恋のギブ・アンド・テイク



が初めて銀時に出会ったのは、もう何年前になるのか。
店の人間に頼まれて、スナックお登勢へと行ったところ、カウンター席でひたすらパフェを食べている銀髪男を見つけたのだ。
何やら小汚さを感じ取ったは、一瞬眉を顰めたものの、それよりも本来の目的を果たす方が先である。
カウンターの中で煙草を吸うお登勢に、「これ、ウチの店長からです」と封筒を手渡すと、ついでに男を指差した。
 
「どうしたんですか、コレ?」
「転がり込んできたんだよ。居候さ」
「へえ。お登勢さんも人が好いですね」
 
口は悪くとも情は厚い。そんなところも、このかぶき町四天王の一人などと呼ばれている所以なのだろう。
銀髪男は、目の前で話題にされているのにも関わらず、一心不乱にパフェを平らげている。
小汚いと思っていたものの、よく見れば、男の身体のあちこちに見られるのは刀傷。
今は、攘夷戦争だなんだと争いの絶えない世の中。
それに巻き込まれたのだろうかと思えば、むしろ同情心すら湧いてくる。
 
「でも大変なんでしょうね、この子も」
 
にしてみれば、それは何気ない言葉であった。
かぶき町に住んでいれば、そしてそこで働いていれば、何人もの男たちと出会う。
その男たちに比べれば、目の前の銀髪男など、若すぎるほどに若い。
だから、無意識のうちに「この子」という表現をしてしまったのだが。
それが男には、気に食わなかったらしい。
パフェを食べていた手を止めると、不意にに顔を向けた。
 
「ガキ扱いしてんじゃねーよ、この年増」
「な……っ!!?」
 
この言葉に、はカチンと来た。
先程までの同情心は、一瞬にして消え去る。
自分とさほど年の変わらないであろう男に「年増」呼ばわりされたのだ。
確かに実年齢よりも上に見られることは多々ある。
むしろそうでなければ、このかぶき町で働くことなどできはしない。
だが、「年増」呼ばわりされて、怒り心頭に来ないわけがない。
 
「何よっ! ガキをガキ扱いして何が悪いのよっ!?」
「ガキじゃねェっつってんだろ。それより、怒るってことは図星ですか、年増ねーちゃん」
「年増言うな! 私は若いわよ!! 女に貢ぐこともできない男を大人とは私は認めないわよっ! このヒモガキっ!!」
 
そのまま睨み合う二人。
しかし、開店時間ではないとは言え、店内で騒がれてはたまったものではない。
お登勢は溜息をつくかのように煙草の煙を吐き出すと、口を開いた。
 
「アンタら二人とも、同じ年だよ」
「俺はこんなフケてねーよ!!」
「私、こんなガキじゃない!!」
 
瞬間、同時にお登勢を見やり、そして互いの言葉に、再び睨み合う二人。
そんな二人を見て、お登勢は呆れたように一言。
 
「似たもの同士じゃないか」
 
 
 
それは、もう何年も昔の出来事―――
 
 
 
 *  *  *
 
 
 
―――なに笑ってんだよ、
 
不意に笑みを浮かべたに、銀時が問いかける。
顔にかかる髪が気になるのか、横に流しながら、「んー。銀時と初めて会った時のこと」と、は素直に答えた。
 
「あの頃は会えば喧嘩してたのに。どうしてこんな関係になったのかと思って」
「成り行きだろ、成り行き」
 
今のは、一糸纏わぬ姿。それは銀時も同じ。
睨み合っていたあの二人が、年を経た今ではこんな関係。
銀時がこめかみに口付けるのを、はくすぐったそうに受ける。
出会った頃は、同い年のくせに年上ぶったような態度をとるのことが、銀時は気に入らなかったものだ。
それが、何がどうなったのか。
今では、腕の中で嬉しそうに口付けられているのことが、愛しくてたまらない。
時の流れとは、実に不思議なものである。
その白い肌に次々と紅い華を落としながら、銀時もまたと初めて出会った時のことを思い返す。
 
「そういやお前あの時、貢げない男は大人と認めねェとか言ってなかったっけ?」
「ああ、うん。今でも思ってるけど」
「なら俺は? 俺、別に貢いでねェんだけど。そんな男に抱かれてもいいわけ?」
「んー? ほら、銀時はさ。私におやつ貢いでくれてるじゃない」
 
だからいーの、と笑うの姿は、どう見ても子供っぽい。
それでいて、時には逆に銀時のことを子供扱いするのだ。
普通ならば腹を立ててもいいところであろうが、そんなところすら可愛いと思えてしまう銀時は、もはや重症なのかもしれない。
胸中で銀時が苦笑しているのにはさすがに気付いていないであろう。甘えるように、今度はから口付けてくる。
事後のこの空気が、銀時は決して嫌いではない。
お互いに甘え、甘やかし。
気だるくも甘ったるい空気は、どんな甘味よりも濃密で、酒気よりも酔わせてくる。
 
「ねぇ、銀時」
「どした?」
「お腹すいちゃった。なんかおやつ作って」
「いつも俺じゃねー? 俺を全自動おやつ調理器扱いですかコノヤロー」
 
文句を言いながらも、口付けを止めることはない。
この後に続くの言葉は、いつも同じ。
そしてその言葉に銀時が結局折れてしまうことも、いつも同じ。
白い肌、余すところ無く口付けられ。
少しばかり息を弾ませながら、それでもはくすくすと笑う。
 
「だって、銀時が作るおやつが、一番なんだもの」
 
その言葉が、銀時の自尊心をくすぐる。
だが、与えるばかりでは面白くない。
 
「なら、先に一発。な?」
「それなら、おやつはいっぱいサービスしてよね?」
 
まるで餌付けしている気分だと、銀時は思う。
おやつの確約に満足したのか。誘うように銀時の顔を引き寄せる
されるがままになりながら、不意に思い出す。
犬猿の仲とも言われたほどの二人が意気投合した瞬間を。
それはなんの偶然だったか。銀時が作ったケーキだかパフェだかをが食べた時。
どうやら甘味大好き人間だったらしいは、それをいたく気に入り、一転して銀時に懐いてしまったのだ。
とはいえ、それは単なるきっかけ。
こんな関係に至った経緯は、また別の話。
だが、重ねられた口唇に、深まる口付けに、銀時は思考を外に追いやる。
今この瞬間、昔のことなど関係ないのだから。
 
 
 
甘え、甘やかし。
与え、与えられ。
 
決して一方通行にはならない。
それが、大人になった二人の信条。



<終>



ちょっと大人っぽいのを目指そうと思ったのに、「おやつ作って」で一気に急降下。
他の台詞は無かったのか、と。我ながら何をやってんだか。