それは、何の前触れも無い行為だった。
何故と問われれば、単なる思い付きだとしか答えられない。
もしここで、口付けたならば。
目の前の女は、一体どんな反応をするのだろうか。
自分が一緒にいる相手が男なのだと、ようやく気付くのだろうか。
それは、単なる思い付きで。
だからこそ、切なる願いだったのかもしれない―――
ぐるぐるDays
それから数日。
土方の部屋へ足繁く通い、何をするでもなくだらだらと世間話をするだけしていたの姿は、今は無い。
もちろん今までも、がこの部屋へ来ない日もあった。
だが、数日間、土方の前に姿を現しすらしないということは、かつて一度も無かったことで。
何かが欠落したかのような今の状況に、土方は馴染めずにいた。
かと言って、自分がした行為を後悔しているわけでもない。
数日前。
土方はこの部屋で、相変わらず能天気に喋り続けるの言葉を遮るように、口付けた。
自分のことを男として認識していないかのようなの言動に、いい加減、イラついていたのかもしれない。
強引な、けれど触れるだけという口付けに、は目を瞬かせただけで。
その場は、それだけで。
けれども、それから数日が経過し。
は土方の前に、姿を見せようとしない。
これは、少なくとも土方のことを少しは意識しているという証拠なのか。
そうならば最低限の目的は達成されたことにはなる。
が、目の前にいないというのは、それはそれで苛立ちの原因となってしまう。
結局、イラつくということに変わりは無かったらしい。
変わったことと言えば、が目の前にいないことと、煙草の消費量か。
いつもより速いペースで消費していることを自覚しながらも、それでも苛立ちを抑えるために、つい手が伸びてしまう。
今日だけで、もう何本目―――いや、何箱目、と数えた方がいいのかもしれない。新たな箱の封を切ると同時、部屋の外から聞こえてきた声に、土方は手を止めた。
それは、耳うるさいくらいに常に聞いていて。それでいてこの数日、微かにすら聞くことのなかった、声。
ただ呼びかけられただけだと言うのに、数日聞いていなかっただけで、心臓が跳ね上がったかのように脈打つ。
これはどうやら重症らしい。
に自分のことを意識させるつもりの行為が、逆に自分がのことを余計に意識してしまっているのだ。
「土方さん? 開けますよ?」
返事すらしない土方に痺れを切らしたのか、勝手に障子が開けられる。
入ってきたのは、当然ながら声の主―――である。
相も変わらず能天気そうな表情で。
それなのに、たった数日見かけなかっただけで、どこか以前と違うかのような錯覚を覚える。
土方の返答を待たずに部屋に入り込むところも、まるで変わらないというのに。
その姿のどこかに、違和感を感じてならないのだ。
「―――あ」
「はい? どうかしましたか?」
「あ。あァ、イヤ」
不意に違和感の正体に気付き、土方は思わず声をあげる。
問われて誤魔化したものの、一旦気付いてしまえば、気になって仕方が無い。
その目が。視線が。一向に土方のそれと合わせられていないのだ。
数日前までは、何の遠慮も無く真っ直ぐに向けられてきた視線が、今は微妙に逸らされている。
しかも不自然なほどに。
それが、違和感の原因。
理由はどうあれ、は以前とは異なる態度を示している。
それはどういう事なのか。
肯定か。
否定か。
後者であった場合、金輪際、とはまともに向き合えなくなるであろう。
が、いつまでも中途半端な関係でいるよりは、いっそ潔い。はずだ。
理性ではそうわかっているものの、現実にはどうなることか。
表面上は平静を装いながらも、それでも落ち着くことなどできず、土方もまた視線を彷徨わせる。
それが元へ戻ったのは、が口にした言葉ゆえだった。
「土方さん。これ、差し上げますので、受け取ってください」
「……あァ?」
そう言ってが差し出してきたのは、手提げのついた紙袋。
何を意味するのかさっぱりわからなかったが、とりあえず土方は言われるままに紙袋を受け取った。
中を覗けば、封筒やら冊子らしきもの、ビデオなどが、整然と押し込まれている。
一体これは何なのか。
冊子らしきものを取り出すのと、が口が開くのと。それは同時だった。
「大変だったんですよぉ。これだけのお見合い写真、集めるの」
「……はァ!!?」
開いてみれば、そこには着物を着て微笑む女の写真。しかも美人だ。
それは、どこからどう見ても見合い写真。
まさかこの紙袋の中身、すべてが見合い写真だとでも言うのか。
慌てて土方が紙袋を逆さにすると、ばさばさと中身が落ちてくる。見合い写真と、封筒と。それより何より、思わず目に入ったものは、ビデオのパッケージ。
「……オイ」
「あ。まだ結婚とか考えたくないのなら、って思って。
これ、沖田さんご推薦のエロビデオだそうです。今までで一番抜けたとか何とか」
「…………」
「本物がいいなら、こっちの封筒。土方さんが好きそうなタイプの女の人がいるお店のチラシが」
「……てめーは何考えてやがんだァァ!!??」
思わず手に持っていた見合い写真を床に叩きつけると、はきょとんと目を瞬かせる。
いつの間にか、まっすぐに土方へと向けられていたその顔には、なぜ自分が怒鳴られているのかわからないといった表情が浮かんでいる。
だが土方にしてみれば、なぜが何もわかっていないのかがわからない。
何がどうなれば、見合い写真やらエロビデオの差し入れなどという結論に至るのか。
一体どれほど複雑怪奇な思考回路をしているというのか、は。
「欲求不満だったんじゃないんですか、土方さん?」
「あァ!!?」
「私にキスしちゃうほどたまってたんでしょう?
だから、ちゃんとした相手が見つかれば、解消されるかなって思ったんですけど」
叩きつけられた見合い写真をは手に取りながら、「こんな扱いしたら、相手の方に失礼ですよ」などと呑気に言う。
そんなに対し、むしろお前が俺に失礼だろうと怒鳴りつけたくなったのを、土方はどうにか押さえ込んだ。
確かに、欲求不満ではあったのかもしれない。それは認めてもいい。
だがそれは、あくまでに対してのものであって、断じて相手が女なら誰でもよかった、などというものではないのだ。決して。
そんな土方の思いを、は欠片も悟ることが無いようだ。
「相手が私で良かったですよね。他の女の子じゃ、自分が好かれてるんだって誤解しちゃったかもしれませんよ?」
普通ならばそうだろう。
そこまで行かずとも、相手の意図を遠回しにでも聞こうとするに違いない。
だがには、それすらない。
無駄な深読みをした挙句、結果は見合い写真にエロビデオという始末。
とりあえず嫌われてはいないであろうことが、唯一の光明と言えばそうなのかもしれないが。
ただ、まるで間違った理解を示されているというのは、致命的である。
思わず溜息をついた土方に、「どうしたんですか?」とは心配そうな顔を向けてきた。
「もしかしてこのビデオ、土方さんの好みじゃなかったですか?」
「心配するのはそこじゃねェだろーがァァァ!!!」
とうとう我慢できずに怒鳴りつけると、土方は頭を抱えた。
それでもは相変わらずわかっていないようで、「じゃあ、お見合い写真に好みの女性がいなかったんですか?」などと聞いてくる。
まるで脈が無いのか。
それとも、破滅的なまでに鈍感なのか。
至極真剣な表情で見合い写真を漁っているの姿に、土方はもはや憎らしささえ覚えた。
「この人なんか、ものすごい綺麗じゃないですか。勿体無い」
「……そーかよ」
いっそここで、「綺麗だろうと何だろうと、そんな女よりもお前の方が好きだ」とでも言うことができれば、また違う展開が待ち受けているのかもしれない。
しかし問題は、それを言ったところで、どうせはまるで見当外れの反応をするであろうことと。
そして何より、それを告白しない理由にしてしまっている、自分自身の度胸の無さであろう。
何の進捗も無い現状に苛立った末の、口付けだった。
いっそ今の関係が壊れてしまっても構わないと、そう覚悟していたはずだった。
だと言うのに、今この瞬間、変わらぬ現状にどこか安堵してしまっている。
の鈍感さを恨みながら。
己の不甲斐無さを呪いながら。
何故だか楽しそうに見合い写真を差し出してくるの額を小突くことで、土方はせめてもの腹いせにと変えたのだった。
<終>
ヘタレな男と鈍感娘の、ちっとも進展しない以上未満な関係。
そういうの、好きです。好きなんですが。
ヘタレすぎですね、これ……あは、ははは……あぅ。
タイトルは、めだ学知ってる人なら……ええ。別に関係ないですけどね、中身は。
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