐突に告げられた言葉。
だが高杉は、それを微塵の動揺もなく聞いていた。
目の前には、笑顔。しかし何かを悟っているのか、今にも泣き出しそうな様子すら伺える。
 
「ずっと、好きだったの……」
 
繰り返される、その言葉。
この幼馴染が何を訴えようとしているのか。
理解するつもりのない高杉は、けれども皮肉げな笑みを浮かべてその幼馴染に手を伸ばし―――
 
 
 
 
宵待月



 
好意を寄せてくる女というものは、実に都合のよい存在だと。高杉は常々そう思っている。
媚を売り、そうでなくとも求めれば、いとも容易く身体を開く。
気が済むまで抱くだけの、その場限りの関係。
高杉にとっては、幼馴染であるはずのもまた、それらの女たちと同列であった―――はず、だった。
だがは、他の女たちとは違っていた。
抱こうとした高杉の手を、拒絶した。
それでも無理に抱こうとすると、悲鳴を上げた。
恐ろしいものを見るような目で高杉を見て。
全身で以って抵抗をして。
その抵抗も虚しく、突き上げられた瞬間には、泣きじゃくっていた。
高杉のことを非難するでもなく、ただ、涙を流していた。
さすがに後味の悪さは感じたものの、どうせ一度限りの関係。
たとえ相手が幼馴染であろうとも、それは変わらない。
泣きじゃくるに声をかけるでもなく、背を向ける。
だが。
 
―――晋助」
 
涙声で。それでもは、高杉の背中に話しかけてきた。
ようやく非難する気になったのか。
背を向けたまま自嘲気味に口の端を上げる高杉。
しかし、かけられた言葉は、まったくの予想外のものであった。
 
「……好き、だよ……それでも、好きだから……」
 
まるでそれが言霊であるかのように、高杉は動けなくなる。
ありえるはずがない。
ほとんど強姦とも呼べるような抱かれ方をされ、それでも「好きだ」と言えるなどとは。
そんなものは、正気の沙汰ではない。
ならばは、もはや正気ではないのか。
そして。
その言葉に縛られたかのように、から離れられなくなってしまった高杉もまた、正気ではなくなっていたのだろうか。
 
 
 
 *  *  *
 
 
 
初めてを抱いたその日以来。
高杉は事あるごとにを抱くようになった。
他の女たちに対するのとは明らかに違う態度に、高杉は自分のことながら訝しむものの、それでもの言葉が、涙が、高杉を捉えて離さない。
幾度抱いても、飽きることのない身体。
そのは、どれだけ回数を重ねようとも慣れないのか、そのたびに抵抗する。
今にも泣き出しそうな、その表情で。
それがまた余計に、高杉を煽るのだということも知らず。
始めのうちこそ無理に押さえつけて行為に及んでいた高杉であったが、そのようなことをせずとも楽にを抱ける手段を、ここ最近になってようやく手に入れた。
 
―――俺のことが好きだと、言ったよなァ?」
 
ただ一言。
そう、の耳元で囁くだけ。
たったそれだけのことで、をあっさりと籠絡することができる。
抵抗しようとする力は抜け、快楽を覚えた身体は、施される愛撫に従順に反応するのだ。
高杉を縛り付けた言葉が、自身をも縛り付ける。
口吻けには甘い吐息を漏らし。
肌を辿る指には嬌声をあげ。
促せば、すんなりと足を開き。
与えられる快楽に身を捩り、更に求めるかのように高杉に縋りつく。
けれどもその瞳には、涙を浮かべたまま。
そんなが、高杉には―――
 
―――……何なんだろうな」
 
ぐったりと。行為の後、気を失うようにして眠りに落ちたの顔を見つめ、高杉は一人呟く。
すべてを拒絶するかのように瞳を閉じたその姿に苛立つこともあるが、今日はそんなこともない。
微かに揺れる睫毛に残る、一滴の涙。
それを拭ってやりながら思うのは、いつも同じ事。
 
「てめーは一体、何を考えてやがるんだ……?」
 
好きだと言いながら、抱かれることを拒み。
拒みながら、より一層の快楽を求め。
求めながら、歓喜のものではない涙を流す。
矛盾する、の態度。
いくら考えても答えなど出るはずもない。
自身に問い質したこともあったが、ただ哀しげに笑うだけで、一言も話そうとはしなかった。
それは、幼馴染であったはずの高杉が見たこともない表情。
記憶のどこを探しても、そんな笑い方をするの姿はどこにも存在しない。
あるのはただ、無邪気に能天気に、何の悩みも無いかのように笑う、そんな幼馴染の姿のみ。
逆に記憶の中のその姿こそ、再会してからはまるで見ていない。
泣き出しそうな笑顔だけが、相変わらずの顔に張り付いている。
 
なぜ、それが気になってしまうのか。
なぜ、から離れられなくなってしまったのか。
 
やはり、脳裏に浮かぶ疑問符に、答えを示してくれるものは無い。
ただ、仮定ならあるのだ。
あくまで、仮定でしかないが。
もし―――
 
「たとえば、だ。俺が……―――
 
たった一言。
続く言葉が、結論だと言うのならば。
そしてそれを口にしたならば。
の態度は変わるのであろうか。
あの頃と同じ幸せそうな笑顔を、一度でもいい。再び見せてくれるのであろうか。
だが、その一言は、今の高杉にはあまりにも重過ぎる。
 
「……たとえばの話、だ」
 
だから今日も、仮定は仮定のまま。
代わりにの顔にかかる髪に手を伸ばし、何とはなしに弄ぶ。
どうしようもなくに囚われている自身を自覚しながらも、それでも最後の結論にだけは至らない。
自分が自分であるために。
 
 
 
だが、高杉がに縛られているのは、変わらない事実。
今は殺している感情に、抗えなくなるのはいつの日か。



<終>



阿隙ケイ様の、5858キリリクです。
シリアスって難しいですね……はい。根がギャグな私には至難の業です。
ちなみにタイトル。意味はないようであるようで。いえ、あまり深刻に考えるようなタイトルでも無いです。
何はともあれ、キリ番申告ありがとうございました!