たとえばこんな幸福絵図



「ああ、疲れたー」
「ごくろーさん」
 
伸びをするに声をかけ、銀時はソファに腰を下ろし、傍らのジャンプを手に取る。
あえてソファの端に座ったということは、暗にに隣に座れと言っているのだろう。
それを正確に読み取ったは、けれども少し笑うと台所へと向かう。
ややあって戻ってきたその手にあるのは、労働後に一息つくためのお茶。
一つは銀時の前に置き、もう一つの湯のみは手に持ったまま、は銀時の隣に腰を下ろした。
そのまま一口飲むと、満足したように万事屋内を見回す。
 
「それにしても、きれいになったよね。ほんと」
 
数時間前まで、ここはあわやゴミ屋敷になりかねないほどの惨状だったのだ。
ジャンプや新聞は、一体どれだけ放置してあったのか。
ゴミ袋も、分別ができていないと町内会から突き返されたものをそのまま放置。
新八ができるだけ片付けていたらしいものの、それにも限界というものがある。
さすがにが顔を顰めるような状態に至って、ようやく銀時の重い腰が上がったのだ。
そして行われたのが、万事屋一同にプラスしてをも巻き込んでの大掃除。
銀時がサボろうとしたり、神楽が掃除をしようとして逆に破壊活動を行っていたりと、決してすんなりと物事が運んだわけではないのだが。
それでも数時間に及ぶ騒動の結果、ようやく大掃除は終わったのだ。
そして現在。
「みんな頑張ったから、今日のお夕飯は何でも好きなもの作ってあげるよ」のの言葉に、新八と神楽は材料の買出し中。
残った銀時とは、万事屋で一休みといったところ。
並んで座ったまま、これといった会話も無く、ただ銀時がジャンプをめくる音が時折聞こえるのみ。
外の喧騒さえ聞こえるような、そんな静けさが万事屋内に満ちていたが、それは決して落ち着かない類のものではなく、むしろ心地よさすら感じるもので。
そんな沈黙の中、不意に空気が動いた。
が手に持っていた湯呑みを机の上に置くと、もぞもぞと身動きする。

「ね、銀ちゃん。ちょっと寝ててもいいかな?」
「あ? いいんじゃね?」
 
なんだか疲れちゃった、とのの言葉に、銀時はジャンプから目を上げないままに返答する。
 
「ありがと。じゃあ、二人が帰ってきたら起こしてね?」
 
笑みを浮かべてそう言うと、はそのままソファにもたれて目を閉じる―――かと思えば。
しかしは、銀時が読んでいるジャンプをその腕ごと持ち上げると、ころんと横になった。頭を銀時の膝の上に乗せて。
突然のことに銀時は目を瞬かせる。
が、我に返る頃には、すでには夢の世界の住人となっていた。
 
「……マジ? これってマジなわけ?」
 
今の状況は、俗にいう「膝枕」。
どうせならば逆がよかったと銀時はちらりと思う。
何を考えたところで、この状況が変わるわけではないのだが。
それでも、膝の上で無防備な寝顔を晒されては、呑気にジャンプを読むどころでもない。
 
「もしもーし。サーン?」
 
呼びかけてみても、むずがりはしても目を開ける気配は無い。
確かに疲れてはいたのであろうが、男の前であっさりと熟睡してしまうというのは、よほど銀時のことを信じているのか、そもそも男と見なしていないのか。
できれば後者は御免だと、銀時は胸中で考える。
 
「俺はそこまで安全な男じゃねェんだけどな?」
 
とは言え、ここまで信じきられてしまうと、襲う気にもなれない。
続きを読むことを諦めてジャンプを放り出すと、銀時は膝の上で静かに寝息を立てているの頭を撫でてやる。
が、その手を止めると、身体を屈め―――眠っているの額に、掠めるように唇を落とした。
 
「ま、これくらいは役得ってことで」
 
苦笑しながら、再びの頭を撫でる。
その穏やかな寝顔は、どれだけ眺めていても飽きない気もするが、同時に眠気も誘ってくる。
欠伸を噛み殺しながら、銀時は考える。
新八と神楽が戻ってくるまで、まだしばらく時間があるだろう。
再び出た欠伸を、今度は噛み殺すことはしなかった。
誘われるままに銀時は、両の目を閉じる。
手は、変わらずの頭に添えたまま。
 
ほどなくして、二つの寝息が、万事屋内から聞こえた。



<終>



11800HITリク「甘い話」ということで。
阪神快進撃で呆けた脳ミソでは、「甘い話=膝枕」という図式しか思い浮かびませんでした……
でも膝枕は、するよりもされたいです。だってその方が楽だから。