夏と桃と二人の関係



「神楽ちゃーん、いるー?」
 
万事屋に、女性特有の、高く柔らかな声が響く。
それは、万事屋に馴染んだ声。
玄関の戸が開く音と共にこの声が響けば、いつもならば一人か二人、その声の持ち主を迎えに出るほどだ。
しかしこの時に限っては、呼ばれた当の本人・神楽は生憎と留守にしていた。
代わりに出迎えたのは、別の声。
 
「神楽ならいねーぞ。ちなみに新八もいねー」
「え? もしかして今、銀さん一人?」
 
玄関から続く戸を開けて、ひょいっと顔を覗かせたのは、万事屋お馴染みの
きょろきょろと事務所内を見回してから、「ほんとだ」と納得して部屋の中に入ってくる。
その手にはかごを提げて。
そしてそのかごの中には。
 
「マジ? 桃じゃん。桃!」
「……目ざといなぁ、銀さんは」
 
旬の果物とは言え、桃は高いもの。
その高価なものがかご一杯に入っているのだから、銀時でなくとも目を輝かせるであろう。
苦笑するがかごを机の上に置くよりも早く、銀時はその中身に手を伸ばす。
適当に一つ手にとってみれば、その桃はひんやりと程よく冷えている。
 
「神楽ちゃんがね。この前一緒に出かけたとき、桃を見て食べてみたいって言ってたから」
「なんだよ。は俺より神楽かよ」
 
とは言え、かご一杯の桃。
これを全て神楽のためだけに用意したわけではないだろう。
仮にそうだとすれば、銀時が手に取った時点で、制止の声の一つも出るはずである。
それが無いのをいいことに、皮を剥く手間すら惜しむように銀時はそのまま桃に齧り付いた。
 
「ちょっと、銀さん。皮くらい剥いたら? 口の中がちくちくするでしょう?」
「あァ? ちんたら剥いてたら桃が温くなるだろーが。それに」
「それに?」
 
隣に座って首を傾げる
その手には、やはり桃が一つ。皮を剥きかけた状態で乗っている。
いつの間にかご丁寧にも机の上にティッシュを広げて、きれいに剥いた皮はその上に。
だが、きれいに皮を剥いている反面、その手は桃の汁でべたべたになっている。
まだ半分程度しか剥いていないというのに、その有様。
桃は確かに美味しいのだが、皮を剥こうとすると必ずこうなってしまう点がいただけない。
そんな銀時の視線に気がついたのか、は「あー」と一人頷いた。
 
「でも、仕方ないよ。だからって、皮ごと食べようとは思えないし」
「俺は思えるね。だって勿体ねーじゃん」
 
桃を食べるなら汁まで味わおう、汁まで。
などという主張があるわけでもないが。
皮剥きを再開するの手元に視線を注ぎながら、銀時は自分の手元の桃に再び齧り付く。
ややあって、銀時はぽつりと呟いた。
 
「……なんかエロいんだよな、それ」
「え?」
 
きょとんと目を瞬かせる
それはそうだろう。
桃の汁で濡れた手を見て、何かしら卑猥さを感じる方が、どうかしているのかもしれない。
だが。
赤い舌をちろりと出して濡れた指を舐める、その仕種。
そんな姿を見せられて、何も感じずにいられるわけがない。
自身は特に何も考えていない無意識の行為なのであろうが、見せ付けられる銀時にしてみれば、理性の限界に挑戦させられているようなものである。
そして自身でもわかっていることだが、銀時の理性はお世辞にも丈夫なものではないのだ。
耐えようと残りの桃を口に入れるも、食べてしまえば気を紛らわせる手段にもならない。
 
「? 銀さん?」
 
じっと、ただ一点を見つめたまま黙り込んでしまった銀時に、は首を傾げる。
純真無垢とも言えるような素直なその双眸と、それとは真逆の、卑猥ともとれる仕種。
そのギャップには、目眩を覚えるほど。
吸い寄せられるようにして銀時はの右手を取ると、その濡れた指を一本、口に含む。
 
「やっ!? ぎ、銀さんっ!!?」
 
抗議の声をあげてが手を離そうとするも、銀時の力に勝てるはずもない。
左手には、剥きかけの桃。それをどこかに置いたとしても、濡れた手で迂闊にどこか触る気にはなれないであろう。
中途半端に掲げられた左腕。
それを可笑しげに横目で見ながら、銀時はの指を一本一本、丹念に舐め上げる。
指が終われば、掌まで。
そこに残っている桃の汁だけでなく、自身をも味わい尽くすかのように。
 
―――甘ェな、マジで」

甘いのは桃か、それとも自身か。 
にやりと笑うと、次は左手を引き寄せる。
その手に乗ったままであった桃は、かごの中へ戻し。
左の人差し指を口に含み、舌を這わせる。
何の抵抗もすることなく、されるがままになっているの顔を見ると、そこに浮かんでいるのは、眉間に皺を寄せ、何かを耐えるような表情。
その表情を、銀時はよく知っていた。 
 
「なに。もしかして、感じちゃってるワケ?」
「ち、ちが……っ!」
 
それは、が情事の最中に声を押し殺している時と同じ表情。
は否定するものの、赤くなった頬と、やや荒くなっている呼吸は、銀時の言葉を肯定しているようなものである。
からかうように、銀時は殊更ゆっくりと、の指を舐め上げる。
もはや舐めるだけでは飽き足らず、甘噛みしたり、吸い上げたり。の白く細い指を、銀時は口先だけで執拗なまでに弄ぶ。
だが、たったそれだけの行為で、の口からはすでに甘い吐息が漏れるまでになっていた。
 
「ぎ、銀さん…っ、や…ぁっ」
「んー。イヤって言われてもなー」
 
名残惜しそうに、銀時はの指から口を離す。
結局、の手は唾液に塗れてしまっているのだから、桃の汁を舐め取った意味は無い。
意味があるとすれば、それは。
 
「今更そんなこと言われても俺は、もうその気になってんだよ」
 
そう言ってにやりと笑うと、が反論する間もなく口吻ける。
とっくに抵抗する気力が奪われているは、されるがまま。
その代わりのものを求めるかのように、銀時にしがみついてくる。
絡み合う舌は、この上なく甘い。それこそ、つい今しがたまで味わっていたはずの桃よりも。
癖にならずにはいられない、その甘さ。
 
―――ま、残りの桃は神楽にやるか」
 
それよりもだよ、。と。
潤んだ瞳で見上げてくるをソファに寝かせると、銀時はその上に覆いかぶさった。



<終>



途中で何を書いてるのかわからなくなってきました。
元ネタは、某様との(アホな)メールのやり取りです。

 私「望ちゃん(封神演義の軍師様)みたく桃を皮ごと食べると、口の中はむずむずするし、手はべとべとだし。望ちゃんよくやるよ」
某様「それは、ちゅうして口直しするためなんですよ!」
 私「んじゃ、手は? 舐めてきれいにしてもらうとか?」
某様「べとべとになった手は、舐めてもらうためにべとべとになったのであって!!」
 私「エロいですよ、それ」

……こう、あまり深く突っ込まないでおいていただけるとありがたいです。はい。