1/3の純情な感情
雲一つ無い、文句なしの快晴。
晴れ渡った江戸の空の下。真選組屯所内でちょこちょこと動き回る影が一つ。
隊士たちの間を笑顔ですり抜け言葉を交わしながら、それでもてきぱきと仕事をこなしていく。
真選組にはもはや欠かせない存在。女中のである。
その姿を目で追ってしまう隊士は一人や二人ではないのだが、当のはそのような事にはまるで気がついていないらしい。
何に気を留めるでもなく、次にやるべき仕事に取り掛かるのみ。
そして向かったのは物干し場。
これだけ天気が良ければ、洗濯物もさぞ気持ちよく乾いただろう。
「ん……お日様の匂いがする」
干してあったシーツを手に、は満足げに微笑む。
温かくて柔らかくて、心地よい。
太陽の光を十分に浴びた洗濯物を取り込むこの瞬間が、は何より好きなのだ。
そして、そんなの表情が何より好きだと言う人間もいたりする。
「さんっ! これお願いしますっ!!」
突然呼ばれた名前。
振り返った途端、相手を認識するよりも先に、押し付けられるかのように何かを手渡され。
それに対して反応を返す間もなく、相手は走り去っていってしまった。
きょとんと目を瞬かせる。
残ったのは、手の中にある何か―――封筒のみ。
一体なんの封筒なのだろうかと、は首を傾げる。
何か仕事の話かとも思ったが、簡単な内容ならば口頭で事足りるはずだ。
ならばこの封筒に入っているのは、何か重要事項なのだろうか。心当たりはまったく無いのだが。
わけがわからないながらも、中を見てみればわかることだと封を切る。
しかし、がその封筒の中身を確認することは、ついぞ無かった。
「―――」
「うひゃぁっ!!?」
まるで気配など感じなかったのに。
突然、耳元で呼ばれた名前。同時に抱きすくめられた身体。思わずは、素っ頓狂な悲鳴をあげてしまった。
開けかけた封筒が手から滑り落ちるが、身動きがとれなければ拾い上げることもできない。
わたわたと慌てたように身じろぎするの耳元に、今度はくつくつと笑う声が届いた。
「なんて声出してんですかィ」
「あ。沖田さんでしたか」
自分の背後にいる人物を認識した途端、は大人しくなる。
まるでその腕の中にいるのが当然だとでもいうように。そこが自分の居場所だと言わんばかりに。
一方の沖田も、は自分のものだと主張するかのように、抱きしめる腕に力を込める。周囲には誰もいないにも関わらず。
ついでに、が落とした手紙をさりげなく踏みつける。
実は陰から、隊士が手紙を渡すところを見ていたのだ。
手紙の内容は、容易に想像がつく。だからこそ、踏みつけているのだが。
ちっとも想像がつかないらしいは、沖田の足の下に手紙があるのを見て「あ」と声をあげた。
「沖田さん。手紙踏んじゃってますよ」
「……こりゃ失礼」
本当ならば無視して踏みつけていたいところだが、何故かの言葉にだけは素直に従ってしまうのだ。
惚れた弱みか、それとも反することを許さない何かが、にはあるのか。
どちらにせよ、言われるままに沖田は手紙の上から足をどけたが、が屈みこむよりも先に、さっと拾い上げてしまった。
そして断りも無く、に宛てられた手紙の中身を確認する。しかしそれを咎める声はからはあがらない。
もちろん、それを見越しての沖田のこの行動なのだが。
「なんて書いてあります? お仕事の関係ですか?」
「……そんなところですねィ」
実際には、仕事などまるで関係ない。
への想いがただひたすらに綴られた、恋文。
あの隊士の態度を見れば一目瞭然のようなものだが、どうやらはそのあたりの感性が鈍いらしい。
すでにの恋人の座に納まっている沖田にしてみれば、それはむしろ好都合。
他の男からの好意になど、気付かなくてもいい。他の男に気を留めたりする必要もない。
呆れるほどの独占欲だと自認したところで、どうにかなるものでもない。
そう、とっくに開き直ってしまっているのだ。
だからこそ沖田は、躊躇無く手紙を破り捨てた。の目の前で。
驚くに、さすがにフォローを忘れはしなかったが。
「ヤボ用でしたぜィ。ついでがあるから、俺が片付けておきまさァ」
「いいんですか? ありがとうございます」
片付けなければならない家事が山とあるにとって、沖田の言葉は何より嬉しいものだ。
その言葉を疑おうともせず、は素直に礼の言葉を口にする。
しかし、正面きって信じきられるというのは、沖田にしてみればどこかしらむず痒いものがある。
恋文を握りつぶしたことに対しては、微塵も罪悪感など感じはしない。
けれども、無条件に信頼されるのは―――そこまで大層な人間ではないと、沖田とて自覚はあるのだ。
だからこそ感じずにはいられない、むず痒さ。それだけならばまだしも、時には重荷にすら感じることもある。
そんな自身を茶化したいのか。それともに、自分という人間の底の浅さを知らしめるためか。はたまた、その両方か。
時折ではあるが、無性にに構いたくなる。率直に言ってしまえば、困らせたくなるのだ。
「今日はお洗濯物が気持ちよく乾いてますよ」とシーツを手に取り、仕事に戻ろうとする。
その後姿を、沖田は再び抱きすくめる。
「どうしたんですか、沖田さん?」
にこにこと笑うは、大人しく抱きすくめられながらも、手にしたシーツを取り込むために洗濯ばさみを取ろうとする。
けれども伸ばした手が洗濯ばさみに届くよりも先に、首筋にチクリと違和感を感じた。
それは、身に覚えのある感覚。
何をされたのか瞬時に理解したは、それでも笑いながら窘めようと口を開きかける。
が、とは違い、大人しくするつもりはない沖田。
おかげでは、思わず手にしたシーツを口に押し当てることになってしまった。
首筋から耳元にかけて、ゆっくりと這う口唇。着物の合わせ目から差し込まれた手。体のラインを辿る指先。
どれも、体に馴染んだ感触。馴染まされた感覚。
恥ずかしさを覚えながらも、この先の行為を予感するの体は自然と熱くなる。
しかしここは外。しかも昼間。いつ誰が来るともわからないのだ。
沖田の行為を止めなければという思いはあるのだが、洩れそうな声をこらえるだけで必死のには、止める手立てが思い浮かばない。
肩を震わせて懸命に声を洩らすまいとするの姿は、けれども沖田にしてみれば嗜虐心を煽るものでしかない。
煽られるまま、沖田は行為をエスカレートさせる。
途端に跳ね上がるの肩。下着の下へと滑りこんだ手が、胸を直に撫で始めたのだ。
いつ誰に見られるとも知れない恐怖。それにより増す快感。
シーツを握り締め、それでもはまだ残っている理性を総動員させた。
「…っ! 総悟さんっ!!」
名を呼ばれ、思わず沖田は動きを止める。
悲鳴にも近いその声にも驚いたのだが、それよりも名を呼ばれた事の方に驚きを隠せなかったのだ。
普段から姓で呼ばれてばかりで、名を呼ばれたのは今まで数えるほどしかない。その数度にしても、無理に頼み込んだようなものだ。
驚愕のあまり呆然としている沖田の腕から、はするりと抜け出す。
背を向けたまま乱れた身ごろを直すの後姿に、さすがにやりすぎたかと沖田は焦る。
困らせたいとは思った。自分のものだと主張したい思いもあった。けれども、怒らせたかったわけではないのだ。
そのままこの場から立ち去ろうとするに、沖田はどう声をかけてよいのかわからない。
引き止めなければ、と思うほどに、何を口にしたものかわからなくなる。
しかし、そんな沖田の思いが通じたかのように、は進めかけた足を止める。
「……沖田さん」
「どうしたんですかィ」
相変わらず背を向けたままの。
平静を装うものの、沖田は内心不安でならない。
こうなるくらいならば最初からやらなければ良かったのだが、後の祭りとはこの事だ。
かと言って、謝る気にはならないのだが。
緊張の一瞬。
がゆっくりと、視線だけを沖田へと向ける。
「あの……続きはせめて、夜にしてください…っ!!」
「……は?」
思いもしない言葉に、沖田は呆けた声をあげる。
その間には、駆け出していってしまった。耳まで赤く染めて。
しかしそれを茶化すことは、今の沖田にはできようはずもない。
の言葉に、沖田の方こそ顔が熱くなる思いだったのだから。
中学生のガキでもあるまいし、と思ってみても、熱はなかなかひかない。
嫌われずにすんだという安心感と。
何より、続きを催促されたかのようなの言葉。
まさかの口からそんな言葉が聞けるとは。知らず沖田の口元に笑みが浮かぶ。
「―――なら、期待には応えなきゃなんねェですねィ」
にやりと笑っての後を追おうとした沖田だったが、思い直して視線を別方向へと向ける。
そこには風に揺れる洗濯物。が取り込むはずだった物だ。
せめて、これくらいは罪滅ぼしにやってもいいかもしれない。そう考え、沖田は手早く洗濯物を取り込んでいく。
そうしてすべてを腕の中に抱えこんでから、ようやくの後を追い始めた。
洗濯物を渡すため。そして―――今夜の逢瀬の約束を、改めて取り付けるために。
<終>
遅くなってすみませんでしたっ!!
りえ様よりの70000HITリクで「沖田さん、サディスト且つ甘めの微裏」でした!
な、何やら久々の難産でしたよ、コレ。3回くらい書き直したよ……私にしては珍しい。
言い訳よりも何よりも、ひたすら謝ります。スミマセンごめんなさい。
こんな物でよろしければお納めくださいませ……
タイトルはですね。カラオケ行ったら友人がこの曲歌ってたので、「あ、これちょうどいいや」とか何とか……(ヲイ
私の中で沖田さんのイメージは、この曲に近いかもしれないなぁ、と……
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