凍えるような空気。
その対価は、一面の銀世界。
 
 
 
雪景色 〜雪兎〜
 
 
 
眠りを妨げられるほどの寒さ。
どこからか隙間風でも吹いているのだろうか。
そういえば障子の立て付けが少し悪くなっていたかもしれないと、夢うつつに土方は思う。
昼間、誰かに直させよう。
そう決めたのはよいが、さしあたっては今の寒さへの対策である。
などと、冷静に考えていたわけでもないが。
その「寒さ対策」を引き寄せようと、隣に手をやる。
が、その手は宙を掴むばかり。引き寄せたのは、歓迎もしない冷気のみ。
ここに至って、土方はようやく目を開けた。
 
―――……?」
 
呼んだ名の持ち主は、数時間前まで、その腕の中で嬌態を惜しげもなく晒していたはず。
尽き果てたあと、やはりこの腕の中で眠りについたはずなのだが。
しかしその姿は、今は見当たらない。少なくとも、目に見える範囲には。
その事実に軽く舌打ちをする。
情事の後の眠りから覚めた時、相手が腕の中にいないというのは、どうにも物足りない。
それが、最愛の恋人であるであれば、尚更のこと。
寝直そうにも、そのような気にすらなれない。
 
「どこ行きやがったんだ、アイツは……」
 
勝手にいなくなるんじゃねェよ、と、それこそ勝手なことを口にし。
ふと、障子を通して部屋に入る光が、やけに明るいことに気付く。
そして、障子がわずかに開いていることにも。
部屋を出るときに、が閉めそこねたのであろう。先程からの隙間風は、ここからのものだったのだ。
億劫そうに身体を起こし、床の上に脱ぎ捨ててあった着物に腕を通す。
もののついでと、煙草にも火をつけ、息を吐く。
吐き出された息が白いのは、煙草のせいだけではないだろう。
せめて隙間風を遮断するために、土方は障子を閉めようと立ち上がる。
障子に手をかけ、しかし、その隙間から一瞬見えた外の光景に、土方は障子を閉めるどころか、逆に開け放つことになった。
外は、一面の銀世界。
そういえば、夜のうちに雪が降ると、昨夜の天気予報で言っていた気もする。
が、そんなことは問題ではない。
 
「……何やってんだ。お前は……」
「あ、土方さん。おはよーございます」
 
土方の呟きに反応して、庭にいた人物が振り返る。
雪の中、にこにこと笑っているその人物こそが、つい先程まで腕の中で眠っていたはずの、である。
無邪気に笑うその姿には、昨夜の艶めかしさの名残はどこにもない。
それが少しばかり、残念だとは思うものの。
 
「で、何をやってんだ」
「え? だって雪ですから」
「雪だと庭駆け回るのか。犬か、お前は」
「いいじゃないですか! ほら!」
 
そう言ってがどこか誇らしげに目の前に掲げた物。
どこから拝借したのだろうか。小さめのお盆に、白くて丸いものがちょこん、と乗せられている。
 
「……雪だんごか、それは」
「違います! 雪うさぎです―――って、どうしてそこで笑うんですか!!」
 
の言葉に土方が思わず噴出したのも、無理はない話。
何せ、お盆の上に乗せられたものは、どう見ても、雪を丸めただけのものにしか見えないのだ。
せめて、一般的な雪うさぎの特徴である南天の葉や実がつけられていれば、判断しようがあったのかもしれないが。
目も耳もない状態の『それ』を雪うさぎと判断しろというのは、不可能である。
肩を震わせて笑いを堪える土方に、はぷぅと頬を膨らませる。
そんな姿すら愛おしいと思えてしまうのだから、我ながら重症だと、土方は思う。決して口には出せないが。
 
「もう、いいです! 絶対に雪うさぎだって、言わせて見せますから!!」
 
何をそこまでむきになる必要があるのだろうか。
膨れたまま、はうさぎの目と耳にするのに手頃なものを探そうと、きょろきょろと辺りを見回しながら歩き出す。
 
「って、ちょっと待て! 裸足かよ!!?」
「え? あ、中に入る時は、ちゃんと拭きますから」
「俺が言いたいのは、そんな事じゃねェよ!!」
 
先程までは、気にも留めていなかったのだが。
はこの雪の中、何を考えているのか、裸足で歩き回っているのだ。
とても正気の沙汰とは思えないが、に言わせれば「履物を取りに行くよりも先に、雪うさぎが作りたくなった」のだそうで。
正直、土方としては、その思考回路についていけない。
それこそ雪のように白いはずのその足は、雪の冷たさのせいで真っ赤に染まり。見るからに痛々しい。
 
「でも、そんなに冷たくないですよ?」
「それはお前、感覚が麻痺してんだよ」
 
言いながら、流石にそれはまずい状況なのではないかと土方は思う。
このまま放っておいたら、よくてしもやけ、悪ければ凍傷くらい起こしてしまうのではないか。
 
「あー。わかった。わかった。それはうさぎだよ、雪うさぎ。わかったから、早く中に入れ」
「そんないい加減に言われても、嬉しくありません! 絶対、絶対に誰が見ても雪うさぎな完成度に仕上げてみせ―――ひゃあっっ!!?」
 
の言葉が途中で遮られたのは、身体がいきなり宙に浮いたから。
と言っても、勝手に浮くはずもない。
いい加減に焦れた土方が、自身も裸足のまま雪の中に降りて、の身体を問答無用で抱き上げたのだ。
悲鳴をあげながらも、雪うさぎの乗ったお盆を落とさなかったあたり、は相当に雪うさぎに固執しているようである。
 
「……冷てェ」
「雪は冷たいに決まってます」
「俺が言ってるのはお前の身体のことだよ。馬鹿野郎」
「だったら、今すぐ下ろしてください」
 
だが、言われたところで、はいそうですか、と下ろすわけにはいかない。
そんなことをしたら、は気が済むまで雪の中に居続けるだろう。
せめて履物を履かせたとしても、次に待っているのは風邪である。
に風邪などひかせたくはない。
それに。
 
「うさぎってのは、白くて赤くて小さくて柔らかいもんだろ」
「え? あ、そうですよね。あと、淋しいと死んじゃう、とか」
「そうなのか? まァ、そんなのは―――
 
 
『お前一人で、十分なんだよ』
 
 
耳元で、低く囁かれた言葉。
の頬が紅いのは、決して寒さのせいだけではあるまい。
そんなの顔を満足げに見下ろすと、土方はを抱き上げたまま部屋へと戻る―――今度こそ、寝直すために。
 
 
 
ただ静かな、雪の朝。
二人を見守るのは、未完成の雪うさぎが一匹。
 
 
 
<終>
 

 
オチがわけわからないですね……
私にとっての土方さんは、かっこいい前にツッコミらしいです……