神様。
もう何を神頼みしていいのか、わからないけれど。
それでも神様。お願いです。
どうか、銀さんと―――
裏・レンタル彼氏
長い、長い、口吻け。
絡め取られた舌。
流し込まれる唾液。
それだけで蕩けそうなのに。
銀さんと一つになってしまうような、そんな錯覚を覚えるのに。
けれども。
もっと深いところまで繋がりたいと。一つになりたいと。
そんな思いが、自然と浮かんでくる。
今まで、こんなことを思ったことは一度も無かったのに。
きっと今のわたしは、今までのどの瞬間よりも、銀さんのことが好きでたまらないんだ。
だから。
「―――震えてっぞ? やっぱやめとくか?」
「ふっ、震えてなんかっ!」
「自覚くらいしよーな、?」
そ、それは、その。やっぱり怖いとか。そういうのはあるし。
だって、初めてなんだから。
でも! それでもわたしは、好きだから。銀さんのことが、どうしようもないほどに好きだから。
今ならいいって、そう思えたから。
「お、お願いだから……」
「……イヤ、お前。俺の理性ためしてんの?」
ためすとかためさないとか、そんな余裕、今のわたしにあるわけないでしょう!!?
そうは思っても、それを口に出す余裕すら、無くて。
心臓はうるさいくらいに鳴っていて。本当は銀さんの顔を見ていられないくらいに恥ずかしくて。だけど。だけど―――今ここで、抱いてほしくて。
だけど、わたしにはどうしていいかわからない。
出来ることなんて―――キスすること、だけ。
それも、触れるだけなんていう、自分でも子供っぽいと思うようなもの。
たったそれだけの行為だけど。
わたしの言いたいことは通じたのか。銀さんは笑いながら「了解」って言ってくれた。
後はもう、されるがまま。
何をどうしていいのかわたしにはわからないのだから、仕方がない。
いつの間にか肌蹴られた浴衣。
直に胸に触れられて、恥ずかしいのに、嬉しい。そんな入り混じった感情の正体が何なのか、わたしにはよくわからない。
けれど、その行為が決して嫌じゃないことだけは、わたしにも分かること。
それは今までには無かった感情。
ゆるゆると胸を触られて。首筋に舌を這わされて。
思わず口から漏れそうになった声を、わたしは何とか飲み込んだ。
だって、絶対に変な声になるってわかったから。
こういう時には出るものなんだって、知識としては知ってはいるのだけれど。
いざ自分が体験してみると、恥ずかしいものは恥ずかしい。
それなのに。それなのに銀さんってば、そういう乙女心、ちっとも悟ってくれないんだから!!
「なァ、? 声我慢してっと、身体に悪いぞ?」
わたしの首元から顔も離さず、銀さんがそんなことを言う。
人に話しかける時は相手の顔を見て、って教えられなかったの?
せめてそうしてくれたら、返事のしようがあったかもしれないのに。
今のわたしの肌は敏感すぎるくらいに敏感になっているのか。銀さんの言葉一つにすら、びくりと震えてしまう。
こんな状態で口を開いたりしたら、絶対に変な声が出るに決まってる!
それが嫌で、わたしは首を横に振った。のに。
「『啼かぬなら啼かせてみせよう不如帰』って標語、知らねーの?」
「それ標語じゃな―――ひぁぁっ!?」
「お、出るじゃん?」
思わずツッコんでしまってから後悔しても、後の祭り。
一度出てしまった声は、もう我慢することなんてできない。
ざらついた舌が胸を這い、腰を何度も撫で上げられて。
背中をゾクリと何かが走り抜けるような感覚に、わたしは切れ切れに声をあげてしまう。
自分でもはしたないと思うような、そんな声を。
恥ずかしいのに。恥ずかしいと、本当にそう思っているのに。
けれどもわたしは、何かを求めるように銀さんにしがみつく。
もっと、もっとと。どうしてそんなに求めてしまうのか、自分でもわからないまま。必死になって銀さんの首にしがみつく。
「? 気持ちは嬉しいけど、もうちっと力抜けねェ?」
「あ…もしかして、痛い…? ごめ――ゃっ、ぁんっ!」
「むしろ後でが痛くなるんだけどな……無理っぽいな、こりゃ」
い、痛いの? やっぱり痛いの!?
銀さんの言葉に、一瞬、身体が硬くなる。
そういうものだって、聞いたことはあるけれど。
覚悟だって、それなりにはしていたけれど。
だ、だけどだけど、やっぱり痛いのは―――っ!!
「悪ィな。もう止められそうにねーわ、俺」
「…ひぁっ…ぁっ!」
別に止めなくてもわたしは構わないとか。
でも痛いのはできればどうにかしてほしいとか。
銀さんに伝えたいことがあるはずなのに。
だけど私の口から出るのは、意味を成さない声ばかり。恥ずかしいのに、我慢するよりも先に声が口をついて出てしまう。
かろうじて残っている理性で、銀さんに痛い思いさせるのは悪いと、しがみついていた腕を外したけど。
「っ!? きゃあぁっ!!?」
「……イヤ、。もうちょい色気のある声出せねェ?」
これ次の課題な、なんて銀さんは呑気に言ってくる。
次とか課題とか、いつもならツッコんでるところ。
だけど今のわたしには、そんな余裕はどこを探しても見つからない。
余裕なんて、最初から無いのだけれど。
それでも。
さっきまでは半分隠れていたはずの恥ずかしさが、今は何よりも前面に出てきてる。
だ、だって! だって!!
「や、やだっ! そこイヤぁっ! ―――きゃぅっ、やっ、いやぁ…っ!」
「んじゃ『イヤじゃない』って10回唱えろ。イヤじゃなくなるから」
な、なにそれっ!?
イヤじゃないイヤじゃないイヤじゃないイヤじゃ―――やっぱりイヤぁっ!
言われるままに唱えてみても、効果ゼロ。
だって! ぎ、銀さんが今触ってるのって、その、その……っ!
わ、わかってるんだけど。そういうことするのはわかってたはずなんだけど。
いざ触られると、やっぱり恥ずかしいよ! 自分でしか触ったことないのに!!
恥ずかしさのあまり、顔を覆ってしまう。
けれど、何度もソコを撫でられてるうちに、ゾクゾクと背中を不思議な感覚が走っていく。
よくわからない、経験したこともない感覚。
その不思議な感覚に飲み込まれてしまいそうなのが怖くて、わたしはぎゅうと布団にしがみついた。
「―――やっぱ、止めるか?」
不意に手を止めて、銀さんがそんなことを聞いてきた。
笑ってるけど、その眼は真剣そのもの。冗談事なんか、微塵も見当たらない。
さっきは「止められない」なんて言ってたのに。
それでも、ここでわたしが「止めたい」と言ったら、銀さんは止めてくれるのだろう。
銀さんは優しいから。
わたしのこと、思ってくれてるから。
そんな銀さんだからこそ、わたしは好きで。どうしようもなく好きで。たまらなく好きで―――
「だ、だめっ!」
何か言わなければ、本当に銀さんはそのまま離れていってしまいそうで。
わたしは思わず、銀さんの首にしがみついた。
裸のまま抱きつくなんて真似、普段のわたしなら絶対にできないこと。
でも今は「普段」でもないし、悠長に恥ずかしがってる場合でもないから。
「違うのっ! こ、怖いけど、嫌じゃないのっ! だ、だから、だから……」
だから何をして欲しい、なんて言えるはずもなくて。
怖いけど嫌じゃない。我ながら矛盾した言葉にして感情。
その上、尻すぼみになった言葉に、どれだけの効果があるのだろう。
それでも、ここで止めてほしくなかった。それは本当だから。
だから、ぎゅうと銀さんにしがみつく。
「―――やべェよ。可愛すぎだっての、お前」
「え……ひぁっ、ぁんっ」
銀さんの言葉。それを理解するよりも先に、首筋に口付けられて、思わず声をあげてしまう。
とにかく、わたしの意志はどうにか伝わったみたいで。少しだけ安心。
幾度も首筋に胸元に口付けられて、もっと安心―――というよりも、気持ち、いい。
もしかしてこれが、快感っていうものなんだろうか。
さっきから感じていた不思議な感覚にようやく答えが出て、ほっとする。
だけど、それも束の間。
「っ!? ゃあっ!?」
「あー。ちょっとだけ我慢してくれねーか?」
そう言って、銀さんはわたしの口元にキスを一つ落としてくれる。
それだけで、なんでも我慢できそうな気になれるわたしは、単純なのかもしれない。
けれどやっぱり少し怖いから、返事の変わりに、銀さんにしがみついた腕に少しだけ力を込める。
わたしの中に差し込まれた銀さんの指が、それに応えるみたいにして動き出した。
最初こそは、思わず悲鳴をあげるほどに痛かったけれど。
ぐちゅ…とわたしの中で起こる卑猥な音が、ものすごく恥ずかしいけれど。
何より今は、快感が勝っている。
「結構濡れてんじゃねーの、?」
「やっ、言わないでぇ…っ、はぁんっ、ぁあっ」
経験なんかないけれど、恥ずかしい事を言われたのはわかる。
いやいやをするみたいに、子供のように首を振るけれど、口から漏れるのは子供とは程遠い喘ぎ声。
いつの間にか、わたしの中に挿れられた指は二本に増えていて。
ますますわたしの口からは、あられもない声しか出ないようになってしまう。
抜き挿しを繰り返され、中を掻き回されて。
身体全体が、痺れるような感覚。
もう怖いなんて感情は無い。
あるのはただ、快感を欲しがる本能だけ。
「―――そろそろ、いいか?」
何が、とは聞いてこなかったけれど。
経験の無いわたしにも、なんのことかはわかった。
何がどうなれば頃合なのかなんていう事は、わたしにはわからない。それでも銀さんがそう思うのなら、それでいいんじゃないのかな。
そう思ったから、わたしは黙ったままこくりと頷いた。
銀さんは笑って頭を撫でてくれると、口唇に触れるだけのキスをくれる。
なんだか子供扱いされてるみたいだ。
事実、こういうコトに関しては、わたしなんか子供そのものなのだろうけれど。
少しだけ、口惜しい。
けれど、悠長にそんなことを思っている暇なんて、無かった。
わたしのソコに、何かが当たったと思った途端だった。
「や、やぁぁっ! つっ、痛……っ!!」
「……悪ィ。」
突如として襲われた、引き裂かれるような痛み。
それまで感じていた、どこか甘ったるい快感を凌駕するような。
思わず悲鳴を上げると、銀さんは困ったような顔をした。
わたし、銀さんにそんな顔をさせたいわけじゃない。
確かに痛いけど。痛いのはイヤだって言ったけど……それでも、困らせたいわけじゃない。
それをどうやって伝えていいのかわからず、結局、銀さんにしがみついた腕に力を込めるしかない。
嫌じゃないって。ただそれだけを伝えたくて。
伝わったのかはわからないけれど、銀さんは何度もキスしてくれて、目尻に浮かんだ涙を拭ってくれて。
それで痛みが消えてなくなるわけではないけれど、悲鳴をあげずにやり過ごすことならできた。
銀さんが、わたしのことを気遣ってくれているのがわかるから。
さっきも思ったけれど、やっぱりわたしは単純なんだろう。結局、銀さんの態度一つで、自分自身すら騙してしまうんだから。
痛みを騙してやり過ごして。
ゆっくりとわたしの中に入ってきた銀さんの動きが止まると、二人して同時に溜息をついていた。
それがおかしくて、わたしと銀さん、顔を見合わせてどちらからともなく笑い出す。
「なに溜息ついちゃってんの、お前は」
「銀さんこそ」
銀さんは「それはお前、アレだよアレ」なんて、はっきり言ってはくれなかったけれど。
笑ってるから、嫌な意味で溜息をついたわけじゃないんだろうな。
それなら、どんな理由でもいいよ。
その代わり、わたしの溜息の理由だって教えてあげないから。
―――ようやく銀さんを受け入れることができたのが。銀さんに満たされてる気分になれたのが。それが嬉しかった。なんて理由は。
「まだ痛ェか?」
「……うん。ちょっと」
嘘をついても、どうせ銀さんを誤魔化すことなんてできないだろうから。わたしは正直にそう言った。
でも大丈夫だから、とも。
「悪ィな。」
「――っ!!?」
なんだか今日は、何度も銀さんに謝られている気がする。
何を銀さんが謝ることがあるんだろう。
けれど、それを問い質す暇なんてまるでなかった。
銀さんが動いたかと思うと、また痛みに襲われる。
さっきほどの痛みではなかったけれども、それでもあげかけた悲鳴を押し殺すので精一杯。
なんとか痛みをやり過ごそうと、またわたしは銀さんにしがみつく。
銀さんが謝ってばかりなら、わたしはしがみついてばかりだ。
だけど。
ゆっくりと何度も突き上げられているうちに、痛みとは違う何かがわたしの中を駆け抜ける。
それは、ついさっき知ったばかりの感覚。
「っあ、んっ…は…あっ」
堪えきれずに口から漏れたのは、痛みによる悲鳴じゃなかった。
こんな声を出しているのに、悲鳴じゃなくてよかったと安心してしまうわたしは、どこか変なのかもしれない。
そう、思わないでもないけれど。
口から漏れる喘ぎ声は、確かに恥ずかしいと思う。
それでも、気持ちよくて。
何より、嬉しくて。
銀さんと一つになれたことが、嬉しくてたまらなくて。
「……っ」
「あっ、いやぁっ…ぅんっ、ふ…ぁんっ」
だんだんと、銀さんの動きが早くなってくる。
だけど、もう痛みより、中心から身体中を駆け巡っていく快感に、頭がおかしくなりそう。
痛みから逃げたくてしがみついていたはずが、今は、押し寄せる快感に流されてしまうのが怖くて。それで銀さんにしがみついてる。
そんなことをしても、押し寄せる快感に、わたしは簡単に翻弄されてしまう。
耳元で何度も名前を呼ばれる、たったそれだけのことでも、痺れるような熱さを感じてしまう。
「銀さ…っ、ぁんっ、いやぁっ、もう…っぁああっ!!」
迸るような快感に飲み込まれて。
銀さんにしがみついたまま、頭の中が真っ白になって。
そのままわたしは、なにもわからなくなってしまった―――
* * *
パチン、と目が覚めた。
「お。目ェ覚めたか、?」
笑いながら銀さんにキスされた。
一瞬、何が起こっているのかよくわからなかったけれども。
すぐに思い出す。
わ、わたし、わたし……銀さんと、その……
途端に恥ずかしくなって、わたしは思わず布団の中に潜り込んでしまう。
だって! 思い出すだけで、ものすごく恥ずかしいんだから!!
銀さんが「お〜い、〜?」「今更恥ずかしがんなよ」「銀サンのこと拒否ですか、コノヤロー」とか色々言ってくるけど。
そう言われても、恥ずかしいものは恥ずかしいんだから!
なんだって銀さんは、そういうところをちっとも悟ってくれないんだろう。
さっきまではあんなに優しかったのに! のに……
……また思い出しちゃった。
火照る頬を思わず押さえてみても、それで熱が引くわけでもなし。
ただ銀さんと顔を合わせ辛いから、布団には潜り込んだまま。
すると、銀さんは焦れたのか、布団ごとわたしを抱き寄せてきた。
「なァ、?」
「……うん」
「俺、すっげェお前に惚れてんだよ」
「…………うん」
「舞い上がってたんだよ。悪かったな」
え? え?
どうして銀さんがまた謝ってるの?
わからない。
確かにその……痛かったけど。
でもそもそも言い出したのはわたしなんだし、それに……気持ち、よかったし。
銀さんが謝る筋合いは、どこにも無い―――
「避妊し忘れたんだわ」
「銀さん〜〜っ!!!??」
思わずわたしは布団を跳ね除ける。
恥ずかしいとかそんな思い、どこかに飛んでいってしまうほどの衝撃の事実が、わたしに突きつけられたわけで!
だ、だって!
避妊してないって、それって、つまり、その……出来ちゃってたら。
ど、どうすればいいのっ!?
時間よ戻れ〜!って戻るわけでもないし!
こういう場合、どうすればいいのっ!!?
わたしはこんなに焦ってるのに、目の前の銀さんはにやにやと笑うばかり。
さっきまでの神妙な声は、何だったの!!?
この天パー、一回殴ってやらないと気が済まない!!
思わず振り上げた腕を、けれど振り下ろすよりも先に銀さんに掴まれてしまった。
「まァ、気にすんな」
「気にするよ!」
「何かあったら、ちゃんと責任とってやるからよ」
「え……?」
責任って。責任って……どういう、こと……?
ぽかん、と。今のわたしは、絶対に間の抜けた表情をしていることだろう。
「何も無くても責任とるけどな?」との銀さんの言葉に、更に混乱。
ちょ、ちょっと待って。
なんだか話に追いつけないんですけど?
目を瞬かせるしかできないわたしのことがそんなに可笑しいのか、銀さんは笑ってばかり。
だけど、その顔が近づいてきたと思ったら。
「俺のことに、永久レンタルさせてやるって言ってんの」
最初にドキっときたのは、耳元で囁かれた低い声。
言われた内容をようやく理解できた時には、もう心臓が壊れそうなくらいに早鐘を打っている。
ドキドキが、怖いくらいに止まらない。
優しく口付けられて、ふと思い出す。
そういえばこの恋は、銀さんに「レンタル彼氏」をお願いしてから始まったんだと―――
<終>
まさか本当に裏まで書くとは思わなかったね!!!
なんだか妙に人気のあるシリーズなので、こんな終わり方で大丈夫なのかと、実は戦々恐々なのです……
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