「土方さん。今晩、こっちで寝させてもらいますから」
「オイ、決定事項!? なに人の承諾無しに決定してんだてめーはァァァァ!!?」
猫かぶり姫の憂鬱 −眠れる猫は不用心−
勝手な言葉と共に浴衣姿で現れたかと思えば、勝手に室内に入り込み、勝手に布団を押入れから出し、勝手に潜り込んでいる。
止める間も無かった、その行動。
いつもながらの身勝手なの行動に、土方は銜えていた煙草を灰皿に押し付ける。
まだ火をつけたばかりで勿体無いとは思ったが、布団に灰でも落としては大変なことになる。
煙草代をの給料から差っ引くことを決心しつつ、土方は立ち上がる。
向かうは、数歩先の布団。目標は、こんもりと山になっているその中身。
数秒後には、土方はからあっさりと布団を引き剥がしていた。
「安眠妨害ですよ、土方さん」
「それはこっちのセリフだァァァ!!!」
不満げなに、それ以上に不満の叫びをあげる土方。
けれども、それでが堪えるわけもなく。
うつ伏せ状態から、顔だけ横に向けて土方を睨み上げてくる。
その態度が、ますます腹立たしい。
普段、が被っている猫の半分でも本性であれば、こんなふてぶてしい態度は無かっただろう。
「てめーの部屋で寝ろよ」
「その申し出は却下します」
「なら恋人の部屋にでも行きやがれ。
ご丁寧に所有印まで付けられて、他の男の部屋に来てんじゃねーよ」
「っ!!?」
ぎょっとした表情を見せたということは、本人は気付いていなかったということか。
首筋に残された紅い痕に、知らず土方は苛立ちを覚えた。
視線を逸らしたの態度が、その苛立ちに更に拍車をかける。
そのせいか。
の態度がいつもと違うということに、気付くのが遅れた。
「……恋人なんか、いません」
「あァ? なにシラばっくれてやがる―――」
「夜這い、されただけですから。ソレは」
「―――はァ?」
「言っときますけど。好きでもない男に夜這いされて、嬉しがる女じゃないです。私は」
ようやくと言うべきか。
ここで土方は、の異変に気付いた。
枕に押し付けられた顔。くぐもった声で伝えられた内容。小刻みに震える肩。
そこには、『猫かぶり姫』の澄ましたも、それを脱ぎ捨てた無遠慮なも居なかった。
居るのは、時折しゃくりあげる、怯えた様子の女がただ一人。
だが、初めて見るのその姿よりも、言われた内容の方が土方には衝撃的だった。
夜這いされた、と。
それはつまり、他の男に抱かれた―――もしくは未遂かもしれないが。そういうことだろう。
途端、土方は不快な気分に襲われる。
原因は単純明快。
部外者が無断で立ち入ることなどありえない真選組屯所内。
必然的に、に夜這いをしかけたのは隊士の誰かという結論になるからだ。
今ここでが怯えて泣くのも、その隊士のせいなのだ。
すぐにでも部屋を飛び出し、不審な素振りを見せる人間を片端から問い詰めてやりたいとさえ思うが、それよりものことである。
このままでは、完全に居座られてしまう。
夜這いされて、怯えて逃げ込んできたのだと思えば、頼りにされていると嬉しくないでもないが。
逆に言えば、その精神状態で男の部屋に転がり込めるというのは、何かが間違っていないか。
間違っていると言うよりも、むしろ―――
「で、俺にどこで寝ろって言うつもりだ。てめーは」
進んで出したくは無い結論を出すことを放棄し、とりあえずの疑問を土方は投げかける。
するとは、顔も向けず、黙って布団の外を指差した。
つまり、畳の上。
どうやらそこで寝ろと言いたいらしい。
そのの態度に、土方は考えを改める。
泣こうとも怯えようとも、猫を被っていないの傍若無人っぷりは健在だったようだ。
だが、おかげでますます確信を抱いてしまう。
出したくはなかった結論―――は土方のことを、男として認識していないのではないかと、そんなことを考えてしまう。
でなければ、畳の上に放置するとは言え、夜這いされて怯えて泣く女が、男と同じ部屋で寝ようとするものか。
その苛立ちもあったのだろう。
自分も男なのだと、に訴えてやりたかったのか。
「てめー、調子こいてんじゃねェよ。襲うぞ、コラ」
他の男に襲われたばかりの女に対して言うような言葉ではない。
それは土方も重々承知の上のこと。
が傷つくだろうと、わかっていながら。それでも自分が安全なだけの男だとは、土方は思われたくなかったのだ。
びくりと肩を震わせたが感じたのは、恐怖か。
その様子に少しばかり罪悪感が湧くものの、それは一瞬のことでしかなかった。
「いいですよ。土方さんなら」
くぐもった声は、聞き取りにくくはあった。
だから、始めは聞き間違えたのかと土方は思った。
当然だ。まさかそんなことを言われるとは、誰も思わないだろう。
土方が反応できずにいると、のろのろとが顔を上げる。
「土方さんじゃなきゃ、イヤなんです」
今度は目を合わせ、はっきりと。
さすがにこれは、聞き間違えようが無い。
泣き腫らした目で、じっと見つめられて。おまけにそんなことを言われて。
これで何も感じない男がいるならば、それは聖人君子を通り越して、もはや不感症だろう。
「お前にしちゃ、随分殊勝なセリフじゃねーか。自慢の飼猫でも起き出したか?」
「……土方さんの前じゃ、この子はいつも寝てますよ」
くすりと笑うものの、その瞳は哀しげに揺れている。
猫は猫でも、縋れるものを必死に探している捨て猫のような今のの姿に、土方は引き寄せられるようにしてその顔に触れる。
濡れた瞳に、うっすらと開かれた口唇。誘っているとしか思えない様態。
の身体を仰向けさせると、見上げてくるその顔に、ゆっくりと口吻けを落とした。
頬に。目元に。口の端に。次々と。
やがて誘われるままに口唇を重ねれば、更に引き寄せるかのようにの腕が土方の首に回された。
ここまでされてしまえば、その意図を捉え間違えようもない。
深まる口吻けに、回された腕に力が込められる。
どれほどの間、口吻け合っていたのか。
ようやく口唇が離れた時には、互いに軽く息があがっていた。
そのまま見つめ合い。がふいと横を向く。
「明かり、消してくださいよ」
「あァ? 見えなくなるだろ」
「見えなくても、できるでしょう?」
「訂正。見ていたいんだよ」
「変態ですか」
「誰が変態だコラ。その減らず口を閉じやがれ」
「じゃあ、寝てる猫を起こしましょうか? いい声で鳴いてくれるかもしれませんよ?」
「んな化け猫抱いても、面白くねーよ」
「うわ、酷いじゃないですか。誰もに愛される『猫かぶり姫』を捕まえて、そんなこと」
それは一見、普段と何ら変わることのない、軽口の応酬。
変わることと言えば、両者の体勢と、そしての声が微かに震えているということか。
強がったようなことを口にしたところで、恐怖は隠しきれていない。
夜這いなんてものをされた昨日の今日で、男に抱かれる恐怖がまるで無くなるわけがないのだ。
やはり今日は止めた方がいいのではないか。
そう思い一瞬身を離した土方の目に入ったのは、先程目に留まった、首筋に残された痕。
途端、何を考える間もなく、その痕に重ねるようにして口吻けていた。
消したかったのだ。
を泣かせ、苦しませた男の痕など、一つ残らず消し―――代わりに自分が痕を残そうと。
衝動に駆られるままの行為に、はびくりと身体を強張らせる。
「や、やっぱり、明かり、消してください……」
「消さねェっつってんだろ」
いつになく弱気な声のに、土方はそっけなく言い放った。
押し止めようとするその腕に構わず、浴衣の胸元を肌蹴る。
これから寝るつもりでか、下着をつけていない胸が露わになったが、それよりも目に入るものがあった。
白い肌に、これ見よがしにつけられた、幾つもの紅い痕。
何の痕かは、今更考えるまでも無い。
予測していたとは言え、思わず凝視してしまう。
「……なんとか、なるって……大丈夫だと…思った、んです……」
嗚咽に混じって、途切れ途切れに聞こえる声。
顔を向けると、両手で顔を覆ってがしゃくりあげていた。
土方が何を見ているのかがわかり、昨夜の記憶がまざまざと蘇ってしまったのか。
「でも、怖くて……動け、なくて……」
「……余計な事思い出してんじゃねーよ」
澄ました顔や、遠慮も何も無く笑うは知っていても、こんな姿など見たこともない。
大抵のことならば、少し愚痴をこぼしたり、笑い飛ばして平然とやり過ごしてしまう人間なのだ。
それを、ここまで泣かせた男がいる。
相手が誰なのか分からないままでよかったのかもしれない。
分かったが最後、後にどれほど面倒なことになろうとも、今の土方ならば迷わず斬り捨ててしまうだろう。
それほどに、今のは弱く、痛々しい。見ていられないほどに。
いつまでもその恐怖に縛られたままにはさせられない。
土方は、強引にの手を顔の上から離させた。
「よく見ろ。今、てめーの目の前にいるのは誰だ」
「…土方、さん……」
「なら、俺のことだけ考えてろ。今だけでも」
触れるだけの口吻けを落とすと、素直に「はい…」との返事が返ってくる。
それに満足した土方は、今度は肌蹴た胸元へと口吻けを落とし始めた。
誰だか分からぬ男の痕跡を消すように、そして代わりに自分の痕を残すように。
鮮やかな赤い華を散らす一方、帯を解いて浴衣を脱がせる。
大した抵抗もしない今のの身体を覆う物は、下着一枚のみ。
「あ、あんまり見ないで、ください……」
「減るもんじゃねェだろ」
「そういう問題じゃないですよ! バカですか、土方さんは―――きゃぅっ」
「そのバカのところにやって来たてめーもバカだろうが」
意趣返しとばかりに胸の先端を軽く抓むと、それだけでの口から悲鳴が漏れる。
軽口の応酬も悪くは無いが、やはり時と場合を考慮したい。
そうやってを黙り込ませると、土方は愛撫を再開した。
胸元に新たな華を咲かせ、痛いほどに固くなった先端を散々に弄ぶ。
の口から、堪え切れなかった嬌声が時折漏れ、それがまた土方を煽る。
もどかしい思いで最後に残った下着に手をかければ、もまた同じ思いなのか、土方の着物を脱がしにかかる。
それをからかう様な面持ちで見やると、は恥ずかしそうながらも、くすりと笑った。
「だって……ずるいじゃないですか。私ばっかり、脱がされたり、見られたりして」
「何がずるいんだよ」
「……とにかくずるいんです!」
頬を染めて言い張るが可愛くて、土方は幾度も口唇を重ねる。
小さく柔らかい口唇を存分に味わった後は、啄むような口吻けを、白い肌に落としていく。
首筋から、胸元から、その行為は徐々に下りていき―――
「やっ、やだっ! ちょっ、見ないでくださいっ、そんなとこ、いや―――っ!!?」
「今更嫌がっても遅せェよ」
閉じようとする脚を強引に割り、その内腿に口吻ける。
途端、びくりと跳ねるの身体。
胸元とは対照的なほど曇りのない白い肌に、土方は知らず安堵する。
その白い肌に痕を残していくのは、これ以上無いほどの快感。
愛しさを覚える美しいものを手にしたとき、逆に自分の手で汚してしまいたくなる欲求は、誰しも持っているものなのか。
白い内腿に紅い華を散らす作業に没頭しながら、土方は呟くようにして口を開いた。
「ここは、汚されなかったみてーだな」
「ぁんっ……誰が…っ、そんな、とこ……っ」
「なら、こっちはどうなんだ?」
「っ!!? いやっ、そこだめぇっ…いや、やぁっ…きゃぅっ!」
身を捩って逃げようとするの身体を、土方は難なく押さえ込む。
それでも嫌がるに構うことなく、脚の付け根の先、すでにしっとりと潤った花弁へと舌を伸ばした。
始めはその入口のみを。次第にその奥へと舌を侵入させれば、そこからは蜜が止め処なく溢れ出す。
それを舐め取る淫猥な水音が室内に響き、は悲鳴のような声をあげた。
「やっ、そこやだっ、やめてぇ…っ、ぁうっ、きたな…ひぁっ」
「汚くねェよ。これだけ感じておいて、何言ってやがる」
「そっ、そんな…の……っ、ぁあっ、やぁぁああっ!!」
紅く膨らんだ花芽を舌先で刺激しただけで、は呆気なく達してしまう。
身を起こせば、は荒い息をついて呆然と視線を彷徨わせていた。
が、それも束の間。
視線だけを土方に向けて、睨みつけてくる。
「や、やっぱり変態じゃないですかっ、土方さんは……っ!」
「……そんな減らず口を叩く余裕が、まだあるみてェだな?」
しかしいくら睨まれたところで、溢れんばかりに涙を湛えた目では何の迫力も無い。
どころか、逆にそそられるだけである。
にやりと笑うと、は膨れてふいと視線を逸らす。
その拗ねた子供のような所作が、土方には可笑しくて、そしてたまらなく愛おしい。
だが、いくら子供じみていようとも。その身体は成熟した女のものに他ならない。
蜜を湛えた秘所は、更なる快楽を求めるかのようにヒクついている。
それは、無言の誘い。
誘われるままに切っ先をそこへと宛がうと、土方はそのまま一気にの中へと自身を埋め込んだ。
「ひぁぁああっ、やぁああっ!!」
「これでも減らず口は叩けるか? なァ、『猫かぶり姫』?」
からかうような土方の言葉も、けれども今のには届いていない。
突然襲われた痛みに悲鳴をあげる他無く、堪えるかのようにシーツを握りしめる。
目尻から零れた涙を拭いとってやると、「動くぞ」と今度は前置きをして、腰を動かし始めた。
痛みからやがて快感へと変わったその感覚に翻弄されるしかないには、その言葉に頷く余裕すら無い。
身体の中を駆け抜ける快楽に気が狂いそうになりながら、ただ切れ切れに嬌声をあげるのみ。
しかし余裕が無いのは、土方も同じことだった。
熱く、そしてきつく締め付けてくるの中は、それだけでも達しそうになるというのに。
更なる快楽を求めて揺らめく腰や、絡ませてくる細い脚。涙を零しながらも快楽に溺れきっているその表情。
たとえ無意識の産物であろうとも、そのの何もかもが扇情的に映り、土方を攻め立てる。
「…っ、ぁあっ、はぁっ…ぁぁあああんっ!!」
激しく突き上げられ、中をかき回され。
は一際高い声をあげ、達してしまった。
数瞬後には、土方も果て。
そのまま二人、崩れ落ちるようにして深い眠りへとついた―――
* * *
「土方さんって、変態だったんですね」
朝。
それはいつもと同じであり、けれども二人で迎えるのは初めての、朝。
特に何かを期待していたというわけではない。には何かを期待するだけ無駄だと、土方は悟っている。
だが、だからといって、朝の第一声からこの台詞はどうなのか。しかもへらへらと笑いながら。
その緊張感の無い顔には、昨夜の痴態など一片たりとて残されていない。
どころか、腹立たしさすら覚えてくる。
そんな土方の内心にも構わず、はへらへらと笑ったまま言葉を続けた。
「今夜もここに来ていいですか?」
「あァ? 懲りてねーのか?」
変態だと言ったそばから、来るつもりなのか。
見えないの真意に苛立ち、土方は苦虫を噛み潰したかのような顔になる。
その土方とは対照的な表情で。
はにこやかに、言い放つ。
「それは……土方さんが変態性欲の持ち主だということは良くわかりましたけど」
「そうか。なら今すぐ腹を切れこのアマ」
「変態だということは、重々承知の上で」
「変態変態って連呼してんじゃねェ!」
「それでも、その変態な土方さんのことが、好きなんですよね。どうしてだか」
「だから連呼してんじゃねェ…―――っ!!?」
怒鳴りかけた土方は、しかし途中で言葉を飲み込む羽目になった。
さらりと聞き流しかけた、の今の言葉。
そこには確かに、聞き流すわけにはいかない言葉が含まれていたのだ。
思わず二の句が次げずにいる土方に、は笑みを浮かべたまま。
「やっぱり今夜は、土方さんが私の部屋に来てくださいね?」
「……はァ!?」
「女にここまでさせておいて。次は男が行動を起こす番ですよ」
ほんのりと頬を赤らめながらも、そう悪戯っぽく笑うは、猫を被った常の姿よりもよほど惹き付けられる。
そんなことを素直に口にしてやるつもりは、今のところ土方には無いが。
何せ、まるで昨夜の仕返しとでも言わんばかりに、からかわれているとしか思えない状況下。
素直になってやる義理は、どこにも無い。
それでも。
「―――覚悟してろよ?」
余裕綽々の表情を浮かべているに、土方もまた不敵な笑みを返す。
今この瞬間が、どうであれ。
どうやら今夜は、素直にならざるを得ない状況になりそうである。
<終>
エロ部分に関しては置いといて。
こう……会話部分というか、掛け合いというか。書いてて楽しいなぁ、と思います。
コントのようにテンポ良い掛け合いが書けたら、もう最高なんですけどね。
ついでに。昼夜で立場逆転する関係が、なんか好きです。
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