最終兵器彼氏



呼び鈴を押す。
それはすなわち、来訪を告げる合図と共に、屋内にいるであろう家人を呼び寄せる行為である。
初めての来訪ならばともかく、何度も来ている家。出迎えてくれるはずの家人は、馴染みのある面々のうちの誰かということになるだろう。
もしくはここ万事屋の場合、人ではなく犬が出てくる場合もあるのだが。しかも、やたらと大きな犬が。
それにしたところで、慣れてしまえば「想定の範囲内」というものである。
それでも世の中には常に、「想定の範囲外」というものが存在する。
ガラリと開けられた玄関。
 
「よォ、。早かったじゃん」
 
想定の範囲外―――「存在してはならないモノ」をそこに見てしまった場合。人は一体どのような行動を取るのか。
彼女・の場合は、こうである。
 
ピシャンッ
 
物も言わず、目の前の玄関をやや乱暴に閉めた。
つまり、何も見なかったことにしたのだ。
臭いモノには蓋をしろ。その言葉通りの行動は、決して間違いではない。
しかし、根本的な解決になっていもいない。
 
―――何いきなり閉めてんの、お前は」
 
ガラリと再び開けられた扉。
おかげでは、目を背けたかった、できれば無かったことにしたかった現実と対面する羽目になる。
そこには、「存在してはならないモノ」―――何故だかピンクのフリル付エプロンなんてものをつけた銀時が、怪訝な面持ちで立っていたのだった。
 
 
 
 *  *  *
 
 
 
悲壮な顔付きで嫌がるを銀時は強引に万事屋内へと引きずりこんだものの。新八と神楽の姿を見つけた途端、は転がるように二人へと縋りつく。
銀時と顔を合わせようともしない怯えきったの態度に、銀時が面白いはずがない。
不機嫌な面持ちでソファに座り込む銀時を余所に、新八と神楽はいつにない様子のを心配して話し掛ける。
 
さん、何かあったんですか?」
「銀ちゃんアルネ? 獣になった銀ちゃんが襲いかかってきて爛れた関係を強要したアルネ!?」
「神楽ちゃん。どこでそんな言葉覚えてきたの?」
 
だが二人の言葉に、は無言で首を横に振るばかり。
それでもの態度を見れば、原因が誰にあるかは一目瞭然。
よって二人の矛先は、当然ながら銀時へと向けられることになった。
 
「アンタ、さんに何をしたんですか」
「不潔でインモラルな事アルか? 正直に吐くアル。今なら罪は軽いけど重いネ」
「どっちだよ。って言うか俺は何もしてねーよ!」
「だったらなんでさんが怯えてるんですか」
「しかも銀ちゃんに対してだけアルヨ」
「俺の方が聞きてェよそれは!!」
 
声を荒げた銀時の言葉に、今度は一斉にへと視線が注がれる。
相変わらずは黙り込んだまま。
けれども、三人の無言の催促に耐え切れなくなったか。しぶしぶといった面持ちで口を開きかけ。
何事かを口にしようとはしたが、考え直しては口をつぐみ、ややあってまた口を開いたかと思えば、やはり閉ざしてしまい。
そのような事を何度繰り返したか。俯き加減のまま、困ったようなに、しかし助け舟は出ない。
やがてが、ゆっくりと腕を上げる。その白い人差し指が指し示すのは、当然ながらと言うべきか、銀時。
「やっぱり銀ちゃんのせいアルか!」と神楽が勝ち誇ったように言うのに対し。
まるでその言葉に異論があるかのように、がぱっと顔を上げた。
 
「違うよ!」
 
本日、万事屋に来て初めて聞くの声。
銀時が原因だと指しながら、それで何を庇うというのか。
不可解なの態度に首を傾げる三人。
しかしが否定の声を上げた理由は、別にあったのだ。
 
「こんなの銀ちゃんじゃないよ! 最終兵器彼氏的な何かだよ! 天人が開発した対人類用リーサルウエポン的な何かだよ!!」
 
目に涙まで浮かべて訴えるの言葉の真意は、しかし三人には一向に伝わらなかった。
が何を言いたいのか、理解できないのだ。
唯一、理解できる事はと言えば。
 
、銀ちゃんのこと一応『彼氏』と認めてるアルか。驚き桃の木山椒魚ネ」
「イヤ、神楽ちゃん。最初に気にすべきところはそこじゃないから」
 
もはや習性となったツッコミを入れる新八にしたところで、の発言の一体どこを気にしていいものやら見当がつかない。
いや、気にすべき点はあるのだ。それはわかるのだ。
だが、それをどう気にしていいのかが、わからない。何にどうツッコミを入れていいものやら、それがわからない。
どう反応していいのかわからず困る新八だったが、それは銀時も同じである。いや、銀時の方が困惑度は高いだろう。何せ自己を否定されたのだから。
 
「オイオイ。銀サンが銀サンじゃねェって、何が言いたいんだよ、お前は」
「だ、だって! 限りなく極限に近い精神的衝撃を問答無用で発する物体なんて、兵器だよ! 核兵器並の破壊力だよ! マダンテ並の絶望的ダメージだよ!!」
 
の言葉に、銀時はますます困惑の色を濃くする。
しかし銀時のその様子が、をますます腹立たせるのだ。
明らかにおかしいモノが目の前にあるというのに。
この場にいる他の誰も、それを「おかしい」と思わないのか。真っ当な神経と感覚の持ち主は他に誰もいないのか。
苛立ちも露わに、はびしっと再び銀時を指差した。
 
「男がフリル付のピンクのエプロンなんかつけないでよ! 目の毒! 犯罪! 精神攻撃! 在ってはならないモノ以外の何物でもないから!!」
 
一息にまくし立てると、最後は「この大バカ!!」と締めくくる。
それで満足したのか、それともこれ以上この場に留まることに限界が来たのか。
はキッと銀時を睨みつけると、バタバタと足音荒く万事屋を出て行ってしまった。
後には、呆然と残された万事屋一行。
言葉も無く、ただ沈黙の中に沈み。
ややあって。ようやく我に返った銀時が、ゆっくりを新八と神楽の方を振り返った。
 
「……やっぱ、変か?」
 
取り乱してこそいないものの、平静ではないであろうことが、その顔に伝う汗から伝わってくる。
恋人から散々罵倒されたのだ。当然だろう。
エプロンを抓みひらひらとさせるその目は、どこか虚ろになっている。
そしてとどめを刺すように、新八と神楽もまた頷く。
 
「普通に考えたら、確かに変ですよね」
「銀ちゃんの奇行に免疫が無いが可哀想ネ。逃げるのも当たり前ヨ。変どころか、キモイアル」
「キモ……っ!!?」
 
直接的且つ理解しやすい神楽の言葉に、銀時が硬直したのは束の間。
無言でエプロンを脱ぎ捨てると、次の瞬間には部屋を飛び出していってしまった。
その理由は、考える間でもない。
おまけに「帰ってきたから! の銀サンが帰ってきたから!!!」などという叫びが耳に届いてしまえば、間違えようが無い。
床に投げ捨てられたエプロンを拾い上げ、どうしたものかと新八は悩む。
片付ければいいだけの話かもしれないが、がこれを見つけてしまった場合、またも大騒ぎになる可能性はある。今日の反応を見る限り。
一瞬、お妙にあげてしまえばどうかとも思ったが、それで料理に励まれて困るのは新八自身だ。
まったくもって、困ったシロモノである。このエプロンは。
 
「銀さんも、何を考えてこんなもの持ってるんだか……」
「どうせロクでもない目的アルヨ。不潔でインモラルで爛れた目的に決まってるネ」
 
あっさりと断言する神楽の言葉を、新八は否定できない。
せめて、その「ロクでもない目的」の内容を考えないように努めるものの、目の前に諸悪の根源であるエプロンがある以上、真実から目を逸らすのはなかなか難しい。
 
「……もういっそ、ゴミにした方がいいのかな」
「銀ちゃんの変なシミとかついてそうなエプロンなんて、誰だって欲しがらないに決まってるアル」
「神楽ちゃん……」
 
ズバリと言われ、自分が悪いわけでもないのに新八はなにやら落ち込む羽目になる。
しかしいつまでも手に持っているわけにはいかない。
悩むうちに、外が騒がしくなる。
が戻ってきたアル!」と玄関へ出迎えに駆け出す神楽の背を見送りながら。
溜息一つついて、新八は手に持ったエプロンをゴミ袋の奥底へと押し込んだのだった。



<終>



アニメ次回予告で、銀さんがピンクのフリル付エプロンを着ていた理由を考えてみました。
 
 1.ヒロインから借りている
 2.自分が使うつもりで買った
 3.ヒロインにあげるために買ったもののつき返されて捨てるのも勿体無くて使ってる
 
こんなこと考えてたら浮かんだネタでした。