センチメンタルジャーニー



「あ゙〜、もう一軒〜!!」
「おっしゃー! 今日は飲むぞー!!」
 
ふらふらと、我ながら危なっかしい足取りだとは思う。
けれどそれは、隣を歩いている銀時も同じ事。
違うとすれば……そう。銀時は完全に酔ってるみたいだけど、私は頭の中が妙に醒めてるってところだろうか。
何年かぶりに再会した銀時は、昔とちっとも変わってなくて。
だけど銀時も一目で私に気付いてくれたということは、きっと私も昔と変わらないのだろう。
懐かしがる銀時に飲みに誘われて、私に断れるはずもなかった。
本当に私はあの頃から変わらない―――私は今でも、銀時のことが好きみたいだ。
そのせいなのかもしれない。酔いきれないのは。
あの頃、好きだと伝えることすらできないままに別れたくせに、それでもまだ好きだなんて。我ながら未練たらしいとは思うけれど。
 
「どうしたんだー? 急に黙り込みやがって。銀サンが相手じゃノれないってのかコノヤロー」
「いちいち絡むなこの酔っ払い。昔のことちょっと思い出してセンチメンタルジャーニーしてるだけですー」
「どこに旅立つ気ですか、お前は」
 
的確なツッコミをするな。酔っ払いのくせに。
 
「旅立つなら銀サンの胸に飛び込んでこい。安くしてやっから」
 
しかもお金取るのかよ。
どうして私、こんな男のことが未だに好きなんだろう。自分のことながら不思議で仕方が無い。
へらへらと笑いながら両手を広げる銀時を無視して、私はふらふらと進む。
居酒屋、屋台、キャバクラと巡ったから、今度はホストクラブなんて面白そうだ。
銀時は面白くないかもしれないけど、さっきは私がキャバクラなんかに付き合ってあげたんだから、文句を言われる筋合いなんてどこにも無い。
どうせなら、うんといい男がいるクラブを選んでやる。
いい男に囲まれたら、少しは気が紛れるかもしれないし。
 
「昔って言えばよォ……知ってたか、お前?」
「何を」
 
いつの間にか追いついてきた銀時が、隣を歩いてる。
相変わらずふらふらと、不確かな足取りで。
知ってるか、と聞かれても、目的語が無いものをどうやって理解すればいいんだか。
聞き返してみたものの、銀時は口を濁してなかなか話そうとしない。
これで、何をどう返事しろと。私に心の中を読めとでも言うつもりなのか。エスパーにでもなれと言うつもりなのか。
気にはなるけれども、無視してしまおう。
ホストに囲まれれば、こんな男、きっとどうでもよく思える―――
 
「……俺、お前のことが好きだったんだわ。昔」
 
―――思える、はずだったのに。
どうして銀時は、私の行動を狂わせる発言を簡単にしてくれるのだろう。酔った勢いなのだとしても。
思わず足を止めた私に気付かないのか、銀時はふらふらと先へ進んでいく。
よりによって今、そんなことを言わないでほしかった。
しかも、過去形で。
それはつまり、当然ながら現在進行形ではないということで。今はそういう意味で「好き」だと思っているわけではなくて。
私は今でも好きなのだと気付かされたばかりだというのに。おかげで余計に胸が締め付けられる。
これは、ホストに囲まれる程度で癒される傷なのだろうか。いや、反語。
無理だ。無理無理。絶対に無理。
なんかこう、世界一周豪遊の旅くらいしないと癒されない傷だ、これは。
銀時の胸に飛び込んだくらいで癒されるわけない。賭けたっていい。何を賭けるのか知らないけれど。
 
「……あ、そう」
「『あ、そう』って、お前なにその淡白な態度。俺、傷ついたんですけどー?」
 
傷つけ。もっと傷つくがいい。
全力でもって平静を装って、素っ気無い返事をしてやったら、どうやら私の努力は報われたらしい。
大袈裟な身振りで嘆く銀時のことは、やっぱり無視して。
早足で歩いて、銀時を追い越して。
せめて品がよくていい男の多いホストクラブで酒飲んで豪遊してやろう。もちろん銀時の奢りで。
って、お金持ってるかどうか怪しいけれど。
いざとなったら、身体で支払わせればいいか。もちろん銀時の身体で。
 
「って、俺のこと無視してんじゃねーよコノヤロー」
「うるさい。私はこれから、センチメンタルジャーニーするんですー」
 
ああ、本当にセンチメンタルジャーニーかもしれない。
旅先が歓楽街なんて、夢も希望もトキメキも無いけれど。
それはそれで、私らしい。

「だから言ってんじゃん。旅立つなら俺の胸にしろって」
「その申し出は即座に丸めてゴミ箱行き決定だから」
 
そんなに言うなら、問答無用で抱きしめてくれたらいいのに。
こんな女心の機微を、銀時が悟れるはずもないけれど。気のある相手でもない女なら尚更のこと。
言われるままにその胸に飛び込みたくなる衝動を堪えて。
精一杯、平静を装って。冷たくあしらって。
最大限の努力はした。
酒のせいもあるのか、いつに無くセンチになりそうな自分を奮い立たせて。
それなのに……それなのに。
 
「なら、ゴミ箱から回収して突きつけてやっか」
 
それは、唐突だった。
後ろから抱きしめられて。
私の努力は、一瞬にして灰燼に帰してしまう。
背中に感じる温もりに、思わず泣きそうになって、懸命にそれだけは堪える。
やっぱり私、センチメンタルになってるのかもしれない。酒のせいに決まっているけれども。
 
「おめーが何でセンチメンタル気取ってんのか知らねーけどよ。
 今夜一晩くれーは、俺が相手になってやっから。な?」
 
な? って言われても。
人をセンチメンタルにさせてる原因に、そんなこと言われても。
余計に切なくなるだけで。胸が苦しくなるだけで。
それでも、感じる温もりは本物。
 
今夜一晩。一夜限りの夢。
そう思えば、ホストで憂さを晴らすのも、ここで銀時に縋るのも、大差は無いのかもしれない。
たった数時間ではあるけれども。
途端、何かがぐらりと揺らいだような感覚を覚えた。
 
「……夢、見させてくれる……?」
 
癒されるわけがないと、思っていたくせに。
次の瞬間には、こうして縋ろうとするなんて。
なんて、意志薄弱なんだろう、私は。
きっと酒のせいだ。酒のせいにしてしまおう。私は酔ってるんだ。
酔っているから、弱音だって吐ける。雰囲気に簡単に流される。
 
銀時がどんなつもりで言ってくれてるのか、私にはわからない。
これで結構お人好しなところもあるから、単に私のことが放っておけないだけなのかもしれない。
でも、それでいい。
明日になったら忘れるから。この想い、全部忘れてしまうから。
だから今夜一晩だけの夢を、私にください―――
 
「んなモン、いくらでも見せてやるよ」
 
耳元で囁かれた低い声。
堪えていたはずの涙が、溢れ出した。



<終>



37000hitのキリリクということで、書かせていただきました。
えー……はい。まぁ、最初に意図した展開とまるで変わってくるのが、私の書く話なので。
いや、その……かおる様、キリ番申告ありがとうございました!(逃)