猫かぶり姫の慨然 −猫も杓子も首ったけ−



立てば勺約、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
世間でそう評されるの、しかしその実態は、沖田曰く「猫かぶり姫」。
そんな彼女に「好きだ」と言われて、挙句の果てには夜這いを強要するかのようなことを口にされ。
猫をかぶっていないにはつくづく振り回されているのだが、それでも決して悪い気がしないのは、結局のところ土方もに惚れてしまっているからなのだろう。
煙草をくわえたまま、薄く笑う。もちろん周囲には誰もいないことを確認した上での行為だが。
夜も更けた時間。特に仕事もない隊士であれば、とっくに床についているであろう。
呼ばれるままに来てしまってはいるが、果たしては起きているだろうか。
から誘いをかけてきたのだ。その程度、当然のことであるはずだ。
あるはず、なのだが。
よくよく考えてみれば、が土方に対して「常識」などという真っ当なものを、可愛げと共に持ち合わせているはずがないのだ。
他の人間には無駄なまでに愛想も可愛げも思いやりも振り撒いているというのに。
だからこその「猫かぶり姫」の呼び名なのだろうが。
声をかけることもなく襖を開けたの部屋。布団にくるまり、無防備にすやすやと眠る部屋の主。
夜這いを強要しておきながら、一体どういうつもりなのか。
どうせ何も考えていないのだろう。
仮にも真選組隊士なのだから、たとえ寝ている最中であろうとも人の気配には敏感であるべきだというのに、見下ろす先には月明かりに浮かぶ呑気な寝顔。その危機感の無さは、いっそ腹立たしくなるほどだ。
ここで呆れるままに自室に戻ったところで、責められる筋合いはないだろうが、しかし相手は。たとえ自身が悪かろうとも、理不尽な理屈をこねて文句を言うに決まっている。
何より、完全にそのつもりでいた土方の気が済まない。
とりあえずは叩き起こして文句を言うか。
そう思った土方の脳裏に、しかし別の考えがよぎる。
普段から、そして今も散々に振り回されているのだ。たまには逆に振り回してやったところで、バチは当たらないはずだ。
このが慌てふためく様など、想像するだけで笑いがこみあげてくる。
さて、は一体どのような反応を示してくるだろうか。
含み笑いをしながら襖を閉めると、暗がりの中、音を立てないようにしての上に屈み込む。
まずは軽く、口唇を重ねる。
掠めるような口吻けに、は目を覚ます気配すら見せない。相変わらず気持ち良さそうに寝息をたてている。
しかし、無反応というのがやや面白くない。
自分で始めておいて文句を出すというのもおかしな話かもしれないが、この場合、寝ているが悪いのだ。
責任をへと押し付けて自身を納得させると、耳元へと口を寄せ、耳朶を口に含む。
途端、びくりと跳ねるの身体。
反応を引き出せたことに満足した土方は、そのまま耳だけを執拗に攻める。
口吻け、舐めあげ、甘噛みし。「んっ……」と時折声はあがるものの、しかしはやはり眠りに落ちたまま。
ここまで来ると、土方も次第に大胆になってくる。
一体どこまでに気付かれないままでいけるのか。
布団を剥がすと、浴衣越しに胸に触れる。軽く揉みしだいてみるものの、返ってくるのは悩ましげな溜息。が目を覚ます気配は見られない。
いい加減、無理にでも起こした方が良いのだろう。
そう理性は告げるものの、しかしその言葉がこの衝動の歯止めになることはなかった。
の口から漏れる、昨夜とは異なる切なげな声。寝ているが故の声だろう。
暗がりの中、その表情を確かめられないことが残念なほど。寝ているくせに、溜息一つすら艶を帯びている。
その声を、もうしばらく聞いてみたい。
この衝動を堪えることなど、できるはずもない。
浴衣を肌蹴ると、暗がりの中、白く浮き上がる身体。
まるで壊れ物を扱うかのようにそっと触れると、鼻にかかった溜息が耳を擽る。
嬌声とはまた違う、甘ったるさと切なさが入り混じった吐息。
吐息だけでもこれほど煽られるものなのかと、他人事のように感心しながら、それでも土方が手を休めることはない。
身体の線を辿るようにゆっくりと手を滑らせると、嫌がるように身を捩られたが、鼻にかかった甘ったるい吐息が、それが決して拒絶の意ではないことを伝えてくる。
 
「はぁっ……」
 
胸の頂を舌で転がせば、ややはっきりとした声がの口から漏れる。
さすがに目を覚ます頃合か。
一体は、どれほど慌てふためいてくれるだろうか。想像するだに愉快な考えに口の端を上げ、口は胸を弄りながら、浴衣の帯を解いてしまう。
抵抗なく広がる浴衣。あらわになるの身体を覆っているものは下着一枚のみ。
それにも手をかけ、引き下ろそうとした瞬間だった。
 
「いっ…いやぁぁっ、やめてぇっ、いやぁぁぁぁっ!!!」
 
突如としてあがる悲鳴は、楽しむどころのものではなかった。
心底から怯えているような金切り声。同時に暴れ出す身体。
特に押さえつけていたわけではない。あっさりと押しのけられそうになりながら、慌てて「デケェ声で騒ぐんじゃねーよ!」と呼びかける。
もし今の悲鳴で誰かが様子を窺いに来ようものなら、何の弁解もできないのだ。
しかし幸運にも聞きつけた人間はいないらしく、部屋の外は静まり返ったまま。そしても土方の声に平静を取り戻したらしい。
 
「土方、さん……?」
 
戸惑ったようなの声音に、土方の方こそ戸惑ったのも束の間。
次の瞬間に室内に響き渡る乾いた音。一拍置いて土方の頬に残ったのは、熱く痺れたような痛み。
問答無用で平手打ちを食らわされたのだと気付いたのは、更に数秒経ってからのことだった。
いくら驚いたからといって、この仕打ちはないだろう。
文句を言いかけた土方だったが、しかしその言葉が口から出ることはついぞ無かった。
静寂の中、聞こえるのは嫌味でも罵声でもない。ただただ、しゃくりあげる声。
押し殺そうとして、叶わなかったのだろう。その泣き声に、昨夜のの姿が重なる。
あまりにも無防備なものだから失念していたが、は一度、誰とも知れぬ男に夜這いされているのだ。
それは、気の強いが泣きじゃくるほどの恐怖。
意図せずして、それを土方が再現してしまったのだ。
目が覚めた瞬間のの恐怖は、どれほどのものだったろう。
我に返ってみれば、無神経としか言いようのない行為。土方にできるのは、せめて平手打ちを甘んじて受け入れることくらいだ。
 
「……悪かったな」
「最低っ! 最低のバカっ!!」
 
罵られても、土方には返す言葉が無い。
しゃくりあげる合間に切れ切れに口にされる罵声を受け、悪かったとを抱き締めるだけ。
普段であれば、土方が素直に謝罪の言葉を口にしようものなら、ここぞとばかりに茶化してくるはずのが、今日に限っては泣き声ばかりを返す。
それだけ、ショックだったということか。
二度目の平手打ちが無いだけマシだと思うことにして、土方はただただ、を抱き締める。
どれほど泣きじゃくっていただろうか。腕の中、ようやく落ち着いてきたらしいの髪を梳きながら、今日はもう休ませた方がいいかと土方は思う。
これだけ怯えさせてしまったのだ。
そう、考えてはいたのだが。
不意に、腕の中で身じろぎする
どうかしたのかと思っている間にも、は今まで伏せていた顔を上げ、土方の顔を真正面から見据えてきた。
まさか、これから罵詈雑言の嵐でもやってくるのか。
そうなったらそうなったで仕方が無い。今回ばかりは完全に自分に非があるのだからと、土方は覚悟を決めたのだが。
 
「土方さん。そんなにヤりたいんですか?」
 
存外に平静な声音で投げかけられたその疑問は、ある意味ではどんな罵詈雑言よりも特大級にタチの悪いものだった。
一瞬どころでなく、頭の中が真っ白になる。
我に返ったところで、怒ればよいのやら泣けばよいのやら。土方は頭を抱えたい気分に駆られた。
 
「……てめーなァ。もう少し場の空気を読んだ発言をしろよ」
「空気読んでないのは土方さんの方じゃないですか。この変態」
「うっせェ。気付いてんじゃねーよ。っていうか変態言ってんじゃねェ」
 
つい先程までその気になっていた上、今なお半裸のを抱き締めているのだ。
理性とは裏腹に身体の熱は冷めやらず、自身も硬いままに主張を続けている。
自覚はしていたし、密着しているのだからに気付かれるのも無理のない話ではあるのだが。
だからと言って、真正面から「ヤりたいんですか?」は無いだろう。
それを平然と言ってのけるのがなのだとわかってはいるが、こんな状況に陥ってなお性欲があるのかと詰られているようで、土方は情けなさを覚えてしまった。
ここは、本格的に罵られる前に引き上げた方が良いだろう。
抱きしめていた腕を緩め、土方が身を起こしかけた時だった。
 
「……別に、いいですよ。しても」
 
が口にした言葉を土方が理解するよりも早く、の腕が伸ばされる。
離れかけていた頭を引き戻させられ、重ねられる口唇。舌を絡められるまでに至り、ようやく土方はの言葉を理解した。
思いもよらぬ言葉。そして行動。ますますもっての意図がわからなくなる。
不意に終わる口吻け。けれども離れたのは口唇だけ。鼻先が触れ合うほどの至近距離、濡れた口唇にの吐息すら感じることができる。
 
「私も、したいんです」
 
一体どんな表情をして、はその言葉を口にしたのだろうか。
熱を帯びた官能的な声音に、たまらず土方は噛み付くようにして口吻けた。
暗がりの中で表情を窺えないことを再度惜しみつつも、身体は貪欲なまでにの口唇を貪る。
そのまま性急な手つきで最後に残っていた下着を引き下ろすと、の秘部はすでに潤いを湛えていた。
寝ながらも感じていたのであろう快楽は、どうやら冷めきってはいなかったらしい。だからこそのからの誘いだったのだろう。
その入口を指の腹でゆっくりと辿ると、びくりとの身体が震える。
焦らすように何度も往復させると、ねだるように浮く腰。その要望に応えるように中に指を一本差し込めば、内壁にキュッと締め付けられる。
更にもう一本。締め付けてくるのを感じながら、抜き差しを繰り返し、時に内を掻き回すように指を動かすと、喘ぐようにが口を開く。
が、その声が外に洩れることは無く、舌と同じく土方が絡め取ってしまう。
下は指に攻め立てられ、口内は舌に犯され。翻弄され、それでも喘ぐことも許されないは、襲い来る快楽に耐えようと、土方の背に回した手に力をこめる。
そんなの様子を可愛く思うものの、しかし土方が手を緩めることはない。
上も下も余すところなくぐちゃぐちゃに犯せば、とろりとした蜜が土方の指を伝って落ちていく。
十分すぎるほどに潤った蜜壷。痛いほどに締め付けてくる内壁から惜しみながらも指を引き抜くと、代わりに比べようがないほどの質量を持ったモノを押し当てた。
反射的に逃げようとする腰を引き寄せ、土方は殊更ゆっくりと腰を進める。
逃げようとした腰とは逆に、内は奥へ奥へと誘い込むように蠢き、土方を締め付ける。
 
「んぅっ……ん……っ!!」
 
くぐもった声がの口から漏れるも、すぐさまそれも土方が飲み込んでしまう。
その口唇を解放してやったのは、の中へすべてを収めきった時だった。
酸素を求めるように、荒い呼吸を繰り返す
しかし、それをに許したのはわずかな時間でしかなかった。
 
「動くぞ」
 
耳元で囁くと、からの返事を待たずして土方は腰を動かし始めた。
あげられたの嬌声は、再び口吻けた土方によって飲み込まれてしまう。
ぐちゅぐちゅと卑猥な水音、そして肌がぶつかり合う音が余計に際立って響き、を、土方を更に煽り立てる。
煽られるままに速まる抽挿。それをきつく締め上げるの中。
最奥を幾度も突かれ達したの嬌声をも飲み込むと、土方はの中へと精を吐き出したのだった。
―――暗がりの中、二人分の荒い呼吸音だけが響く。
しばらくして口を開いたのは、やはりと言うか、口数の多いだった。
 
「土方さんの変態」
「……黙ってろ」
 
相変わらず、情事の後には相応しくない台詞をは何の遠慮もなく吐く。
もっと他に言いようが無いものかと土方は思うのだが、らしいと言えばらしい。
後戯と呼ぶには雰囲気も何もあったものではないやり取りに、それでも心地よさをどことなく覚えてしまうのは何故だろうか。
そんなことをに言った日には「変態って言われて嬉しいんですか。完全にMですね」などと言われかねないので、絶対に口にするつもりは無いのだが。
しかし、どんな事を口にしようとも、腕の中に閉じ込めたがそこから逃れようとする素振りは見られない。
大人しく腕の中に収まりながら、口だけは忙しなく動かしている。
 
「良かったですね。こんな変態じゃ、誰だって逃げますよ。私でなくちゃ」
「大きなお世話だ」
 
何やら楽しげな声音に、土方は顔を顰める。
の小気味よさは嫌いではないが、変態変態と連呼されることには辟易する。
黙らせるには、方法は一つ。
しかし言われっぱなしなのは癪に障ると、実行に移す前に土方は口を開いた。
 
「てめーこそ俺に感謝しろよ。てめーみてェな猫かぶり、本性知っても惚れんのは俺くらいだろ」
 
もちろん、反論を受け付ける気は毛頭無い。
文句を言いかけたのだろう。の口が開ききる前に、土方はその口唇で以って塞いでしまったのだった。



<終>



10万HIT記念リク「『猫かぶり姫の憂鬱』の続き」でございました。
サブタイトルは語呂が良いと思っただけで、中身とはまるで関係ありません。スミマセン。
ついでにタイトルの「慨然」は、前回の「憂鬱」と同じく、京極夏彦の「百器徒然袋」から拝借しただけで、深い意味はやっぱりありません。スミマセン。