「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花」
 
この言葉は、まさに彼女のためにあるのだと。
彼女を知る人間は、誰しも口を揃えて言う。
 
ただ一人を除いては―――
 



猫かぶり姫 −彼女の猫は餌要らず−



 
犬も歩けば棒にあたる。
彼女の場合は、歩けば恋文を差し出される。
一体、彼女の何が良くて男たちは恋文などしたためるのかと、土方は不思議でならない。
 

 
真選組隊士でありながら、容姿端麗。性格温厚。
見廻り中、泣いている子供を見かければあやしてやり、店番をする老人には様子を尋ねたり。
そのくせ、一たび刀を抜けば、男とやり合おうとも決してひけをとらない。
人好きのする顔立ちと性格。誰からも愛される女。
 
果たしてそんな女が本当に存在すると、信じているのだろうか。
 
信じているとすれば、実に滑稽だ。
同情は禁じえないが、彼らはもう少し人を見る目というものを養うべきであろう。
横目に映る人影に、そんなことを土方は思う。
その人影は、視界の隅でごろごろと寝転がり、時に肩を震わせて笑っている。
手には、見廻り中に手渡された恋文のうちの一通。
声を出して笑わないのは、渡してきた男へのせめてもの良心か。
だが同じ男としては、やはり笑われているのは気の毒になってくる。
 
「てめー。いつまで笑ってんだ」
「だ、だって…! これこれ……っ!!」
 
土方に文を手渡すと、とうとう堪えきれなくなったのか、はげらげらと笑い出した。
その姿に冷たい一瞥をくれてから、土方は手渡された文に目を通す。
丁寧に書かれた文字は、さすが恋文といったところか。
想い人にその想いを伝えるのに、まさか乱筆では不味かろう。
だがそのおかげで、一言一句、過たずに綴られた言葉を追うことができてしまう。
 
曰く『貴女はまるで天女のよう』
曰く『その笑顔に冬は閉ざされ草木は芽吹く』
曰く『神の造形物の如きその姿には、幾万本の花の美しさすら霞む』
 
途中まで読み進めたところで、土方もげんなりとしてきた。
他人を見る目が無いにも程がある。
視線の先では、が腹を抱えて笑い転げている。
この姿の、どこが天女で神の造形物なのか。
大口を開けて笑うその姿で、何がどうなれば草木が芽吹くというのか。
 
恋文の差出人の感性というものを心配しつつ、しかしそれも仕方の無いことかと思わないでもない。
元々の容姿に加えて、その異常なまでの外面の良さ。
八方美人と陰口を叩かれることもあるようだが、それでも好意を寄せる人間の方が圧倒的多数を占めている。
ここまで見事な猫を被る人間を、土方は他に知らない。

「でも土方さんは、一目で私の本性見抜いたじゃないですか」
 
ようやく笑いの治まったらしいが、意味ありげな笑みを浮かべて言う。
確かに土方は、が被った猫を一目で見抜いた。
見抜いたと言っても、猫そのものを見抜いたわけではなかったのだが。
隊士を募集した時に応募してきたは、剣の腕前もさることながら、その人当たりのよい性格で、あっという間に近藤に気に入られてしまった。
だが、初対面のは、何かを隠し持っているとしか土方には思えなかったのだ。
場合によってはその場で斬ってしまおうと、密かにを呼び出し問い詰めたところ、初めは白を切っていたも、最後には土方の言葉を肯定して大笑いした。
「私の飼ってる猫が見える人に、初めて会いました」と。
結局、隠していたのは彼女本来の性格。近藤が是非にと言うままには真選組に居つくことになり。
そして、相変わらず猫を被ったまま、今に至る。
  
「沖田さんにも見抜かれてますけどね。あの人はそれでも、表面上にそれを出さないので、私だって出してあげません」
 
まるで狐と狸の化かし合いやってるみたいですよ。
はそう言って、悪戯っぽく笑う。
その、どこかあどけなさの残る表情の方が、猫を被っている時の澄ました笑顔よりもに似合っていると思えるのは、土方だけの特権であろう。
当然ながら、本人に言うつもりはない。どうせ大笑いされるに決まっているのだ。
彼女の幻像に恋焦がれ、文まで渡してきた男たちを、こうして笑うように。
本人に悪気は無いのであろうが、だからこそタチが悪い。
まさに「知らぬが仏」とはこのことか。
知らなければ、それなりに幸せなのだろうが。知ってしまった以上はどうにもならない。
手に持っていた文をへと放り投げると、土方は煙草に火をつけた。
 
「で、返事はくれてやるのか?」
「それはもちろん。でなきゃ、『猫かぶり姫』の名が廃りますから」
 
どうやら沖田に命名されたらしいその二つ名を、は割合気に入っているようだ。
にこやかに、艶やかに。その笑みは、まさしく『猫かぶり姫』の名に相応しい。
本来のの姿に相応しいかは別として。
中身を知る土方にしてみれば、そのような笑みは、白々しいだけである。
それがわかっているのか。
不意にが、本来の笑みを――悪戯っ子のような笑みを、浮かべた。
 
「ところで、知ってますか?」
「何をだよ」
「『お姫様』は、『王子様』の手によって、本当の姿に戻れるんですよ?」
 
どこか意味ありげな言葉を向けて。
実に楽しそうに、は部屋を出て行った。
特に返答をするでもなく黙って見送った土方は、しばらく煙草を銜えたままかと思うと、不意に頭を掻きだした。
 
「オイオイ……俺に深読みさせるつもりかよ、アイツは」
 
煙草を手に、煙を吐き出す。
そのまま煙草を銜え直すことも無く、ただの言葉を胸の内で反芻する。
姫だの王子だのといったお伽噺じみた単語が、の口から出るに似つかわしいかは、この際ともかくとして。
問題は、その言葉の意味である。
そのまま受け取るには、何も問題は無い。お伽噺の王道とも言える話のオチだろう。
だが、が意味も無くそのような話を持ち出すはずがない。
普通に考えて、『お姫様』とやらは、『猫かぶり姫』の二つ名を持つ自身のことか。
『王子様』とやらの解釈は飛ばして、『本当の姿』とは。
――『猫かぶり姫』の『本当の姿』は。開けっ広げで、無遠慮で。子供のように笑い転げる、土方しか知らない姿。
その『本当の姿』に戻せるのが『王子様』ならば。その前では本来のに戻るというのならば、相手は―――
 
―――深読みさせんなよ。クソっ」
 
舌打ちするものの、しかしその表情は決して不快なものではない。
短くなった煙草をようやく銜え。思い直したように、その煙草を灰皿へと押し潰す。
新しい煙草に火をつけて、土方は紫煙を燻らせる。やや動揺する自身を隠そうとするかのように。
その口元に、不敵な笑みを浮かべて―――



<終>



終わりですが、何故か続編を書きそうな予感がします。
いつになるかはわかりませんけど……
ちなみにこの話。タイトルが最初に浮かんで、それに合わせて話を作ったという、私にしては珍しいシロモノだったりします。
いつもタイトルに悩むので、その点では楽と言えば楽でしたけど。