ご利用は確信犯的に
白々と夜が明けていく。
それでも街中は薄暗い。まだ夜明け前と言っても差し支えのない、そんな時間。
時折姿の見える人々は、かぶき町の夜の住人たち。
そして。
「一週間、ありがと。銀時」
「どーいたしまして」
まだ薄暗いかぶき町の通りを、並んで歩く二人の人影。
仕事を終えたと、それに万事屋の仕事の内で付き合った銀時である。
いくら昼間に寝ているとは言え、一晩中起きていたのだ。耐え切れなくなって欠伸をする銀時に、は「ごめんね」と素直に謝った。
「でも、銀時のおかげで、もうあの人来ないと思うから」
「いーのか? 大事な金蔓が一人いなくなっちまって」
「金蔓って……」
そういう言い方しないでよ、とのの言葉に、銀時は気のない素振りで再び盛大な欠伸をする。
事の起こりは一週間前。
勤め先のスナックでしつこく言い寄ってくる客をどうにかして欲しいと、が銀時に頼んだのが始まり。
曲がりなりにも客である以上、手荒いことはできず、ならば客同士でどうにかしてもらおうと考えたのだ。
始めの三日間こそ、銀時に負けじと通いつめてきた男であったが、さすがに銀時に木刀で散々に殴りつけられて、のことは諦めたらしい。
残り四日間、様子見のために銀時に来てもらっていたが、もう大丈夫だろうとは納得したのだ。
今日はその最後の日。
止まらない欠伸を今度は噛み殺しながら、「それよりも」と銀時が話を切り出した。
「報酬は?」
「え、私から取るわけ? お店で散々飲んだじゃない」
「当たり前だろ? アレは必要経費ってヤツだよ。ソレはソレ、コレはコレだよ、お前」
世の中なめてんじゃないよ、と続けられた銀時の言葉には納得するものの。
それでも恋人のお願いくらい、無償で聞いてくれてもいいではないか、というのがの言い分。
かと言って、それを口にしたところで、銀時が素直に頷くとも思えない。
少々くだらないことかもしれないが、これは互いに譲れない事。
さて、どう言いくるめれば、報酬を払わずに済むものか。
しばし悩んだ挙句、が出した結論はこれだった。
「じゃ、身体で払うから。ね?」
とんっと身軽に銀時の前に回り、銀時の目を見つめる。
更ににとびきりの笑顔も加われば、落ちない男はいない。
それは、このかぶき町で生きていく上でが身につけた処世術―――のはずなのだが。
「オイオイ。冗談じゃねーよ。こういう時は現金だろ現金。お母さんに習わなかった?」
そこは銀時。伊達に恋人はやっていないのだ。
のおねだりの仕方は熟知しているし、その受け流し方も身につけている。
勝ったと言わんばかりに笑うと、銀時はの横を通り過ぎる。
まるで駄々をこねる子供を宥めるかのように、の頭を軽く叩きながら。
だが、これで大人しく引き下がるではないのだ。
「あ、そう。いらないんだ、私の身体」
「イヤ! ちょっと待て! いる! いるに決まってんだろ!!」
つまらなさそうなの言葉に、反射的に銀時が否定する。
口走ってしまってから、しまったと思っても後の祭り。
慌てて振り返った先には、それこそ勝ち誇ったかのようなの姿がある。
嫣然と笑みを浮かべる様は、まさに夜の蝶。男を惑わし、捉えて離さない。
「じゃ、身体で支払いね?」
「……んなの、ありかよ」
「いらないなら、いいけど?」
「……いります」
降参とばかりに、銀時は両手を挙げる。
だが、それも束の間。すぐさまにやりと笑みを浮かべた。
「で、今から払ってくれるんだろ? 身体で」
「……今からぁぁぁっ!!?」
時間も場所も弁えずに叫んでしまったの腕を掴むと、銀時は一転して機嫌よさげに歩を進める。
向かう先は当然、ホテル街。
どうやら本気らしいと悟ったは、諦めの溜息をつきながらも、それでも最後の抵抗だけは試みてみる。
「銀時、眠いんじゃなかったの?」
「あァ? 俺もムスコもバッチリ覚醒中ですよコノヤロー」
つい先程までの欠伸はどこへやら。
鼻唄交じりで歩く銀時と、諦めて腕を引かれるままに付いて行くと。
二人の夜は、もう少しだけ続く。
<終>
単に、「身体で払う」てな台詞を言わせたかっただけ(爆)
元ネタは、赤川次郎の、今野夫妻シリーズのどれかから(覚えてない) C線上のアリア、だったかなぁ。
タイトル、正しくは「故意犯」なんでしょうが、「確信犯」の方が語呂が良くてつい。
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