続・とある教師の恋愛革命



毎朝、お天気お姉さんを目当てに見ているニュース番組で、今日の日付が告げられる。
それはもちろん、毎日のことで。
故にアナウンサーには何の罪も無いことなのだが、今日ばかりは恨みたくなる。
できることならば、今日この日の日付だけは、聞きたくなかった。
むしろ、今日という日が来てほしくなかったと言うべきか。
それはあくまで願望にすぎず、現実には、今日という日は問答無用でやってくる。
避けられないからこそ、余計に憂鬱な気分になり。
 
そして、憂鬱な気分を抱いたまま、銀八はと対面していた。
 
は、いつものように、腹の中を読ませない笑みを浮かべている。
対する銀八もまた、他人から見れば、掴みどころの無い飄然とした面持ちで煙草を銜えている。
人気の無い中庭の隅へと呼び出したはいいが、どう切り出したものか。
早くケリをつけなければ、職員の朝礼に遅れてしまう。
しばしの逡巡。
結論を出した銀八は、両手をひらひらとの前で振ってみせた。
 
「何も持ってないんすよ、俺」
「そうみたいですね」
「で、わかります? 俺の返事」
 
かなり遠回しの返事ではある。
けれどもならばこれで通じるだろうと、銀八は信じていた。
バレンタインに本命チョコを貰ってしまってからの一ヶ月。
気にするなという方が無理な話で、気付けば目はを追っていた。
だから、わかるのだ。
がどれだけ聡いのかが。
頭の良し悪しでなく。本当に聡い人間なのだと。
故に、直球でなくともには通じる―――はずだ。
半ば希望めいた信頼だったが、はその期待に見事に応えてくれたらしい。
笑みを崩すことなく、ゆっくりとだが、しかし確実に首を縦に振った。
 
「そう、ですよね……突然すぎましたよね」
「悪ィんですが、先生のことは同僚としか見てないんで。俺は」
 
が悟ってくれたことに安堵したためか、正直な思いは案外素直に口から出た。
瞬間、の瞳の奥で、感情が揺らぐのが見えた。
相変わらず笑みを浮かべたままだったが、決して見間違えなどではない。
この一ヶ月、気になるあまり、うんざりするほど見てきたのだ。
それは、今まで銀八が見たことの無い、ひいては校内では誰にも見せたことがないであろう、瞳。
些細なことだというのに、何故か胸の内がざわめくのを銀八は感じた。
だがそれは、普段目にしないものを見て驚いただけだと、自身を納得させる。
一ヶ月間眺めていて、結論は出ているのだ。とは付き合えない、自分とは合わない人間だ、と。
 
「すみませんでした、本当に……それじゃあ、失礼しますね」
 
ぺこりと、が頭を下げる。
彼女が謝る必要など、どこにも無いはずだというのに。
上げられた顔には、いつもと変わらぬ笑みが浮かんでいる。
妙な生真面目さと、それでいて何を考えているのか読み取らせない表情と。
この二つが、銀八がの告白を断ることに決めた要因だった。
そんな人間が、自分に合うはずがない。
それは、変えようのない事実。
わかっている……わかっている、はずだった。
けれども、理性や理屈など、こと恋愛において、これほど役に立たないものはないのだ。
これで話は終わりと、校舎内に戻ろうとするが、銀八とすれ違いざまに見せた表情。
ほんの一瞬でしかなかったというのに。
けれども銀八の心臓を鷲掴みにするには、十分すぎるほどの一瞬。
咄嗟に振り返り、の後姿へと口をついて出た言葉は、銀八自身、信じられないものだった。
 
「今の全部冗談……っつったら、どうします?」
 
ふわり、と髪が揺れて止まる。
一呼吸置いてゆっくりと振り向いたの顔には、一瞬垣間見えた表情はなく、戸惑っているかのような曖昧な笑みが浮かんでいる。
だがそれは、がいつも浮かべている笑みとは明らかに違う。
その瞳に浮かぶ涙。今にも溢れ出しそうなそれが、たった一瞬の表情が決して幻ではなかったことを示している。
 
「え……?」
 
呟くの眉間にしわが寄せられる。
先程とは真逆の意図を悟らせたいところだが、今度は聡いもなかなか悟れずにいるらしい。
ゆっくりと瞬きを繰り返すばかりのに、銀八は少しだけ苛立つ。
短くなってきた煙草を地面に捨て、足で踏み潰して火を消しても、まだはぽかんとしていた。
 
「だから……わかりません?」
「…………うそ」
 
焦れた銀八が思考を促すと、ようやく思考が到達したらしい。
ぽつりと呟くと、は呆然とした表情でその場に座り込んでしまった。
先程からのたった数分。それだけの間に、この一ヶ月間では見ることのなかった表情をいくつも目にしている。
普段知ることのない表情というのは、何故こうも惹き付けられるものがあるのだろうか。
深みに嵌りそうな自身に気付きながら、それでも銀八はから目が離せなかった。
 
「ほ…本当、に……?」
 
上目遣いにおずおずと聞いてくる様は、まるで女子中学生か女子高校生のようで。
そんな表情を引き出しているのが自分なのだということに、今更ながら銀八は気付く。
 
何を考えているのかわからなければ、その感情を表に引きずり出してしまえばいいだけの話。
生真面目なところも、だからこそ乱し甲斐があるというもの。
 
そう思ってしまうようでは、もうこの深みからは抜け出せないだろう。
抜け出せなくても、一向に構わない気もするが。
頭を掻きながら銀八はしゃがみこむ。
未だ座り込んだままのと、目線を合わせるために。
そして。
 
「……惚れちまった責任、とってくれるんですよね。先生?」
 
真っ向から「好きだ」と言わないのは、最後の抵抗。
にやりと銀八が笑うと、つられたようにも笑みを浮かべる。
安堵したような、そして心底から嬉しそうな笑みを。
 
それを目にした瞬間。銀八の心は、完全に陥落してしまったのだった。
 
 
 
二人の恋は、まだまだ始まったばかり―――



<終>



遅れましたァァァ!!!
どれだけ遅れてんだよ私!!!?
 
遅くなりましたが、ホワイトデーです。
そんな浮かれた気分は終わってしまいましたが、それでもホワイトデーです。
すみません。ごめんなさい。何かもういっぱいいっぱいです……