目は口ほどに
ああ、寒い。
せっかく今日は仕事が休みだっていうのに、どうして私はこんな寒い中、外を歩いてるんだろう。
肩をすぼませて、私は足を速める。
片手に下げた買い物袋が重いから、早足にも限度はあるけれど。
まったく。どうして私がこんなことしてるんだろう。
考えるまでもなく、その原因なんて一つしかないんだけど。
結論。銀ちゃんが全部悪い。
パチンコや糖分に注ぎ込むお金があるなら、食事代くらいちゃんと残しとけよ。
言ったところで、聞きやしないんだろうなぁ。
ああ、それでもどういうわけだか、食事の面倒を見てしまう自分が憎い……!!
溜息をついたところで、買い物袋の中身が減るわけでもないし、お財布の中身が戻ってくるわけでもない。
何より癪だから、絶対に溜息なんかつくもんか。
そう決心したところで、重いものは重いんだけど。
最近は、神楽ちゃんが居るからなぁ。あの子、見かけによらず食べるんだよね。
でも、見事なまでの食べっぷりというか、本当に美味しそうに食べてくれるから、むしろ作りがいはあるかなぁ。
銀ちゃんなんか、せっかく作ってあげても、二言目には「糖分くれ」だし。
医者からも糖分摂取を止められてるっていうのに。
もういっそのこと、糖分与えまくって、完全糖尿病患者にしてやろうか。
……って、仮にも彼氏なんだから、さすがに糖尿病にするのはまずいか。
いや、銀ちゃんの身体の心配よりも、恋人である私の立場というか見栄ってヤツがあるし。
銀ちゃんは何だか、糖尿病くらいでどうにかなりそうな感じしないんだよなぁ。
いつも思うけど。
どうして私……そんな銀ちゃんの彼女なんか、やってるんだろう……
結論が出ないことがわかりきってるのに、それでも考えてしまう。
っていうか、こんなことでも考えてないと、買い物袋が重くてやってられないから。
命題『私が銀ちゃんの彼女をやってる理由』
1.告白されたから。
……それはいいとして、どうして私はOKしちゃったんだっけ。
2.銀ちゃんがかっこいいから。
……白髪天パーでエロでジャンプと結野アナを愛する糖尿寸前男の、どこが?
3.銀ちゃんは優しいから。
……ごめん。嘘。自分に嘘ついてどうするんだか。せめて自分自身には正直でいようよ、私。
4.襲われたから。
……告白したその日に襲い掛かってくる男ってどうよ!!?
5.あとは成り行き。
……あそこで意地でも抵抗してたら、少しは何か違ったのかなぁ。
だからさ。どうして私はあの時、結局は銀ちゃんを受け入れちゃったわけ!?
やっぱり結論なんか出やしない。
最後には必ず同じ疑問にたどり着くんだから。
私の世界の最大の謎だわ、これは。
謎は謎のまま放っておくのも、人生を楽しむコツなのかもねぇ。
なんて開き直ると、荷物まで軽くなった気がする。あら不思議。
「何が『あら不思議』なんだよ、オメーは」
「うぉあっ!? 銀ちゃんっ!!?」
「しかも恥ずかしい人ですねー、サンは。思考回路だだ漏れでしたよー」
「だだ漏れっ!!?」
マジ!? 喋っちゃってたの、私!!?
うわっ!? ちょっと待って! 一体どこからっ!!?
って言うか、どうして銀ちゃんがここにいて、おまけにさっきまで私が持ってたはずの買い物袋を持ってるわけっ!!?
「……私の話、どこから聞いてたの?」
「んー。俺を糖尿病患者にしてやる、ってところから」
…………まぁ、あれだ。うん。
フリーズしかけた思考回路を無理矢理動かしたなら、結論は一つ。
「銀ちゃん。もう私たち、別れよう」
「……はい?」
「全部聞かれちゃったら、もう終わりだよ。恋人は今日で終わり」
「イヤイヤイヤ。銀サン、何も聞いてないから。の独り言なんて、これっぽっちも聞いてないから。別れるなんて話は無しですよ。無し。な?」
んな無茶な。
それでも、目の前に回られて顔を覗き込まれると、どうにも弱いって言うか。
どうして銀ちゃん、死んだ魚みたいな目をしてるくせに、有無を言わせない強さを感じさせたりするんだろう。
それとも、それって『惚れた弱味』とかいうやつ?
死んでるんだか、真剣なんだか。よくわからないような目に見つめられて。
口に出せる言葉なんか、一つしかないでしょ。
「……冗談だよ、冗談。別れないから。って言うか、冗談を本気にしないでよ」
「だっての場合、冗談でも本気でやるからなァ」
アンタは私を何だと思ってるんですか。
頭をがしがしと掻きながら、銀ちゃんはくるりと方向転換。
私の荷物を持ったまま、行き先を尋ねることもなく、向かう先は明らかに万事屋方面。
ナンデスカ。私の行き先もお見通しですか。やっぱり癪に障る。
でも。
結論が出ないはずの疑問に、答えらしきものが見つかったわけだし。
恥ずかしいような、照れくさいような。
それでも嬉しくて、私は、右手を、銀ちゃんの空いてる左手へと絡ませた。
気分がいいから、手を繋いだ瞬間に、銀ちゃんがニタリと笑ったのは、見逃してあげよう。
私が銀ちゃんの彼女をやってる理由。
―――銀ちゃんの目に、弱いから。その目が、どうしようもなく好きだから。
<終>
最初に書こうと思った筋書きから、どんどん離れてくし……
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