夜明けのコーヒーを貴方と
障子越しに差し込む朝の光。
柔らかなその光に揺り動かされたかのように、沖田はゆっくりと身を起こした。
隣ですやすやと眠りに落ちているの穏やかな寝顔に笑みを浮かべると、その眠りを妨げないようにそっと布団を抜け出す。
しかし、入れ代わるように入り込んだ朝の冷気が、結果的にを起こしてしまったらしい。
寒さにむずがると、長いまつげを震わせ、静かに目を開けた。
「起こしちまったかィ」
「う…ん……」
まだ眠そうに瞬きを繰り返す。
ぼんやりとしたの表情が面白く、また同時に可愛らしくもあり、沖田は笑みを浮かべながら黙って眺めていた。
が、やがては寒さに身を震わせると、頭まで布団の中に潜り込んでしまった。
このまま二度寝を決め込むつもりなのだろうか。
しかし今日はこれから仕事だ。のんびりと寝かせておくわけにはいかない。
自分のサボり癖は棚に上げ、を本格的に起こそうと沖田は手を伸ばしかける。
けれどもその手が届くよりも先に、布団の中から腕が差し出された。
白い腕が、一本だけ。
その内側の柔らかい箇所に一つ紅い痕を見つけ、昨夜はそんなところにまで痕をつけていたのかと、沖田は自分の行動を思い返す。
沖田の思索を他所に、白い腕はひらひらと動く。中空にある何かを求めるかのように。
やがて、腕の動きを追うようにして、布団の中から声が発せられた。
「……たいちょぉ〜…」
「なんでィ」
「コーヒー…淹れてください〜……」
ようやく意味を成す言葉が紡がれたかと思えば、そんな催促。
気だるげな声に漂う色香は、その内容のせいで跡形も無く消え失せる。
甘えられているのだと思えば、悪い気はしないのだが。
それにしたところで、顔も見せずに催促だけ、というのは面白く無い。
眉根を寄せて、それこそ催促するかのようにひらひらと動く白い腕を見つめることしばし。
「名前で呼んでくれたら、淹れてやってもいいでさァ」
「……なに、それぇ…」
「イヤなら自分で淹れろィ」
「……隊長のケチぃ……」
途端、動きを止める腕。
布団の中から盛大な溜息が聞こえてくる。
公私混同を避けるために普段は肩書きで呼ぶ、と言ったの言葉は納得しないでもない。
が、だからといって、そちらに慣れすぎて、私的な時間においてまで肩書きで呼ばれてしまうのには、少しばかり納得がいかない。
さすがにセックスの最中は、何としてでも名前を呼ばせているのだが。
熱に浮かされたような声音だけでなく、普段の凛とした声でも名前を呼ばれたいと思うのは、我侭ではないはずだ。
そう沖田は思うものの、は思わないらしい。
「……副長なら、何も言わずに淹れてくれるのに……」
布団の中でぼそりと呟かれた言葉ではあったが、沖田の耳にはしっかりと届いた。
そして届いた途端、沖田はあからさまに面白くない表情を浮かべた。
二人きりの空間で他の男、しかもよりによって土方のことを引き合いに出されては、面白いはずも無い。
おまけにその土方は、どうやらを甘やかしているらしい。どういった意図があるのかは知らないが。
無視したいところではあるが、無視したらしたで、は延々と沖田を土方と比べるに違いない。
考えただけで不愉快になった沖田は、渋々ながら立ち上がって部屋を出た。
身を切るような寒さの中、誰もいない炊事場でコーヒーの支度をする。
腹いせに不味いコーヒーを作ってやろうかとも思ったが、そのような事をすればまたも土方と比べられるのは目に見えている。
結局、身体が覚えているままの手順通りにコーヒーを淹れる。
つくづく、にはいいように扱われているとしか思えない。
しかし、それを本気で嫌がってはいない自分がいることも確かだ。
「こりゃ重症だねィ」
笑いながら、自分と、二人分のコーヒーを手に部屋へと戻る。
相変わらずは布団の中に潜り込んだままだったが、沖田が部屋に入ってきた気配を感じ取ってか、布団の中から再び腕だけを差し出してきた。
素直にその手にカップを渡してやると、もう一方の腕が出てきて、両手でカップを支える。
そして、布団の中でもぞもぞと動いていたかと思うと、ひょっこりと顔を出してきた。半分寝ているかのような表情ではあったが。
カップの温かさを感じていたいのか。両手に持ったまま、しばしぼんやりとした表情を晒す。
そんな、どこか間の抜けたの顔を眺めながら、沖田は自分のコーヒーを口にする。
焦点の定まらない目をしているも悪くないが、いつまでもこの状態では仕事に支障が出てくる。
そろそろ本気で起こそうかと沖田が思いかけたところで、ようやくの手が動いた。
カップを口元に寄せ、うつ伏せになったままコクンとコーヒーを一口。
実に器用なことをやるものだと見ている間に、の目の焦点がはっきりと定まり。
「隊長って、私のコーヒーの好み、ちゃんと覚えててくれるんですね」
嬉しそうに呟くの言葉に、沖田は満足感を覚える。
朝のコーヒーは、少し濃い目に。砂糖はたっぷりミルクは少し。
の好みを忘れるはずもない。
いいように使われる不満も消し去る美晴の笑顔に、これは本当に重症だと、沖田は実感する。
まさか自分が女に振り回されるなど、考えたこともなかったのだから。
「ありがとう―――総悟」
目が合った瞬間、零れんばかりの笑顔でが礼の言葉を口にする。
そして、名前を。
予期していなかった出来事に目を見開くと、「サービスですよ、今だけ」とが可笑しそうに笑う。
笑われたのが面白くなくて視線を逸らしたものの、すると声だけがやけに耳につくようになる。
不愉快なのだが―――けれど、決して不快ではない。
完全に振り回されていると自覚はしていても。
それでも、自分が淹れたコーヒーを幸せそうに飲むを目にできるのならば、そんな関係も悪いものではない。
そう結論づけ、沖田もまだ温かいコーヒーを口にした。
<終>
「くちびるセクシー」(by貞操問答)聞いてたら、なんだか書きたくなったシチュエーションなんです。
私はコーヒーより紅茶党なんですが。むしろホットミルクが一番なんですが(笑)
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