掌の温度
目を開けると、天井があった。
自分の部屋ではないけれども、それは見慣れた天井。
すぐに私は、自分が今どこにいるかを悟る。
悟ったけれども。
だけど私には、この部屋で寝たという記憶は無い。
ああ、それはもちろん、寝たことは何度もあるけれども。そういうことじゃなくて。
大体、今日はこの部屋に来る予定は無かったはず。
今日は、体調が悪いからお店を休もうと思って、それで病院に行くついでに寄って話をしたら、休みはくれたけれども更についでにお登勢さんへのお使いを頼まれて。
ええと、お登勢さんに、町内会の資料だかなんだかを渡したのは覚えてる。うん。
だってものすごく心配されて、しばらく休んでいけって言われたから。そこまで酷かったんだろうか、私の顔色。
で……あれ? そこからの記憶が、無い……?
あれ? マジ? マジですか、これ?
「お。気がついたか?」
その声は、耳に馴染んだもの。そして、この部屋の主のもの。
首だけ動かせば、当たり前だけど、銀時がいた。
私の頭のすぐ横に座って。膝の上に広げてる雑誌はどうせジャンプだろう。
そんな銀時がこの部屋にいるのは当たり前。
当たり前じゃないのは、私がこの部屋にいて、しかも寝ていたこと。
一体、何がどうなっているのか。
この状況、銀時なら一から知ってるだろう。問い質そうと口を開いたけれども。
口を開いて、声を出そうとして。声の代わりに、猛烈に咳き込んでしまった。
猛烈なんて表現はおかしいかもしれないけれど、そうとしか言いようがない。なにこの苦しさ。痛いんだけど。めっちゃ痛いんですけど、喉が。
どれくらい苦しいかって、思わず涙目になるくらい。
ようやく咳が治まったかと思っても、言葉を出す気力すらない。
ああ、もしかして私、結構重症?
「オイオイ。無理すんなって」
珍しく銀時の声が優しい。気がする。
見上げると、困ったように笑う銀時の顔。やっぱり珍しい。
なに。やっぱり私、それだけ重症ってことですか?
「風邪でぶっ倒れる前に医者行っとけよ。俺がババアに怒られたじゃねーか」
どうしてそこで銀時がお登勢さんに怒られるのか、わからないけど。
つまり私は、お登勢さんのところで倒れたんだろうというのはわかった。
一応、これから医者に行く予定ではあったんだけど。遅かったってわけか。
色々と言い訳はあったけど、口に出す気力は皆無。
やっぱり重症。こんなことなら、もっと早く病院行っておくべきだったかも。
今更思ったところで、後の祭りか。
なんか本当に、自分が情けない。
落ち込んでみたところで、それで咳が止まるわけでもないけれど。
不意に、額にひんやりした感触。
何かと思えば、それは銀時の手だった。
「あー。さっきよりは下がったんじゃね? 熱」
……あったんだ。熱。
でも、ひんやりとした掌を気持ちよく感じるって言うことは……熱、あるんだろうな。
それにしても、本当に気持ちいい。
普段はそんなこと意識したことなかったけど。
大きくて、冷たくて。それでも優しい、銀時の手。
それがあっさりと離れていってしまって、私は思わず腕を伸ばした。
思うように動かない身体だから、それは緩慢な動作でしかなかったけど。
それでも銀時には、私が何を望んでいるのか伝わったらしい。もう一度、額の上に手を置いてくれた。
「なに甘えちゃってんの、?」
銀時の声は、笑ってはいるけど怒ってはいない。
そのことに、少し安心。
甘えてる。
それは自覚してる。
手が離れたくらいで、一人にされたような錯覚を覚えるなんて、普段ならバカらしいと思うんだろう。
けれど病気の時は、どういうわけか心細くて。誰かに傍にいてほしくて。
額に置かれた冷たい掌の温度に、ほっとして。
だから。
「……もう、すこし……」
かすれた声で、どうにかそれだけを口にする。
もう少し。もう少しだけでいいから、このまま……
ゆっくりと目を閉じると、額に置かれてた手が、そのまま頭を撫でてくれる。
本当、子ども扱いされてる。
それなのに、妙に嬉しくて。妙に気持ちよくて。
たまには、こんなのもいいかもしれない。なんて思いながら。
襲ってきた睡魔に、ゆっくりと身を委ねてみた。
<終>
寝込んだ時って、誰かに甘やかされたくなりませんか?
もしくは、桃かプリンが無性に食べたくなる(笑)
|